生彩ある人生

蒼き淵の彼方よりあふれ出づる光の泉。内なるしじまと向き合いて 輝きは聖となり私(わたくし)と成す。

2008年06月

顧客情報と職業の秘密

合衆国債への投資を装う詐欺に遭った神戸市の夫婦らが、元貿易会社社長(詐欺罪で懲役6年確定)に2,420万円の賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷(藤田宙靖=ときやす=裁判長)は一昨日(24日)、被害者が配当名目で受け取った額も賠償から控除すべきでないと判断。その上で、配当分を差し引いて約2,090万円の支払いを命じた2審判決を破棄し、審理を大阪高裁に差し戻しました。

注目すべきは、田原睦夫裁判官が「配当分は損害額から控除すべきだ」と反対意見を述べたことです。彼は弁護士出身で、破産法・取引法の世界で有名な先生であった。特に民商事系の訴訟におけるコメントで、存在感を発揮なさっています。

最三小決平成19年12月11日(H19(許)第23号)の判決では、補足意見ながら興味深い説示を展開されています。

本件は抗告人(訴外Aの相続人)らの遺留分減殺請求権の行使に際し、Bが生前にAの預貯金口座から払戻しを受けた金員が特別受益にあたるか否かを確認するため、Bとその取引金融機関である「相手方」に対して「取引履歴が記載された取引明細表」の提出を求めたものです(文書提出命令)。

原々審が申立てを認容した後に、原審は、本件明細表が「職業の秘密を記載した文書」にあたると判断し、民訴法220条4号ハ、197条1項3号に基づき提出を拒否できるものとしました。

しかし、最高裁は金融機関が有する守秘義務は、あくまで個々の顧客との関係において認められるものにすぎない、とし、

「金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には,当該顧客は上記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関は,訴訟手続において上記顧客情報を開示しても守秘義務には違反しないというべきである。そうすると,金融機関は,訴訟手続上,顧客に対し守秘義務を負うことを理由として上記顧客情報の開示を拒否することはできず,同情報は,金融機関がこれにつき職業の秘密として保護に値する独自の利益を有する場合は別として,民訴法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されないものというべきである。」(3頁)

と述べた上で、本件明細表は金融機関がBとの関係で守秘義務を負うものに過ぎず、Bは守秘義務によって保護されるべき正当な利益を有しないから、金融機関も本件明細表の提出を拒否することはできない、としました。

この全会一致の意見に加え、『顧客情報と職業の秘密の関係』について論じたのが田原睦夫裁判官の補足意見です。

田原裁判官は、顧客情報を

ー莪情報(預金取引や貸付取引の明細,銀行取引約定書,金銭消費貸借契約書等)
⊆莪に付随して金融機関が取引先より得た取引先の情報(決算書,附属明細書,担保権設定状況一覧表,事業計画書等)
取引過程で金融機関が得た取引先の関連情報(顧客の取引先の信用に関する情報,取引先役員の個人情報等)
じ楜劼紡个垢覿睛撒ヾ愼睇瑤任凌用状況解析資料,第三者から入手した顧客の信用情報等。

に分類した上で、金融機関の一般的な守秘義務を「当該個々の顧客との関係での義務」であって、「民訴法197条1項2号に定める医師や弁護士等の職務上の守秘義務とは異なる」とします。

そして、このような一般的な守秘義務の性質からして、

「民事訴訟手続において、顧客に対して裁判所より特定の顧客情報の提出が求められた場合に、当該顧客においてそれに応ずべきものであるときは、金融機関が裁判所の求めに応じて当該顧客情報を提出したとしても、特段の事情のない限り、守秘義務違反の問題は生じないものというべきである。」

とし、上記 ↓△吠類される顧客情報がこれに該当する、とした(本件の顧客情報は,乏催)。

これまで漠然とした「守秘義務」の壁に阻まれていた金融取引関係書類の訴訟の場における利用に途を開いた点で、この決定の意義があります。田原補足意見は、そのような結論を導いた過程を詳細に説明している点で価値があります。

なお、田原補足意見は更に続けて、

「金融機関が顧客情報につき文書提出命令を申し立てられた場合に、顧客との間の守秘義務を維持することが、金融機関の職業の秘密として保護するに値するときは、金融機関は、民訴法220条4号ハ、197条1項3号により、その文書提出命令の申立てを拒むことができる。」

と述べたほか、金融機関が「契約上の守秘義務に基づき、当該文書が職業上の秘密に該り、文書提出命令の申立てには応じられない旨申し立てるべき義務を負う場合」として、

「例えば,金融機関が,M&Aに係る融資の申込みを受ける際に顧客との間で守秘義務契約を締結した上で提出を受けたM&Aの契約書案等の顧客情報を有しており,これにつき文書提出命令の申立てを受けた場合等には,当該金融機関は同守秘義務契約に基づいて,当該情報が職業上の秘密に該ることを主張すべき契約上の義務があるというべきである。また,文書提出命令の申立てを受けた顧客情報に係る文書が,前記の一般的な守秘義務の範囲にとどまる文書であっても,当該文書が当該顧客において提出を拒絶することができるものであることが,金融機関において容易に認識し得るような文書である場合には,金融機関は,当該守秘義務に基づき,上記顧客情報が職業上の秘密に該ることを主張すべき義務が存するものというべきである。」(8頁)

といった例を挙げています。

前者は従来の決定との整合性を意識したものに過ぎないが、後者は、金融機関の新たな義務を肯定する点において議論を呼び、一般的な守秘義務(緊密な関係にあるものが信義則上負う義務か)と契約に基づく守秘義務とで扱いを異にする理由の有無も問題提起として興味深いものです。

補足意見の最後を田原裁判長は次のように締めくくりました。

「以上、述べたところは、法廷意見に対する補足意見としての枠を超えるものであるが、金融機関の保持する顧客情報と文書提出命令の関係について、原決定が論及していることを踏まえて、私の意見を敷衍したものである。」(9頁)

【参照:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071214105450.pdf】

最高裁判所裁判官の定年は70歳とされているため、任期は最長で70歳誕生日の前日までです。よって、田原睦夫裁判官の任期満了日は2013年4月22日です。

自働債権&受動債権

「自働債権」は「自ら働き掛ける債権」で、「相殺する側の債権」。「受働債権」は「受けて働く債権」で、「相殺される側の債権」。双方とも同じようですが、相殺は「自働債権」を有する側の「意思表示」によって、「受働債権」を有する側の意思と無関係に効力を発生させる(民法第506条第1項)ため、「自働債権」及び「受働債権」の区別は大切です。

※(相殺の方法及び効力)
第506条【相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件又は期限を付することができない。】

例えば、「自働債権」は弁済期に至っていることが条件(民法第505条第1項)ですが、「受働債権」が期限の利益を放棄すれば、相殺できるとされています。また、不法行為に基づく損害賠償債権は「受働債権」にできません(民法第509条)。これは、損害賠償債権を支払わせることにより、被害者の回復を図ることを担保したものです。よって、損害賠償債権を「自働債権」とすることは許されています(最判昭42年11月30日)。

※(相殺の要件等)
第505条【2人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。】

※(不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止)
第509条【債務が不法行為によって生じたときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。】

ケーススタデイを・・・

Aは、B所有の建物を賃借し、毎月末日までに翌月分の賃料60万円を支払う約定をした。またAは敷金300万円をBに預託し、敷金は賃貸借終了後明渡し完了後にBがAに支払うと約定された。AのBに対するこの賃料債務に関する「相殺」について4つ想定してみます。

。舛Bに対してこの賃貸借契約締結以前から貸付金債権を有しており、その弁済期が平成20年8月31日に到来する場合、同年8月20日にBのAに対するこの賃料債権に対する差押があったとしても、Aは、同年8月31日に、このBに対する貸付金債権を自働債権として、弁済期が到来した賃料債務と対当額で相殺することができます。

AのBに対する債権が差押後に取得した債権であれば、その相殺は許されないが、差押後に取得したものでなければ、相殺することができるからです(民法511条)。

※(支払の差止めを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止)
第511条【支払の差止めを受けた第三債務者は、その後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができない。】

■舛蓮■造支払不能に陥った場合は、特段の合意がなくても、Bに対する敷金返還請求権を自働債権として、弁済期が到来した賃料債務と対当額で相殺することができません。

相殺が可能になるのは、双方の債権が弁済期にあるときです(民法505条1項)。ただし、受動債権に関しては、期限の利益を放棄することで弁済期が来る前に相殺することができます。ここでは、「敷金の返還は明渡し完了後」と約定しており、まだ弁済期になっていません(Bが支払不能という事情は無関係)。弁済期が到来していない債権を自働債権として、弁済期の到来した賃料債権と相殺することはできません。

※(相殺の要件等)
第505条【2人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。】

AがBに対し不法行為に基づく損害賠償請求権を有した場合、Aは、このBに対する損害賠償請求権を自働債権として、弁済期が到来した賃料債務と対当額で相殺することはできます。

不法行為に基づく損害賠償請求権は、これを受働債権として相殺する(加害者から相殺する)ことはできないが(民法509条)、自働債権として相殺する(被害者から相殺する)ことはできます。

※(不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止)
第509条【債務が不法行為によって生じたときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。】

ぃ舛Bに対して商品の売買代金請求権を有しており、それが平成20年9月1日をもって時効により消滅した場合、Aは、同年9月2日に、このBに対する代金請求権を自働債権として、同年8月31日に弁済期が到来した賃料債務と対当額で相殺することはできません。

時効消滅した債権でも、その消滅以前に相殺適状にあれば、これを自働債権として相殺できます(民法508条)。本件では、代金債権の時効消滅以前に、弁済期が到来している賃料債務との相殺適状が成立しているので、相殺できることになります。

※(時効により消滅した債権を自働債権とする相殺)
第508条【時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる。】

次に、具体的に、差し押さえ債権を受動債権として相殺する事ができないケースを想定してみます。

例えば、Aさんは差押られています。AさんはBさんに対して1000万円の債権を持っています。一方のBさんもAさんに対して1000万円の債権を持っています。

通常は、BさんはAさんからの1000万円の債権を受働債権として相殺を主張できます。しかしながら、Aさんの財政状態は芳しくなく、
Cさんから900万円
Dさんから600万円
Eさんから1200万円
Fさんから100万円の債務を抱えていました。

自然、Cさんは自分の債権を何とか回収しようと手段を講じます。
Aさんに不動産はないだろうか? ⇒無し
Aさんにめぼしい財産は無いだろうか? ⇒無し
Aさんに何か大きな債権はないだろうか? ⇒有り!

ですから、CさんはBさんに対する債権を努力して差押えます。もし、差押えた債権が相殺で消滅してしまったら、Cさんの苦労が無に帰してしまいます。

そこで、このような不合理をなくすため、裁判所はBさんに対し、Aさんからの1000万円の債権を消滅させてはならない旨の命令を出します。よって、相殺で債権を消滅させることはできません。

ちなみに、Aさんの債権が債権質に入っているときも同様です。
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