生彩ある人生

蒼き淵の彼方よりあふれ出づる光の泉。内なるしじまと向き合いて 輝きは聖となり私(わたくし)と成す。

2015年04月

光 Light

朝陽を眺めていると、
二羽の鳥たちがゆったりと、太陽に向かって行きました。

こころが朝陽と鳥たちと共に、穏やかに静まりました。
朝陽と鳥たちもこころと共に、穏やかに静まりました。

こころが朝陽と鳥たちを癒し、
朝陽と鳥たちがこころを癒しています。

これが「アルファ(Α)でありオメガ(Ω)」、
「始まりであり終わり」ということのようです。


閑話休題(それはさておき)


始点や中心に自分自身を据えてしまうと、
静的(スタティツク)な一方向になってしまいます。
始点・中心点としての自分を放棄したときに、
動的(ダイナミック)な双方向の運動が始まります。
そして、それは永遠です。
    Α ⇒ Ω   ⇒   Α ⇔ Ω   ⇒  光(愛)
 (始まり)(終わり)    (ひとつ)     (すべて)
   【分離の世界】   【互いに繋がっている】  【空】
    《幻想》        《現実》      《宇宙》
 
友を見舞ったはずが、友(共)に見舞われた。
元氣づけようと思ったが、元氣づけられた。
悲しみに暮れていた頃の話をしただけなのに、悲しみを抱く方々は癒された。
救いの手をさしのべたが、自分も救われていた。
太陽に照らされていると思っていたら、太陽も私たちから照らされていた。
天から地へと光が通ると思っていたら、地から天へも光が通っていた。


こんなことが、よくあります。

時として、孤独を感じるかもしれません。
でも、それは大海を泳ぎながらも渇いているという錯覚に似ています。

始点・中心点としての自分を放棄するなら、
分離の世界の幻想から解き放たれ、
私たち人間は他のすべての人々と互いに一つに繋がっていると分かります。

他のすべての人々や他のすべての物が、
自分自身であると感じられるようになる頃に、
私たちは始点・中心点の錯覚を乗り越えています。

福岡にてリハビリ中の畏友・N女史に祝詞を奉納した折に、
フト「祈り(意乗り)」「命(意乗血)」という言葉(光透波)が過(よぎ)りました。
それは動的(ダイナミック)な双方向の運動。

その際に感じたことをお伝えしました。
これも生彩ある人生の秘訣だと思います。

汝自身を愛するが如く、汝の隣人を愛せよ。
なぜなら汝の隣人は汝自身なのだから。


大きな笑顔の佳き好日を  感謝

イエスさま150506_075650

見切り

4月19日の草苅建氏のホームページ「蔵書印で考える見切り」に、生彩ある人生の秘訣を教えていただきました。
■4/19 蔵書印で考える見切り
 結構値の張る専門書が手元に増えてきました。定年前に公共的などこかに寄贈しようと思いますが、蔵書印は一応押しておくことにしました。しかし、なんですね、処分後に本棚に残った本の背表紙を眺めると近年の自分の関心が一目瞭然で、軌跡を再確認することになります。そしてますます不要に見える本が増えてきます。
 なにか、見切りをつけるような感じですが、はて何の見切りか?もうこの先、その本の内容に関して書いたり話したりすることはない、それにいわゆる知識、情報はネットで十分だ、ということのようですが、特に後者の理由も大きいような気がします。知識、情報の意味は、そして脳の記憶という役割もネットで変わってしまった
 見切り。人生後半は、いろいろな意味でこの見切りがでてきます。その見切りのおかげで人生がかなり楽になっているのも事実であります。まるでこれは人生のご褒美http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/より転載


閑話休題(それはさておき)


天井と壁の接する部分には、見切り縁(ぶち)を設けるものです。これは、廻り縁(ぶち)とも呼ばれます。部屋の中の天井と壁の際(きわ)をぐるりと廻っています。この部分の納まりが綺麗なほど、空間が美しく広がって観えます。面の交差する部分や同一線上にある仕上げを、美しくきれいに収めることは良い仕事の必要条件。

これは建築に限らず、物事の最終部分の仕上げが最も大切。このような部分をスッキリとさせ、なおかつ不出来になりやすい部分をカヴァーする。見切り縁(ぶち)の役目です。

私たちの人生も、その納まりの良さ、最終的な塩梅は、見切りをつける、美しく見切ることにあるに違いありません。

その見切りのおかげで人生がかなり楽になっているのも事実であります。まるでこれは人生のご褒美。

これは名言です。


大きな笑顔の佳き日々を  感謝
桜と東京タワー20150322IMG_6964
IT氏撮影@2015.3.22

経世済民

水野和夫著『資本主義の終焉と歴史の危機』に洞察力を観ましたので、引用します。
グローバリゼーションが危機を加速する
 シュミットの『陸と海と』を参照しながら、私は二一世紀を「海の国に対する陸の国のたたかいの世紀」と位置づけ、近代において海を支配して覇権を握った英米に対して、陸の国であるEUやBRICSなどの新興諸国が優位に立とうとしているのではないか、と考えてきました。
 現在の状況を見れば、海の帝国である英米の衰退に加えて、EUも停滞しているのですから、もうひとつの陸の大国である中国を代表とするユーラシア大陸の国が、今後しばらくは成長を謳歌していくでしょう。
 ただ、それもマクロな視野で見るならば、たかだか数十年の一時的なものにすぎないのです。すでに説明したように、新興国の成長は「近代」という土俵のうえでのことであり、現在の中国やインドの成長と日本の高度経済成長を重ねて見ることが多いように、それはかつての日本と同じ姿なのです。オランダやイギリスが「長い一六世紀」にスペインやイタリアにとってかわって世界のリーダーになれたのは、中世封建システムにとってかわる近代システムを持ち出したからです。
 結局、近代を延命させようとする二一世紀のグローバリゼーションは、エネルギーが無限に消費できることを前提としていますから、一六世紀以来の近代の理念となんら変わりがありません。
 したがって、近代の延長上で成長を続けている限りは、新興国もいずれ現在の先進国と同じ課題に直面していきます。
 むしろ、グローバリゼーションによって成長が加速している分、遠くない将来に同様の危機が訪れるでしょう。すでに現在、少子高齢化やバブル危機、国内格差、環境問題などが新興国で危ぶまれていることからも、それは明らかです。
 だとすれば、もはや近代資本主義の土俵のうえで、覇権交替があるとは考えられません。次の覇権は、資本主義とは異なるシステムを構築した国が握ることになります。
 そしてその可能性をもっとも秘めている国が近代のピークを極めて最先端を走る日本なのです。しかし、日本は第三の矢である「成長戦略」をもっとも重視するアベノミクスに固執している限り、残念ながらそのチャンスを逃すことになりかねません。近代システムが盤石であるという前提で日本の経済政策の舵が取られていること、そしてその誤りと危険性について、次章で説明していきたいと思います。(99頁)

合衆国に次ぐ覇権国家が中華人民共和国であるかのような先入観が支配的になっていますが、資本主義の次のステージを見極めたなら、新世代の日本の姿に期待が持てそうです。しかしながら、私たちは日本列島に未だ事故に対する解決策を持たない福島原子力発電所と五十数基の原子力発電所を抱えています。一歩誤ると、東日本又は日本列島全域が廃墟と化してしまいます。
水野和夫氏が警鐘 「今年は日銀が自ら資本主義に幕を引く」
(日刊ゲンダイ 2015年1月3日)
水野和夫 経済関連の新書で2014年、最も売れたのが「資本主義の終焉と歴史の危機」(水野和夫著=集英社)だ。経済学者、エコノミストが投票する週刊ダイヤモンド「ベスト経済書」1位に輝いた名著だが、さて、資本主義の限界を鋭くえぐりだした著者は15年の日本経済をどう見ているのか。
 質問すると、恐ろしい予測が返ってきた。「私はこの本で資本主義の終焉について書きました。しかし私が書こうが書くまいが、15年以降の日本経済は、まさしく資本主義の終焉の様相を見せつけることになると思います」と言うのである。順を追って説明してもらおう。

「2年以内に物価上昇2%という目標を日銀は立て、13年4月に異次元緩和の第1弾、黒田バズーカの1発目を撃ちました。しかし、思うように物価は上がらず、14年10月に2発目のバズーカを放った。たしかに株価は上昇しましたが、世界的な原油価格暴落によってガソリン価格などが下がり、2%の物価上昇は実現していない。おそらく日銀は15年4月にバズーカ第3弾を撃ちますよ。それもかなりの規模で、何が何でもさらなる円安に持っていく。日銀自身のメンツがかかっているからです。しかし、こうした円安誘導政策で国民生活は豊かになるのか。これ以上の円安で物価を引き上げても、インフレに伴い実質賃金はどんどん下がってしまう。日銀はどこを向いて金融政策をしているのか。根本的な矛盾が問われることになると思います」

 水野氏の見立てでは1ドル=125〜130円のレベルになっていくという。円安インフレで実質賃金の伸び率はマイナスのまま。庶民はたまらないが、怖いのはその先だ。

「今ですら、出口なしといわれているのに、追加緩和をすれば、日本経済が破綻するまで日銀は異次元緩和をやめられないという苦境に陥ります。というのも、緩和を続ければ株や土地などの資産価格がバブル化しますが、緩和をやめたとたんに、暴落する。当然、政権は『緩和を続けろ』と圧力をかけてくるので、黒田日銀総裁は逆らえず、バズーカを次々と撃ち続けることになる。やがて国債の買い手がつかず、国債のほとんどを日銀が買い受けることになる。最終的には市場がなくなり、価格もつかなくなるでしょう。資本主義は終わるわけです」

 安倍政権のせいで何もかもが壊されてしまう。
http://www.nikkan-gendai.com/articles/image/news/156086/16808より転載



今の資本主義経済は、東洋でいう経世済民のためのものではありません。ひと握りの人間が属す階層にのみ富が集中するようなシステムが作動・機能している世界支配のデヴァイス(装置)にほかなりません。加えて、このシステムの主要エレメントである中央銀行と紙幣(銀行券)という発明品も、そこに巣食う人々の強欲によって自家中毒に陥ってしまい、本来の機能を喪失してしまいました。資本主義そのものの崩壊が加速している所以です。

日本列島の姿は、龍神のかたちをしています。この列島の大地が、2011年3月11日から覚醒する方向に動き始めています。当然のこととして、目覚めの試練というものもありましょう。にもかかわらず、より良い結果をもたらすものは、日本の次のプログラムを進行させる私たち日本の民衆のはたらきです。いっしょに考え行動し、未来を光明で満たそうではありませんか。


大きな笑顔の佳き春日を

SunSunの朝陽を浴びながら  感謝
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