生彩ある人生

蒼き淵の彼方よりあふれ出づる光の泉。内なるしじまと向き合いて 輝きは聖となり私(わたくし)と成す。

2013年07月

開発の楽しみ

コピーライトにまつわる著作者とそれに隣接する諸権利を保護するものが著作権法です。仕組みとしてのWinny自体は、著作権法に違反しません。違反しているのは、この仕組みに著作物をリリースする方々です。Winny自体が人権を侵害する由もなく、Winnyのユーザが諸権利を侵害していたのです。

Winny開発者である金子勇氏(1970〜2013)が、先週6日(土曜日)午後6時55分に急性心筋梗塞でご逝去されました。彼は、Winny以外にもさまざまなプログラムを開発していました。今日は元氣であった彼の「創る」スピリットと楽しさが伝わってくる対談を楽しみたいと思います。チト、長文ですがお付き合いをお願いいたします。
Winny金子勇×サイバー寺院開祖・松本紹圭が語る、「開発」の本当の意味。そして、「創る」を愛するということ
(ET 2012/05/14公開)
(前略)
開発とは本来、新たな「気づき」を得る行為である
―― では、そろそろこの対談の本題について伺います。調べたところ、「開発」という言葉の語源は仏教用語だそうですね?
松本 そうです。開発と書いて「かいほつ」と読みます。「仏性を開き、覚り(さとり)へと導くこと」という意味ですね。浄土真宗でも、「信心開発」という風に使われます。モノやサービスではなく、心を開発するんですね。
金子 その考え方には、わたしも共感します。前々から、「プログラミングは自己表現だ」というのが持論ですから。

―― では、本来「開発」とは、何をすることを指すのでしょう?
松本 分かりやすく言うなら、「気づきを得る」ということではないでしょうか。何か対象に一心に向き合い、それを自ら開いていくことで、初めて手に入る気づきがある。つまり、「開発」という行為の本質は、それまで自覚していなかったものが自覚されるようになる、心の成長にあるのだと思います。
金子 あぁ、まさにわが意を得たり、という感じがします。わたしにとっての「開発」はプログラミングそのものを指すわけですが、ポリシーとして「常に実験的なことを」と心掛けてきた。仕様書どおりにプログラムを書いて終わり、なんて面白くないじゃないですか。
松本 そうかもしれませんね。
金子 自分で考えたコードを書いて、動かしてみる。そうすると、想定外のバグが出たり、思ったように動かなかったりするものなんです。そこで、「あぁ、こういう風になるのか。じゃあ今度はこうしてみよう」と気づき、またコードを書く。わたしは今でもその繰り返しです。
松本 金子さんのやってこられたプログラミングこそ、まさに「開発」なのだと思います。わたしと違うのは、なぜそれが仕事として長続きしているのかという点ですね。
金子 なぜなのかなぁ。わたしはただ、ちょっと動かして、検証して、またイジって動かしての繰り返しが楽しいだけなんですね。実験的なプログラミングを繰り返せば、挙動を分析するのも難しくなっていきますが、どんなに複雑になってもちゃんと理屈があるものです。この、説明が付かないものの理屈を見つけた瞬間が、たまらなく面白い。
(中略)
―― それは、エンジニアが開発を行う意義と置き換えて考えても良いのでしょうか? つまり、会社のポテンシャル、技術者としてのポテンシャル、そして自己のポテンシャルの3つを開拓していくのが存在意義である、と。
松本 最近は一つの会社だけでなく、フリーランスで活動したり、プロボノとしてNPOを支援するなど、働き方が多様化していますよね。勤め先の企業に限定せず、社会という枠組みの中における「自分の属するグループ」が持っているポテンシャルを高めるための取り組みは、重要性が増していると思います。
金子 その上で、エンジニアは技術屋としてのポテンシャルと、人としてのポテンシャルを高めていくように頑張るべきだ、と。

―― 金子さんもある意味で開発僧なんじゃないかと思えてきたのですが、いかがですか? 最近は、技術顧問を務めているSkeedで、若いエンジニアが新しいことにチャレンジできる環境づくりに励んでいらっしゃるということでしたが。
金子 まぁ、わたしはさっきも言いましたように、作りたいモノを作って、それを発表して反応を探って、を繰り返してきただけなんです。でも、Skeedでやっている『SkeedCast』の開発なんかは、若い人もチームに入っているから、彼らがやりたいことをやれるようにしてあげるのはとても大事だと思っています。
松本 それは、これまでの開発を通じて、自ら気づきを得ることの大切さをご存じだからですか?
金子 わたしは、そんなに難しい解釈をしていなくて(笑)。経験上、「好きでやっているヤツには誰もかなわない」というのを知っているから。ただそれだけです。

「好き」で開発した『Winny』が、信頼できる仲間を生んだ
金子 だから、なるべく若い世代のエンジニアが好きに開発できるようにして、わたしは邪魔をしないようにしている。何かを教えるというのでなく、彼らがのびのびやれる場を作るのが、わたしの役目なんです。
松本 それが結果として、組織や個人の評価であったり、得られる報酬につながっていく、というお考えですか?
金子 えぇ、そうです。そもそも『Winny』も、金儲けのために作ったわけじゃないんですよ。たまたま不本意ながら捕まってしまって、それで変に有名になってしまって、「困ったなぁ」と(笑)。ただ、『Winny』が有名になったことで、「一緒にビジネスをしませんか」と誘ってもらった結果が今の仕事になり、『Winny』の発展形でもある『SkeedCast』を作り続けている。

―― そのSkeedでは、急速にエンジニアの数が増えているそうですね?
金子 そうですね、設立当初、技術者はわたし一人くらいでしたけれど、今は会社の半分が若いエンジニアです。しかも、和気あいあいとやってきた形がビジネスになっているから、ありがたいなぁと思っています。中でも、わたしの直系の継承者になると目している者がいるんですが、彼は最初、わたしの『Winny』裁判に興味を持っていて、その裁判を追いかけているうちにSkeedへ入社してくれました。

―― まさに「信者」が「弟子」になったような状態ですね。
金子 いやぁ、わたしは何か特別に彼を鍛えたわけじゃない。彼が好きなようにやって、それで技術的にも素晴らしく成長したから、「わたしの継承者」と思うようになっただけですよ。

本物のプログラマーは、誰も教育しなくても育っていくもの
松本 金子さんと継承者の方のお話は、仏教の世界でいう師僧と弟子の関係と重なります。仏教界の師僧も、何かを手取り足取り教えるわけではないですから。
金子 どの業界でもそうかもしれませんが、優秀な開発者というのは、もう勝手に吸収するんですよ。「教えてください」なんて言っているうちはダメなんです。だからわたしは、いかに彼らの邪魔をしないかを心掛けているわけです。

―― そこで難しいのは、多くの人にとって、「好き」でやる開発が必ずしも仕事やキャリアにはつながらないことです。そして、開発を仕事にした途端、学生時代の松本さんのように苦行と感じてしまう人もいる。この問題を、お2人はどうお考えですか?
金子 確かに、好きなことをやるからには、もう徹底的にやるという気構えがないと先は開けないと思います。もう何度も言っていますが、本物のプログラマーは好きなんだからやるんですよ、黙っていても。そういう意味では、わたしも努力とか修行みたいな気持ちで仕事をしたことがないんですね。子どものころと同じことを、延々とやり続けている。
松本 わたしも仕事とプライベートの境目が限りなく薄くて、と言いますか、ないんですよ。
金子 いちいち気が合いますね(笑)。わたしもまさにそう。
松本 好きなことだから周りがビックリするくらい突き詰めていくし、結果として周囲がそれを驚いてくれたり、喜んでくれると自分もうれしい。それが「価値を生み出す」、「ポテンシャルを切り拓く」ということにつながっているんだと思います。
金子 うん、そうですよね。
松本 ちなみに、仏教には「仏・法・僧」という3つの大切な宝がある、という考え方があります。「仏」は文字通り仏さまで、「法」はお釈迦さまの教え。そして最後の「僧」ですが、これはお坊さんを大事にしなさいということではなく、共に学び修行する仲間を大事にしなさいということ。金子さんとSkeedの皆さんとの出会いがまさにそうだったように、好きなことを徹底して突き詰めた者には、必ず仲間が生まれる。

―― その仲間がまた、互いの持つポテンシャルを開発する手助けをしてくれる、ということですね。IT業界におけるコミュニティ活動なども、それに当てはまるかもしれません。
松本 そうです。エネルギーにあふれた人は、エネルギーレベルの高いところに自然と集まってきますから。
金子 だから、やっぱり自分自身がワクワクしていないとダメなんじゃないかと思うわけです。フリーソフトの開発者なんていうのはですね、もう完全に「開発が好き」という理由だけでやっている大道芸人みたいな存在ですし
松本 開発者が大道芸人だというのは面白いたとえですね。
金子 なのに、それをネット上で発表すると、文句をつけてくる人もいる。時には「何でオレはこんなものを報酬もなしに作っているんだろう」と思うこともあるけれど、そこでキレたら終わりという。
松本 せっかく「開発」して得た気づきを、次に活かせなくなるわけですね。
金子 正直なところ、『Winny』騒動があったころは、途中で何度もキレそうになった。でも一方で、いったん作ったものは最後まで責任を取らなければという義務感や、やり始めたらどこまでいけるかやってみたい、という気持ちもあったわけです。だから、『Winny』が問題視された後も、ポジティブ志向で受け流しながら『Winny2』を作っていろいろ試していた。

最も希有な才能とは、つらいことにもキレずにやり続けること
松本 その、「続けること」で得た成果とは、何だったのですか?
金子 最初に超えられなかった壁も、経験値がたまっていくと超えられて、そうするとまた次の局面が開けてくるんです。それに、フリーソフトって、クレーマーほどバージョンアップや改善点の発見にコミットしてくれるんですね。そうやって見方を変えると、ホンネではやりたくないユーザー対応も楽しくなる。
松本 さきほど金子さんは「努力をしたことがない」とおっしゃいましたが、今お話されたのがまさに「修行」なのではないですか?
金子 あ、そういう意味の修行ならば、確かに人一倍やってきた(笑)。
松本 今のお話を聞いていて思ったのは、何かを開発する上で最も大切な才能とは、つらいこともうまく受け流しながら、やり続けることなんじゃないかと。わたしも、よく人に「いろんなことやっていますね」と言われますが、大変ながらもやってきたことはすべて、今の務めを果たす上で役に立っていますから。
金子 それは本当に真実ですね。わたしは自分のことを「亀」だと思っているんですが、その理由の一つは、何かがうまくいかずキレそうになっても、歩みを止めないから。黙々とやるのが得意だからなんです。
松本 『Winny』のような破壊的なイノベーションは、好きなことをやめないという希有な才能があったから、生まれたのかもしれませんね。

「誰かが決めた価値」に沿って生きるのはつらい。だから、創れ
―― では最後に、その「やり続ける才能」を、開発者としてどう自身のバリューに転換していくか、お2人の意見を聞かせてください。
松本 そもそも、世の中の価値というものは常に移ろいゆくものですし、判断を下す人によっても変わります。だから、職業人としてのバリューも、時代や環境で変わるものですよね。
金子 おっしゃるとおりだと思います。
松本 でも、だからといって、常々「誰かが決めた価値基準」に合わせながら生きていくのは、なかなかつらいものです。ですからわたしの考えは、何かをやる時は、その価値や意味を自分自身で決めるしかないということ。自分の人生は自分にしか生きられません。他人の評価軸に惑わされることなく、それをやる価値があるかどうかというモノサシは、自分で決めて良いのだと思います。
金子 そうですよね、自分に少々都合の良いモノサシでいいんですよ。そのモノサシで開発してみて、うまくいかなければ、ちょっとモノサシをズラしたっていいし。
とにかく、好きなことを徹底的に追いかけられるようなモノサシを用意する。
―― なるほど。

金子 ただ一方で、きちんとグローバルなモノサシというか、世の中の評価軸を理解して、上手に折り合いつけていかなければいけないなぁと思っていますが。
松本 でも、そのグローバルなモノサシばかり気にして、自分のバリューをそれに合わせて「高めました」といっても、それは他人の作った評価軸に依存することです。自信はもろく、不安が強まるのではないでしょうか?
金子 そうですね。だから、グローバルな評価軸を理解しつつ、気持ちを逃がすところは持っておくというか。どこかで「オレ様がやっていることは正しい」と思える部分も残しておくためにも、やっぱり「好き」だけでやれる開発はやめずに続けるのが良いと思うわけです。
松本 そうやって好きなことを追い求めていく中で、幸いにも多くの人が仲間として集まってくれると、それ自体が人の縁という大きなバリューになりますしね。金子さんのお話を伺っていて、つくづく価値というのは「上げる」ものではなく「創る」ものだと感じます。
金子 そう言ってもらえると、なんか今日はここに来てよかったなぁ、と思います。
松本 わたしもお話をさせていただいて、いろんな教訓を得ました。仏教の教えは、その時代、時代に現れた多くの僧侶によってバージョンアップされ、実践されてきたという意味で、ある種のオープンソース・アプリケーションなんです(笑)。わたしも、金子さんを見習って、どんどん現代社会に適した開発(かいほつ)をしていきたいと思います。
―― 今日は貴重なお話をありがとうございました。
取材・文/森川直樹 撮影/竹井俊晴 撮影協力/東京神谷町・光明寺http://engineer.typemag.jp/article/kane-matu より転載

金子勇

金子氏の無事の昇天を願います。

感謝

長生きと食物

長寿食の意味を持つ「マクロビオティック」の語源は、古代ギリシャ語の「マクロビオス」で、「健康による長寿」「偉大な生命」だといいます。18世紀のドイツ人医師クリストフ・ヴィルヘルム・フーフェラントは、新進気鋭のイェーナ大学教授であった30歳代半ばに著した啓蒙書の中で、この言葉を長寿法という意味合いで使いはじめました。西洋版“養生訓”である本書は、科学的な健康法・食養生法・衛生法を確立しようとした探究の成果とも呼ばれています。また、マクロビオティック運動は、1928年に桜沢如一氏が行った講習会が始まりであるとされます。

長寿食は、マインドによっても作られます。

(その1)
未だ現代は何を食べる(消費する)(-)かで、
命の安全を担保していますが、

近未来では食べるために誰の何を作る(生産する)(+)かで、
命の安全と長寿を自ら手にするようになります。

(その2)
余命一週間の宣告を受けた人がいたとします。
自分の命は残り7日というマインドの場合は、
7・6・5・4・3・2・1と生きる日数をゼロへ向け減らして(-)生きます。

一方、自分の命は今日から始まるというマインドならば、
1・2・3・4・5・6・7と生きる日数を7へ向け増やして(+)生きます。


さあ、今日も大きな笑顔で参りましょう。

感謝
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