ワイン大手のメルシャンでは、魚のエサを製造・販売している水産飼料事業で、複数の取引先を巻き込んで売り上げや利益を不正にふくらませる「循環取引」が2004年から続いていました。

ワイン事業が主力のメルシャンにとっては、水産飼料事業は副業です。水産飼料事業部はメルシャンがキリン・ホールディングスと資本・業務提携を結んだことで、事業の先行きに危機感を抱き、見せ掛けの業績アップを図りました。事件を起こしたのは水産飼料事業部の元水産飼料事業部長と前飼料製造部長ら4人とされ、いずれも今月12日付で懲戒解雇処分になりました。

創業1934年、東証1部の上場企業で、経営会議や内部監査によるチェック体制を整えていたメルシャンなのに、なぜ5年半に渡り不正が続けられたのでしょうか。

今月12日に公開された社内報告書と第三者委員会の中間報告(http://www.mercian.co.jp/company/ir/pdfs/irnews/irnews20100812_11.pdf)によると、メルシャンの水産飼料事業部は、売り上げの計上を操作する不正会計と、架空製造や架空販売による「循環取引」を繰り返していました。

架空循環取引は2005年度から10年12月期第2四半期(4‐6月期)までの5年6か月に及んでいまして、損失処理による影響額の合計が64億7900万円、決算訂正に伴う影響額を合わせると純利益が83億5100万円水増しされていました。にもかかわらず、内部監査はそれを見落としてきたというのです。

本社から離れた熊本県の八代や愛媛県の宇和島の工場に、直接出向いて在庫管理などを確認していたようですが、「糠のようなものを敷き詰めていたニセモノの飼料を用意して在庫の数量を偽装していた」レベルの目に見える部分はホンモノを使い、見えない部分にはダミーを仕込んでおくという、単純な誤魔化しでした。

この社内調査は、弁護士や会計士を含め、社内外から約40人を集めた大がかりなものでしたが、社内の監査部門は「調査の対象になる可能性があったため」、第三者委員会のメンバーからはずされました。水産肥料事業には構造的な取引慣行があり、非常に分かりづらい面があるにしても、内部監査が機能していなかったのは「企業風土(Corporate Culture)」に原因があったようです。


閑話休題(ソレハサテオキ)。


12日付の社内調査報告書と第三者委員会の中間報告は、メルシャンに何が起こったのかという事実認定を中心としていました。26日付の第三者委員会最終報告書(http://www.mercian.co.jp/company/ir/pdfs/irnews/irnews20100827_1.pdf)はメルシャンの統制環境・全社的内部統制の把握(ガバナンス)はどうであったのかという点と、役員らの責任を根拠付ける事実、そして再発防止策をフォカースしています。

H監査部長は社長に報告しなかった理由を次のように語っています。

『未だ疑いの段階にあったことに加えて、社長はKH社から来た人であるので、社長に話せばKH社を巻き込んで大問題になってしまうが、B常務もC常務もME社の人間であり、ある程度疑いの段階でも話していいだろう』(21頁)

社長が事実を把握するのは、今年5月に取引先から指摘されてからでした。この発言がシンボリックに伝えてくれることは、会社であるキリン・ホールディングス(HD)からやって来た現社長に、メルシャン出身の役員や幹部社員たちが遠慮して何もいえなかった事実です。また、報告書を読み進めると、キリンHDから来た方々もメルシャンが名門企業ゆえに遠慮して言うべきことが言えない状況にあったことも分かります。

本件は、キリンHDのようにM&A(企業合併・買収)により外部企業を加速度的に取り込むグループは、買収時の経営状況チェックに加え、不正を見抜く術を手にする必要があることを示唆しています。

「出身母体を超えたコミュニケーション」が求められるわけですが、それ以前に合併・買収する組織の構造機能分析により企業風土を解明していくことが必要不可欠となります。それは、M&Aによる拡大路線を目指すすべての企業に当てはまります。転ばぬ先の杖です。

キリンHDは27日、メルシャン再建のため、株式交換によって12月に完全子会社化すると発表しました。メルシャンは植木宏社長ら取締役6人や常勤監査役1人を報酬返上などの処分にしました。元社長ら6人には、退職金の返納などを求めます。本件に関与した元部長らに対する民事・刑事の責任追及も検討中とのことです。

最後に。80頁もあり読み応えのある本報告書ではありますが、社外監査役と社外取締役がなぜ機能しなかったのかが書かれていません。もしかすると、彼らは実質的な組織運営のアクターに組み込まれていないのかもしれません。日本企業が抱える問題の縮図がここに見えてきます。

感謝