生彩ある人生

蒼き淵の彼方よりあふれ出づる光の泉。内なるしじまと向き合いて 輝きは聖となり私(わたくし)と成す。

2015年12月

善因は善果となって転生する

今年は残すところ二日となりました。
みなさまは、いかがお過ごしでしょうか。

今夜は、お隣の中国に伝わる話をお楽しみください。
チト、長くなりますがお付き合いをお願いいたします。
善因が因果と
中国の山河は、日本と異なり広范十里の平原を抱えて、山あり川ありというような風向で、概して大観である。黄河・長江は別として、一般の少河細流は、雨降れば氾濫し、なければ枯れるというのが常の姿。

山東掖県に沙河と称する河があり、この河も楚々として流れ、住民は平素川原の飛石を伝わって対岸と往来しているが、少雨にも直ぐ足を奪われて不便をかこっていた。

県域にささやかな油商というより、天秤棒を担いで村から村へと行商していた人に、王福昌という人がいた。この川原の飛石越に、足をすべらせては天秤棒をほうり出し、河底に油を奉納したことが幾度あったかわからない。その度毎に王さんは『ようし一生のうちに俺は大金を蓄えることがあったら、ここに橋を架けてやるぞ!』と決意を新たにするのであった。15・16歳から営々として40年の歳月を努力した甲斐があって、王福昌さんは採油工場(山東一帯は菜種油の産地)を持って大々的に製油し、遠近に菜種油(当時は灯油であり食用でもあった)の卸売りをするまでになり、相当の資産が出来て家運も隆昌になった時、フト彼は年少の頃に川原の飛石づたいに行商をしつつ念願したことを思い出して、今こそ沙河に大橋を架けてやろうと、発願した。

しかし、いよいよ架橋に着手してみると、70〜80メートルもある河幅全体にガッチリした大橋を架けるとなると、莫大な費用がかかって、蓄積した金銭は全部使い果たして終わったが完成には程遠かった。一時中止しては又始めるという具合に、遅々たる歩みを続けていたが、遂に採油工場を売り払って沙河の大橋は完成した。

明日は、いよいよ県知事を始め各界の代表も参列し、盛大なる開通式が挙行されるという前夜、彼は独り橋上を行きつ戻りつ、少年の夢を実現した喜びに耽りつつ、今は全く家産の殆どを傾け尽くして終わったことを思い、橋の中央に座して物思いに沈んでしまった。

人生は一体何を以って幸福というのだろうか、金が畜って産を成し、独りのよろこびとせず、天恩に報い人のために尽くそうとすれば工場まで売らなければならなくなって、又元の黙阿弥(もくあみ)となり、50の坂を越えて又天秤を担がねばならなくなったが、一体人間の幸福なんて何処にあるんだろうと、とつおいつ考えぬいていると、橋の彼方から二人の人影が近づいて来て、

『お前は幸福だよ、今はお前の欲するものは、
 何でも得られる身分になったではないか』と言った。

『いやそんなことはありませんよ、
  私はこの橋を造るために一切を失ってしまって、
 明日からは又天秤あきないをしなければならないのです。
 それでも幸福だと言えるんですか』

『一切を人のために失った者は、
 一切が欲するままに得られることになっているんだよ、
 まあ一緒にしたがいて来給え』と手を執って彼を導いた。

そしてその新しい橋上を離れて行くと、彼方の森の中に今まで見たこともなかった、西洋建築がそちこちの林間に散在しているのを見た。

『あのような立派な家は、どなた様のものですか』と聞いてみると、案内者は、

『あれは皆お前の家だよ、お前の欲するところに行って住むがよい』と言って案内してくれた。

それ等の家の最も好ましき一軒の家に入ってみると小間使い、下男下女というような者が大勢居て、彼自身にかしづいて呉れた。フト気がついてみると自分は全くの乳呑児であった。そうしてそこに育てられて20歳前後の好個の青年となる。

しかし不思議にも彼は、この家の人として生れかわった者であるという意識と、生前沙河附近の貧乏な油屋であったことの意識から離れることが出来なかったので、一度ぜひその油屋を訪ねてみたい、と思って沙河の附近にやって来る。

立派な大橋があったので、そのあたりを通行する人に、その橋の縁起について聴いてみると、

『今から二十年ばかり前、この先の採油工場を持っていた王福昌という人が、全財産を投じて造ったものだ。そして明日は県知事始め知名の士が参列して開通式を挙行するという前夜、王さんは橋上に座して死んで終わったのですよ。その王さんの徳を讃えるため、あすこに碑がありますよ』と指さされた。

彼は初めて自分が橋上から天使に導かれて天界に入り、直ちに富裕な家庭に転生させられたのだ、ということに氣付いた。

転生した王福昌は教えられるままにその家を訪れると、自分の妻は老いてその夫とも知らずに、見ず知らずの若者が、老夫の徳を慕って訪ねて呉れたものと、茶を汲み接待をして呉れた。自分の子は、転生した自分よりも年長で、よく働く青年だと聞いたが、やはり貧困に抗しつつ稼いでいることを知って、彼の現実は、恵まれ且つ豊かな家庭の人であるから、惜しげもなく自分の転生前の吾が家に、恵みほどこしてやった。

そして彼は、善因は善果となって転生することの確信を抱いて、長ずるにしたがってますます徳を積んだという話は、山東掖県の挿話として尚語り伝えられている。

いかがでしたか。お楽しみいただけましたか。

今年も「生彩ある人生」をお読みいただき、ありがとうございます。
みなさまの平成28年が更に佳い年でありますよう、祈願して止みません。  感謝

ローマの教室で

ローマの高校を舞台に、タイプの異なる3人の教師が、生徒との出会いを通じて、これまでの価値観や人生を変えていく模様を描いたイタリア映画があります。

大人も子らと同様に、未来完成型の存在(命)です。
人間同士の交流の中で、教え、教えられながら成長を続けています。

原題:Il rosso e il blu
製作年:2012年
時間:102分

人生には色々ありますが、その生き方にただひとつの正解があるわけではありません。
笑い、ため息、怒り、涙、微笑み、楽しみが途切れなく続く、この人生。
私たち皆が、懸命に、真摯に生きることが、生彩ある人生の必要条件です。


大きな笑顔の佳き年の瀬を   感謝
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