生彩ある人生

蒼き淵の彼方よりあふれ出づる光の泉。内なるしじまと向き合いて 輝きは聖となり私(わたくし)と成す。

2015年08月

the Commons

勇払原野のハスカップ摘みは、道央圏を含む地域民衆が自由にアクセスできる夏の風物詩として息づいています。このフィールドは、国内唯一のハスカップ群生地の一部。そして、慣習として、世界各地で行われている土地の共有のしくみ「コモンズ(共有地)」のように地域民衆によって利用されてきました。

コモンズ的に利用されるエリアが小さく限定されるようになってきた一方で、ハスカップが自生する原野にはまだ利用のしくみやルールが整っているわけではないようです。理想的なあり方に向けた今後の課題は、このハスカップの原野を「コモンプール資源」としてとらえ直し、地域民衆による持続できる管理・整備を考え実践しながら、恵みをいただく暮らしに根ざす保全に取り組むことのようです。

最近、NPO法人苫東環境コモンズによりハスカップサンクチュアリ(自生ハスカップの観察地エリア)の映像が公開されました。

ハスカップサンクチュアリ


大島山林の薪広場


NPO法人苫東環境コモンズ
オームページ: http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/
事務局長は草苅健氏。素的なジェントルマンです。


閑話休題(それはさておき)


合衆国の生物学者・ギャレット・ハーディンは1968年に『サイエンス』に論文「The Tragedy of the Commons(コモンズの悲劇)」を発表。これにより、多数者が利用できる共有資源が乱獲されることによって資源の枯渇を招いてしまうという経済学における法則が広く認知されるようになりました。共有地の悲劇とも呼ばれます。

例えば、コモンズ(共有地)である牧草地に複数の民衆(農民)が牛を放牧します。民衆は利益の最大化を求め、さらに多くの牛を放牧するでしょう。自分の所有地ならば、牛が牧草を食べ尽くさないようにその数を調整するでしょうが、コモンズではそうはいきません。自分が牛を増やさないことには、他者が牛を増やしてしまいうので、自分の取り分が減ってしまいます。だから、牛を無尽蔵に増やし続けてしまうのです。このように民衆がコモンズを自由に利用する限り、資源である牧草地は荒れ果ててしまいます。結果、すべての民衆が被害を受けることになります。

また、牧草地は荒廃しますが、全ての民衆が同時に滅びるのではなく、最後まで生き延びた者が全ての牧草地を独占します。ですから、不当廉売競争による市場崩壊とその後に独占市場が形成されるプロセスに関しても、The Tragedy of the Commonsの法則が成り立つと言われます。

実際にThe Tragedy of the Commonsが起こるのは、そのコモンズ(共有地)がオープンアクセスの場合に限られます。コモンズの利用者は、コモンズ利用の費用に直面していないため、コモンズの濫用が発生します。ですから、行政政策として正の外部性(外部経済)の場合は、有償で利害関係者に所有権又は独占権を与えて管理・整備してもらうことで、The Tragedy of the Commonsを回避することができると考えられ実践されています。なお外部性(Externality)は、ある経済主体の意思決定(行為・経済活動)が他の経済主体の意思決定に影響を及ぼすことを言い、他の経済主体にとって有利に働く場合の外部性が正の外部性(外部経済)です。

なお、共有地の共有資源が、地域の民衆に限って利用できる「ローカル・コモンズ」(里山の入会地など)は、厳密な意味のコモンズではないと言われます。集団が所有する所有地からの収益を地域民衆に分配する共同事業・擬似コモンズですから、The Tragedy of the Commonsは起こりません。


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生きる

体裁をつくろうことを「氣取り」といいます。黒澤明監督が脚本も手がけた『夢』(1990年・日米合作)は、彼自身が見た夢を元にしています。そこで、笠智衆さん演じる老人がこう語ります。

生きるの苦しいとか
何とか言うけれど
それは人間の氣取りでね、
正直、生きているのはいいものだよ、
とてもおもしろい・・・。


ラベンダー

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