∞∞∞∞∞∞生彩ある人生

∞∞∞∞∞∞蒼き淵の彼方よりあふれ出づる光の泉。内なるしじまと向き合いて 輝きは聖となり私と成す。

2008年07月

安全管理と信頼関係

わたしたち事業者は、安全管理措置(法20条)を実効性のあるものにするために、従業者に対して必要かつ適切な監督をする必要があります(法21条)。

「従業者」とは、事業者の組織内で、事業者の指揮監督を受けて業務に従事するものをいいます。具体的には、従業員(正社員、契約社員、嘱託社員、パート社員、アルバイト社員など)の他、取締役、執行役、理事、監事のような役員、また、派遣社員も含まれます。

ご存知のように、従業者に対する監督というのは、非常にデリケートな問題です。この問題については、管理責任者のみなさんから「性善説」「性悪説」という言葉をお聞きします。つまり、「そもそも従業員は悪いことをするものであろうか」という命題の下、どちらかの立場に立って個人情報の安全管理を図るというものです。

悲しいかな、昨今の内部者の故意又は過失による個人情報流出の続発を以て、「性悪説」に立ち安全管理体制を構築する企業も増えています。

しかしながら、経営トップから露骨な疑いの目を向けられたら、従業者はみな氣持ちのよいものではありません。

たとえ内部者の犯行がニュースになろうとも、大半の従業者はそのような行為をしていません。ごくわずかの例外が目立ってしまっているに過ぎません。

また、個人情報を外部に持ち出す者の中には、組織の体制や自らの待遇等について不満を持っているものが多いとも言われています。これが事実なら、従業者に対する監督も、従業者に対して明瞭な信頼を置きながら実践する必要なあります。

最優先事項は、従業者との信頼関係を構築し、組織内の士氣を保つことです。

ナイアガラのカレー

ナイアガラImage084
祐天寺のナイアガラは実に楽しい。
カレーと鉄道の店。

畏友T.石川氏と共に参りました。
彼とお会いするのも上京の楽しみのひとつです。

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店内では、赤帽・駅員など、好きな帽子を貸していただけます。
全国各地から国鉄・JRの駅長OBの方々もいらっしゃるそうです。

おススメします♪

ナイアガラ
祐天寺駅徒歩1分位。
運転時間 11:00〜21:00
住所 目黒区祐天寺2-1
電話 03-3713-2602

ご主人(駅長さん)の笑顔と奥さんの優しさがありがたい。

感謝

(追記)
ナイアガラ“名物駅長”逝く 「鉄道」+「食」の草分け 豪華寝台「四季島」の原点?
(産経 2017.5.20 09:00)
 日本独特のカルチャーとして世界から注目される「鉄道と食」の融合。その草分けとして知る人ぞ知る存在、カレー専門店「ナイアガラ」(東京都目黒区祐天寺)の“駅長”内藤博敏さんが4月23日、旅立った。享年81。昨秋まで笑顔でお客を迎えていた。葬儀は身内で済ませ、6月9日には地元で「お別れの会」が予定されている。(重松明子)

SL模型が店内を疾走
 「発車しまーす!」。旧国鉄の制帽姿。内藤駅長の合図で、カレーライスを積んだSL模型が店内を疾走し、席の前でぴたっと停車した。お楽しみはこれからだ。まろやかなフルーツのコクと重層的なスパイスのカレーを味わう幸せ。店を埋め尽くす汽車のヘッドマークや古い路線図を説明する、内藤駅長のやさしい破顔…。その姿はもうない。
 亡くなった事実を知り、「お焼香させてください」と、隣接する自宅で遺影に手を合わせる客もいる。
 「実は8年前から膀胱がんの闘病をしていました。昨年10月に自転車で転んで脳挫傷の手術を受け、最後は敗血症に。家族に看取られて苦しまずに逝きました。父らしく明るく見送りたい」。サラリーマン勤めをしながら、二人三脚で店を支えてきた長男で“助役”の章喜(あきよし)さん(52)が残された店でしんみりと語った。

買い集めた列車の部品
 昭和38年創業。物心ついたころから父子で各地の車両工場などを訪れ、老朽化して解体される列車の部品を買い集めた。店内のモダンな天井照明は戦前の食堂車、木製のボックス席は戦後の復員や買い出しに使われた列車からもらった。貴重なSLプレートの陳列ケースも古い客車の窓枠がそのまま利用されている。鉄道ファンならずとも癒やされるレトロ空間。集めた資料は4千点を超えている。
 「役目を終えた鉄道部品を集め、単なる移動手段としか見られていなかった鉄道を文化として表現し、一般に広めた功績は大きい。女性受けの良くなかった“鉄道オタク”のイメージも変えた」と指摘するのは、常連客でもある江戸川大社会学部准教授(国際観光学)の崎本武志さん(50)だ。「鉄道模型を設置したバーやレストラン、今月運行開始した四季島(JR東日本の列車ホテル)など、今日の『鉄道と食』の幅広い人気にもつながっている」とたたえた。

優しさがにじむレシピ
 日本独特の鉄道文化の体現者としても注目され、一昨年はカタールの衛星テレビ局「アルジャジーラ」で密着取材が放送されたり、有名子供ユーチューバー「がっちゃん」がアップしたナイアガラの訪問動画が361万回以上再生されるなど、人気は古今東西・老若男女。15席の店に週末は1日約200人も来店している。
 カレーの味の決め手となる油と香辛料は、銀座のインド料理の名店「ナイルレストラン」から仕入れる本格派。りんごやパパイアのジャムを手作りした上でカレーに投入する、丁寧なレシピに優しさがにじむ。子供向けの「甘口カレー」は辛みのないスパイスを調合した上、2時間もかけて小麦粉を炒(い)り、とろみと色を付けている。それは内藤駅長の子供時代、乏しい食材を工夫して作ってくれた母のカレーライスが原点だ。

疎開先の感激が出発点
 生まれも育ちも目黒区祐天寺。生家は現在の店のある場所だが、9歳のとき、先の大戦の戦況悪化で姉と2人で富山県に疎開することになった。同級生にもなじめず、母のいる東京恋しさから何度も足が向かったのは北陸本線泊駅(当時)だ。さびしくたたずむ内藤少年を心に留めた駅長が、声をかけてくれた。「ボク、これあげようか?」。小さな掌に乗せられた、使用済み切符と制服のボタン。その感激が、鉄道コレクションの始発点となった。
 戦後は幼くして実家の鮮魚店で働いて両親を助け、中卒後、料理修業に入った外食企業で遭遇した学歴差別も起業のバネにした。「男ってのはね、そういう悔しさが我慢ならないんですよ!」。以前取材した際の、気骨あふれる声が耳によみがえってくる。
 激動の時代を生き抜き、苦労と喜び…万感を乗せた人生列車が、間もなく終着駅に到着する。
      ◇
 ナイアガラ駅長お別れの会は、6月9日午後6〜9時、目黒パーシモンホール小ホール。献花台も設置。【問】ナイアガラ(電)03・3713・2602(月・木曜定休)。

400回記念

旭ケ丘1みなさん、おはようございます。

暑い日々がつづいております。
お変わりありませんか。

お陰さまで兄弟ブログの『流れのままに』が無事、400回目を迎えました。

勇氣をくださった読者のみなさんのお力添えの賜物です。
ありがとうございます。

思えば、12年前に日本に帰国して、
ここ旭ヶ丘に土地を購入し、家を建ててから11年が過ぎました。

ここ旭ヶ丘のことを少しばかりお話させてください。

この地との出会いは、わたしが17歳のとき、
函館から札幌に来ていたときのことでした。

夏真っ盛りのある日。
円山を登山した帰り道で、道に迷い辿り着いた所が、この地でした。

『ああ、きれいだなぁ、大人になったらここに住みたい』

無邪氣な憧れの氣持ちで、大きく深呼吸をして札幌を一望しました。
お横の小さなベイカリーからはパンの香りが芳ばしく流れてきました。

あれから、20年の歳月が過ぎ去りました。
あっという間の20年です。

帰国後すぐにハウスメーカのコンサルティングに関わりました。
その会社の社長さんから、いい土地を購入したのでうちの会社で家をつくりませんかとお誘いを受けました。
営林局が所有している土地を公開入札前に入手したといいます。

宣伝部長のK氏に導かれ、車を降りて、ビックリ!
なんと、17歳のとき札幌を一望したあの地ではありませんか。
残念ながら、パン屋さんはありませんでしたが…

さっそく、契約することにしました。
半年後に、鉄筋コンクリート3階建、延べ床面積90坪の家が出来上がりました。
函館の両親にも来ていただきました。

住んで5年ほど経ったある日のことです。

『この5年間、毎朝欠かさずに、雨の日も、風の日も、
 雪の日も、この家に手を合せて祈っている方がいるの…』

と母から伝えられました。

日の出の時刻に、近くの郵便ポストのあたりから、太陽を背にしてわが家を拝んでいらっしゃる方が。
雨の日には、傘もささずにカッパ姿で合掌なさっていると言います。
早朝の散歩をに日課としていた私ですが、一度もその方とお会いすることはありませんでした。

ある朝、私が生活している3階の窓から郵便ポストを見つめることにしました。
その方が本当に姿を現すではありませんか。
私はは、急いで階段を駆け降り、郵便ポストへと向かいました。

旭ケ丘2その方は、求道者風の坊主頭で、
静けさを漂わす紳士でした。

彼は私に軽く会釈すると、クルリと背を向けました。
そして坂道を降り、中国領事館の方へと足早に消えていったのです。

どうしたものか、追いかけて話をうかがう氣力はありませんでした。
私の意識は彼を認めて、沈黙のなかに身を置くことを択んでいたのです。

私たちはみな、選択の自由の下で人間として生きています。

見えない何かに導かれ、その地に辿り着くときもあります。
目と鼻の先にあるにもかかわらず、氣付かないときもあります。

出会ったにもかかわらず、私たちは何の対話も持ちませんでした。
はじめから決まっていたことを実行しただけなのかもしれません。

何らかの原因・理由があって、
そのためにこの結果に至ったということのようです。

この後、彼が姿を見せたという知らせはありません。

以前ベイカリーがあったところには、
3年前から、『コパン』という名のパン屋さんがあります。

エビカツ・サンドが絶品です♪

感謝

PS 今日は旭山音楽祭が楽しみです。
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斉藤雅紀プロフィール
函館市天神町生まれ。
『心に願へ お蔭は 吾が心に在り』を信条に。
https://way6.com/
まさのりSun@打ち出の小槌
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