コーポレートガバナンス(企業統治)にとって情報管理は必要条件ですが、技術は人と共に社外に出てしまうと中々守りきることができないものです。日経ビジネスの下記の記事は、セキュリテーマネジメント意識を高める意味で示唆に富んでいます。

「技術流出」、特効薬なきジレンマ
(伊藤 正倫 、 中川 雅之  2012年5月23日)
自社の極秘技術を不正入手したとして、韓国鉄鋼大手ポスコを提訴した新日本製鉄。ハイブリッド車の基幹技術にも通ずるもので、日本のモノ作りを根底から脅かす。だが、働きがいを求める“越境技術者”は増加の一途。抜本的な解決策は見えない。

 「ポスコには手を打てた。だが、その先には宝鋼集団もある」と新日本製鉄関係者は複雑な表情を浮かべる。

 新日鉄は4月、同社元社員を通じて韓国鉄鋼大手ポスコが、変電所など向け特殊鋼板の製造技術を不正取得したとして、ポスコや元社員を東京地方裁判所に提訴した。賠償請求額は1000億円と、異例の高額訴訟となった。
 新日鉄の「方向性電磁鋼板」(上)は電力インフラの効率化に欠かせない鋼材で、国内の八幡製鉄所(下)と広畑製鉄所でのみ製造する
 この特殊鋼板は、鉄の結晶を一定方向に並べた「方向性電磁鋼板」で、通電ロスを極力減らす性質がある。結晶の向きを精緻に制御する技術は、約40年もの長い年月と莫大な費用をかけて1990年代に確立。「生産現場には社員でもほとんど入れない」(同社)。技術の完成度は高く、欧米の主要鉄鋼メーカーも新日鉄からライセンス供与を受けて同製品を製造している。
 世界需要は年間200万〜300万トンで、市場規模は年間数千億円と推定される。しかも、新興国の電力インフラ整備が急ピッチに進み、市場が今後も伸びるのは間違いない。新日鉄の独壇場になるはずだったが、10年足らずでポスコが独自製品として市場に投入した。中国鉄鋼大手の宝鋼集団も続き、現在、この2社の合計シェアは3割前後に達する。
 「こんな短期間で自社開発できるわけがない」と新日鉄社内では当初から、技術流出の疑念を持っていたが、証拠がなかった。中韓2社のシェアが無視できない規模になりつつあった2007年、ポスコの元社員がこの電磁鋼板の技術を宝鋼に売り渡したとして起訴された。そして、この社員は「渡したのはポスコの技術ではなく、新日鉄のもの」と証言したのだ。

「2次流出」への対応には限界も
 新日鉄は韓国での証拠資料などを基に、日本国内で裁判官の同行のうえで、ポスコへの技術流出に関与したと見られる新日鉄元社員の自宅などで証拠保全を実施した。十分な証拠が揃ったと判断し、今回提訴に踏み切ったようだ。
 ポスコは真っ向から否定すると見られ、訴訟は長期化する可能性がある。さらに、もっと高いハードルとなりそうなのが、冒頭の新日鉄関係者が指摘する通り、宝鋼への対応である。
 宝鋼への技術の2次流出が明らかになったからこそポスコを提訴できた半面、被害はさらに広がった。新日鉄は現在、「宝鋼への対応は未定」とするが、2次流出に対する法的措置に十分な証拠を集めるには、中韓当局などの全面的な協力が不可欠と見られる。たとえ協力が得られても、その間に技術はさらに拡散する可能性もある。
 つまり、直接の流出先との訴訟で全面勝訴しても、いったん流出した技術やノウハウを完璧に保全することは限りなく難しい現実がある。時間とコストをかけた技術ほど痛手は大きい。
 方向性電磁鋼板の“兄弟製品”に、HV(ハイブリッド車)向けモーターの基幹部品などで使われる「無方向性電磁鋼板」がある。結晶をあらゆる方向に満遍なく並べたもので、同じく新日鉄が強みとし、日本製HVの品質を支えている。今のところ、この鋼板の技術まで流出した痕跡はないが、今回の技術流出が引き金となって、日本のモノ作りの根幹を揺るがす事態にまで発展する可能性もゼロとは言えない。
 経済産業省は今月7日、技術流出に関する過去最大規模の実態調査に乗り出すことを公表。製造業など約1万社を対象にアンケートや聞き取り調査を実施する。「企業が取り得る対応策のあり方を検討するための基礎資料を作成する目的」と経産省は説明する。
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 左の表は、経産省の資料などを基に本誌がまとめた技術流出の経路だ。特に対策が急務なのが「技術者の転職」だろう。中国などへの進出企業数の増加に伴い、退職した技術者がアジアなどで再就職するケースも増えている。
 「住居や光熱費は会社持ちで、送り迎えの車もある。給与は日本の大手自動車部品メーカー時代より多少下がったが、自分が必要とされていると感じるし、やりがいは今の方がある」
 2011年から、中国で現地の自動車部品メーカーの相談役を務める田中洋氏(仮名、66歳)はそう話す。
 日本の部品メーカーで約35年働き、開発から生産、品質検査に関わる技術を学んだ。「元の会社から持ち出したものは特にない。だけど、アタマの中に入っているものはあるからね」と田中氏。元同僚も同じように中国で働く。
 人材会社もこうした動きを後押しする。テンプホールディングスは4月、近く大量の人員削減が見込まれる電機メーカーなどで経験を積んだ40代以上の熟練技術者に照準を合わせて、中国向けの再就職支援サービスを始めた。「高いスキルを持つ日本人技術者は中国メーカーからの引き合いが極めて強い」(同社)ためで、近く韓国への再就職支援も始める計画だ。
 特に電機業界では、「国内メーカーが揃って沈んでしまっては、国内で退職者の受け皿を探すのは難しい」(ある人材会社)。需給がマッチしているうえに、本人がやりがいを感じるのだから、もはや止めようがない。どの企業でも、会社を揺るがすほどの技術流出がいつ起きても不思議でないのだ。
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退職者の管理、日本はまだ甘い
 もちろん、最高機密の技術やノウハウを持つ技術者は少数だが、セキュリティーサービス会社、S&Jコンサルティングの三輪信雄社長は「退職者経由の技術流出に関して、日本企業は意識が低すぎる」と警鐘を鳴らす。
 三輪氏によれば、人材の流動性が高い欧米企業では「退職が決まった時点でパソコンなどの操作を禁じられ、社屋からの即刻退去も求められることが多い」という。退職者のパソコンの操作記録を取ることも必須だが、「そこまで徹底する日本企業は、ほぼない」。
 特に、自分自身が設計した図面や資料には所有意識が働き、社外に持ち出すことに対する罪悪感自体が希薄になりがちだ。「退職者が業務パソコン内にあるデータをUSBメモリーなどで持ち出すようなケースは、日常的に発生していると見られる」(三輪氏)。
 グローバル化によって人材が国境を越えて流動化する中、技術流出はその副産物だ。さらに言えば、故意に機密情報を抜き出す悪意ある手口は、退職時に特定の技術についての秘密保持契約を結ぶなどの予防策を尽くしたとしても、完全に防ぐことは難しい。
 だからといって、技術者を定年後も囲い続けたり、海外のライバルに張り合って高額な報酬を出したりすることにも無理がある。技術流出に特効薬はないが、予防に最大限の努力を払う一方で、技術者のやる気と忠誠心を高める賃金・人事制度面での創意工夫も問われそうだ。
(日経ビジネス 2012年5月21日号16ページ−「技術流出」、特効薬なきジレンマ−より)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20120518/232279/より転載
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その昔、日本独自の雇用文化と海外から驚きと憧れを持って語られた『終身雇用制度』(Life Employment System)を日本に取り戻す政策を政界・財界・官界が問題意識を持って一生懸命に考えて実行するなら、新しい未来が拓かれます。人口構成が昔とは違い少子高齢社会ではありますが、このような環境にあっても果敢に「終身雇用」と「忠誠心(ロイアリティー)」を日本の雇用文化として復活させたいのです。管理を強化することにエネルギーとコストを費やすのなら、管理のいらない環境(社会)づくりを目指し実現する方が良いに決まっています。自然、日本で暮らすわたしたち民衆の連帯感(ソリダリティー)も再び醸成されていくに違いありません。

感謝