生彩ある人生

蒼き淵の彼方よりあふれ出づる光の泉。内なるしじまと向き合いて 輝きは聖となり私(わたくし)と成す。

2016年01月

a state of emergency

「国家緊急権」について知って、日ごろから考え見識を持っておくのは、生彩ある人生の必要条件だと思います。日本国(国家)が緊急事態(a state of emergency)になった時、国家緊急権は立憲主義体制を維持するという大前提のもとに、私たち民衆(国民)の自由と権利を守るという明確な目的を以て、緊急事態に対処するための一時的で必要最小限度の措置であるという自覚を日本国(国家)に持たせるものです。橋爪大三郎教授が非常に分かりやすい誌上レクチャーをしてくださっていますので、いっしょに勉強して参りましょう。
「国家緊急権」を憲法に書き込むのは望ましくない〜橋爪大三郎氏に聞く
(BLOGOS編集部 2015年12月09日 07:23)
 11月11日の参院予算委員会で、安倍晋三首相が「大規模な災害が発生したような緊急時において、国民の安全を守るため、国家そして国民自らがどのような役割を果たしていくべきかを憲法にどのように位置付けるかについては、極めて重く大切な課題であると考えています」と述べた。
 この発言は山谷えり子議員の質問に対するもので、昨年11月の衆院憲法審査会において共産党を除く与野党7党が憲法に「緊急事態条項」を創設する必要性に言及していることを踏まえてのもの。今後、憲法改正をめぐる議論において「緊急事態条項」もテーマの一つとなるとの認識を示した格好だ。
 この「緊急事態条項」は、「国家緊急権」を明文化したもので、自民党が2012年に公表した憲法改正草案にも盛り込まれている。大災害やテロなどによる非常事態において、通常の対応では間に合わない場合、一時的に憲法秩序を停止したり、一部の機関に権限を集中させたりするものだ。事態が収拾されるまでの間、国民の自由や権利の制限をともなう可能性もある。
 現在フランスではパリの同時多発テロ事件を契機に「非常事態」が宣言されており、大統領権限の強化も議論されている。さらに、EUでは旅客機の乗客予約記録を集める制度の導入が検討されるなど、世界的にテロ対策とプライバシーや「通信の秘密」などの"せめぎあい"が起き始めている。もし「緊急事態」に際会した場合、国家や自らの安全を守るため、自由や権利の制限を国民がどこまで受け入れるのか、一人一人が考えなければならない時代が到来しているとも言えるだろう。
 そもそも、「国家緊急権」とは何なのか。また、憲法にその規定を盛り込むべきなのか。来るべき改憲論議に備え、国民が共有しておくべき認識とはどのようなものなのか。昨年これらのテーマに真正面から切り込んだ「国家緊急権)」(NHKブックス)を出版した、社会学者の橋爪大三郎・東京工業大学名誉教授に話を聞いた。【編集部:大谷広太】

橋爪大三郎2

「主権者」「憲法制定権力」とは何か
 「国家緊急権」は、「緊急事態」に際して通常の憲法の手続きによっては対応ができない場合、憲法を無視し、定めがなくても、あるいは憲法が保護する「国民の権利」を制限してでも政府が対応する、という権限です。
 ですから、そもそも「国家緊急権」と憲法は矛盾しますし、憲法を尊重していては「国家緊急権」などという権限は行使できません。では「国家緊急権」は存在しないのか。あっても行使しない方が良いのか。順番に考えてみましょう。
 「国家緊急権」の源泉は、憲法ではありません。では何か。それは「国家主権」です。通常は憲法を制定し、それによって「国家主権」を行使しますが、「国家緊急権」の場合、憲法を飛び越えて、あるいは憲法とは別のルートで、「国家主権」を行使するのです。憲法も「国家緊急権」も、どちらも「国家主権」に源泉を持っています。そこで、「憲法」とは何か、「国家主権」とは何か、をまず考えなければなりません。
 憲法を持つ国家体制を「立憲制」といいます。そこには「国家主権」の規定があるのが普通です。「国家主権」は誰が握っているのか(=「主権者」は誰か)と言えば、それは、君主か、さもなければ国民。そのどちらかです。日本国憲法では「主権在民」といって、国民が「国家主権」をもつ、としています。いっぽう旧憲法(大日本帝国憲法)では、君主(天皇)がもつとしていました。
 君主の主権は「伝統」に由来します。君主の前の君主も、そのまた前の君主も、君主で、主権をもっていた。これが「伝統」です。いっぽう国民主権は、「意思」に由来します。国民は、大勢の人間の集まり(団体)です。その団体があるとき、「アメリカ合衆国を作ろう」、「フランス共和国を作ろう」、「日本国を作ろう」と意思するのです。なぜ意思することができるかといえば、それは人間一人一人の生まれついての能力(自然的能力)、あるいは「自然権」に由来します。
 「自然権」とは、「一人一人の人間が等しく造られている」ことにもとづき、めいめいが、生存し、安全で、幸福を追求し、家族や財産を持ち、信仰や、教育や公共サービスや、そのほかの便益を受ける権利のことをいいます。
 さて、孤立した一人の人間では、この権利を追求できにくいし、実現させにくい。そこで、これらの権利を保障するために、法律や、その法律を実施する政府が必要になります。また、安全を保障するためには、政府に、外交権や軍事権が必要になります。こうした「政府を樹立すべきだ」という意思。これが「憲法制定権力」です。国民が「憲法制定権力」を行使して政府を樹立し、政府と契約(憲法)を結ぶと考えるのです。
 「主権者のこうした利益を図るため、政府を樹立し、以下の権限を授けます。立法権、行政権、司法権。軍事権、外交権、徴税権。場合によると徴兵権。そのほかの権限を授与しますが、同時に、この憲法の規定に従って、政府職員は行動するように。」こういう契約が、憲法です。権限を与えるが、その行使を制限する。ここに憲法の本質があります。
 通常の場合、政府は、憲法を最高法規とし、政府の権力の源泉とし、行動の規準として、行動しなければならない。これに違反することを、「憲法違反」といいます。政府・国家機関は、憲法に違反してはならない。これが大原則です。「主権者」からの受託に違反してはならないからです。
 ここまでは、どんな憲法の教科書にも書いてあると思います。

「緊急事態」とは何か
 さて、「国家緊急権」の発動が必要になる「緊急事態」とは何か。それは、「主権者」である国民の重大な利益がいまにも損なわれる、ないし、現に損なわれつつある状態のことです。そのまま放置することは許されない、切迫した事態です。
 そもそも政府は、国民の権利・利益を守るために組織されている。ある程度の災害や事故に対応する能力を持っています。警察、消防、救急、軍隊などですね。軍隊と別に、国境警備(日本なら海上保安庁)をおく国もある。そのほか、事務職員や行政職員も緊急時には、対策本部の指揮下に入り、住民を救援する活動にたずさわることになっています。
 これらの活動は、通常の法秩序の中でも実行できます。台風や地震、火山の爆発といった災害による被害や、原子力発電所の事故、化学工場の汚染などがあった場合、連絡・避難の方法、物資の運搬方法、負傷者の救援をどうするか。政府や自治体は、そのためのプランを持っています。
 この範囲ですむなら、「国家緊急権」の出番はありません。いわゆる「災害法制」とか「緊急事態法制」は、整備しておくに越したことはありませんが、法律として書き込まれているならば、本当の意味での「緊急事態」とは言えません。真の「緊急事態」とは、これらあらかじめ用意した法律では間に合わない事態のことです。
 どんな場合が、真の「緊急事態」か。緊急の場合に対応するはずだった法律の前提が、覆ってしまうような事態です。例えば、水害と放射能汚染が同時に発生した。通信が途絶した。政府の幹部職員(首相や大臣)の大半が死亡してしまった。その結果、通常の政府の業務が遂行できなくなってしまった。このような、被害の規模があまりにも大きく、通常の方法では対応できない事態は、想定しようと思えばできますが、これを想定した法律を作ることは困難でしょう。事前の立法によって対応することが難しいけれども、想定せざるを得ないような事態。これが真の「緊急事態」です。

「国家緊急権」とは何か
 次に理解すべきなのは、この「国家緊急権」が何に由来するのか、です。
 それは、主権をもつ国民に由来します。「主権者」は、国家を作り出す究極の権力の主体。国家を組織し、憲法を生み出し、政府を通じて国家権力を行使・運用させる存在です。言いかえると、憲法が無くなり、国家が壊れたとしても、それでも「主権者」は存在しているのです。そもそも、憲法はある時点で生まれたものですが、「主権者」はそれ以前に存在していた。ですから、憲法が機能しない場合には、「主権者」は、憲法と無関係に行動することができると考えられるのです。
 「緊急事態」が生じて、憲法が定めるような行動を政府が取れない場合に、何が起きるか。「主権者」である国民から、国家を構成する政府職員への、臨時の、そして暗黙の、「権限の付与」が起こると考えるべきです。
 英米法には「必要が法である」という考え方があります。政府職員は、まさに国民が必要とすることを、国民に代わって、行なう。必要に応じてすぐ行動し、誰にどういう権限があったのかは、後から考えればよいのです。
 赤ん坊が川に流されている。政府職員であれ民間人であれ、とにかく誰かが助けようとするでしょう。では、大勢の人びとが生命の危険にさらされているとしたら、政府が助けるか民間人が助けるか。民間人に比べ、政府には資源や技術が集中しているから、行為能力が高いのです。とりわけ行為能力が高いのは、軍です。軍は、平時ではなく戦時を想定している組織なので、通信や補給など、さまざまなことがらを軍自身が自前で行なえます。
 例えば、軍用車は、一般道を通らなくても移動ができます。NTTの通信回線が途絶しても、自前の通信系統をそなえています。警察や自治体に、そこまでの能力はありません。ですから、「緊急事態」の性質にもよりますが、最後に頼りになるのは軍なのです。
 わが国には自衛隊があります。自衛隊は軍ではありませんが、軍と同じ装備と行動能力を持っています。現行法では、都道府県知事が自衛隊に災害派遣を要請することができることになっています。この場合、要請しているのは知事、それを受けて、要請に応えて組織として動くのが自衛隊。これが通常の法の範囲内です。でもかりに、県知事が死亡し、県の役所も存在しなくなったような場合には、自衛隊への出動要請ができません。では出動しなくてよいのか。出動要請がなくても出動したとしたら、これは「緊急事態」です。
 昔から「緊急事態」はたびたび発生し、立法者もそれを熟知していました。ですから「緊急事態」の場合、地域を限って、また期間を限って、政府の権限の一部(または全部)を軍に委任することがよくあった。これを「戒厳令」といい、大日本帝国憲法や、いくつかの国の憲法にはそのことが書き込まれています。「戒厳令」を施行すると、「戒厳司令官」が任命され、政府に代わって行政機能の一部または全部を担当します。被害者の救出、避難経路の確保。治安の維持。水や食糧の供給。「緊急事態」に置かれた住民が必要とすることを、まさに行なうのです。
 しかし、「戒厳令」と「国家緊急権」とは、考え方が少し違います。
 「戒厳令」の場合、権限を握り、執行するのは軍です。軍は、敵と戦ったり、治安を維持したりするなどの安全保障の訓練は受けていますが、それ以外の訓練は受けていません。サイバー攻撃を受けて通信がすべて途絶するとか、都市に放射性物質が大量に拡散して避難や立ち入り制限が必要になるような、「緊急事態」の中でも敵がいない「ソフトな危機」では、軍にできることはあまりないと考えなければなりません。
 原発に爆弾が仕掛けられ、一基が爆発し、残りの原発もいつ爆発するかわからないようなケース。行政組織が持っている高い行動能力をすぐさま活用しなければならない目前の危機がある場合に、「国民から受託があった」として、憲法上の根拠に基づかないで、法律の裏付けがなくても、行政府の長が必要な行動を指示する。これが「国家緊急権」というものです。放置する事が許されない場合には必要に応じて行動する、という原理です。

「憲法違反」をどう解決するのか
 「国家緊急権」の行使は「憲法違反」でしょうか? 「憲法違反」です。法律に違反するでしょうか? 法律にも違反します。
 国家公務員や地方公務員が、自身に権限を与える行政法規に従わないで行動した場合、どういう責任が生じるでしょうか。
 通常、行政組織の内部での処分で最も厳しいのは懲戒免職です。いまお話をしているのは、100人を救ったが、その代わりに10人が死んでしまったというようなケースです。死んだ10人の家族は、「あの政府職員のせいだ。死ななくてもすんだのに」、と怒るでしょう。いっぽう、100人は感謝するでしょう。「あの政府職員のおかげで、みんな助かった」、と。では、彼の責任にはどこにあるのでしょうか。処分を下すべきなのか。
 行政処分を離れて、通常の法律(刑事手続き)を適用するのなら、「業務上過失致死」とか、「殺人」に問われるかもしれない。公務員はふつう、公務として行なった行為の刑事責任をただちに問われることはありませんが、血液製剤のケースのように、例外もあります。法治国家であれば、「緊急事態」が過ぎ去ったあとで、こういうメカニズムが作動するはずです。
 私は思います。「国家緊急権」を行使した場合、それは「憲法違反」なのですから、憲法がそれにどう対応するかということが大切である。刑法をいきなり適用するよりも、「憲法を復元する措置」が間に入らなければなりません。行政府の責任を問うのですから、立法や司法の役割です。とりわけ、立法府(国会)の役割が重要だと思います。
 国民には、緊急時に行動した行政府の行動をチェックし、批判し、必要ならペナルティを科す権限があります。が、このための専門の機関がありません。そこで、国民の代表である立法府(国会)が、憲法を守る立場から、行政府に対して行動するのが正しいと思います。
 立法府(国会)は立法するだけであって、法律を執行するわけではありません。ですから、国会には執行機関が存在せず、執行機関として行政府が存在します。しかし、立法府には「国政調査権」があります。行政府が憲法や法律の定めに基づかないで行動したわけですから、それに関係した行政府の職員を呼びつけて喚問したり、記録の提出を求めたりするのです。「憲法違反」であるとしても、それが、正当で必要で真にやむをえない行動だったのか、それとも、恣意的で不適当な行動だったのかを、政治の観点から、国民に代わり、立法府として判断するのです。刑事手続きに入る前に、これをまずやるべきではないしょうか。
 国会に呼ばれた行政府の職員は、自己の信念に従って、「条文には違反しているが、真に止むを得ず、国民を守るためにこれ以外に方法がなかった、憲法の精神にも合致している」と、堂々とのべればよいのです。
 日本は「議院内閣制」ですから、内閣を構成しているのは与党で、議会の多数派です。そこで、立法府(国会)が、ふつうに喚問のための委員会を組織すると、与党議員が多くなってしまいます。国民は、「追及が甘いのではないか」と考えるでしょう。そこで、この場合には野党議員が過半数となるように委員会を構成するなど、国民の疑惑を招かないよう、公正な審査を行なう必要があります。また、専門知識が必要になるかもしれないので、委員会の下に専門家などからなる「調査チーム」を設けて実質的な調査を行ない、本委員会に報告させ、そこで最終的な議決をするなどします。この調査チームの報告は、ジャーナリズムを通じて逐一国民に明らかにするのもよいでしょう。
 首相や閣僚が在職のままでこれらの手続きを受けるのは不適当ですから、「国家緊急権」を発動した政府首脳や関係した政府職員は、職を辞してこの検証を受けることに専念するのがよいと思います。退陣した旧政権にかわる次の政府が、この手続きを保障するのです。
 「緊急事態法制」をつくりたいのなら、「緊急事態」がすんだあとで、どうやって憲法違反の調査をし、政府の首脳を喚問し、政府の行動の責任を追及するかという、事後検証のための法律を国会がつくっておくとよいと思います。「緊急事態」の最中に政府がどう行動するかをあらかじめ法律で定めておくこと(ふつうに人びとが思い浮かべる、いわゆる「緊急事態法制」)は、必要でも十分でもなく、かえって有害かもしれません。

「国家緊急権」を憲法に書き込むのは望ましくない
 では、「国家緊急権」を憲法に書き込むという考え方の問題点は何でしょうか。
 「国家緊急権」を発動できる、という条項が憲法に書いてあることは、大変に望ましくない面があります。「国家緊急権」は、憲法を無視する権利ですから、その権利を憲法に書いてしまえば、憲法を無視したとしても免責されてしまいます。それなら、その責任を追及する方法がありません。ゆえに「緊急事態法制」は整えておくべきだとしても、憲法それ自体に「国家緊急権」に当たる条項をもうけておくというのは、極めて危険で、問題があると言わざるをえません。「国家緊急権」の行使は、明文化せず、事後的に追及・検証すべきものなのです。
 また、アメリカと日本を比べて、日本の国家体制が脆弱であるのは確かなので、そのことを補足しておきます。
 アメリカは普通の国なので、軍があります。軍を指揮する権限を「統帥権」と呼ぶならば、その「統帥権」は大統領が持っています。軍は戦時を意識し、維持されている組織です。「緊急事態」が起きた途端に「平時モード」から「戦時モード」に切り替わります。そして、軍が必要な行動をとる。「ネガティブ・リスト」といって、国外はもちろん、国内においても、禁じられていない限り、必要なことを実行できる権能を、軍は持っています。これを指揮する権限が大統領にあるのですから、「緊急事態」に対応する能力が、通常の法秩序のもとでも大統領にそなわっている。ゆえに、アメリカ合衆国大統領の「緊急事態」への対応能力は極めて高いと言えるでしょう。イギリスやフランス、その他の国も、軍を持っている限り、すべて同様です。
 わが国の場合、自衛隊は装備や行動能力としては軍ですが、法制上は警察なのです。一般の警察は国家公安委員会が所管していますが、自衛隊の場合、作戦の立案や指揮命令は統合幕僚長、究極的な指揮権は内閣総理大臣が持っています。この意味では、軍と同じです。が、国内法では、自衛隊の身分は警察と同じなので、「ポジティブ・リスト」によってコントロールされています。法律に書いてあることは実行できるが、法律に書いてないことは実行できない。つまり、大部分のことは実行できない。「ネガティブ・リスト」に比べて、極めて限られた行為能力しか与えられていないのです。「緊急事態」では、法律に書いてなくても、必要なことがらが続出します。その必要な行動を自衛隊がとると、次から次へと法律違反、憲法違反をひき起こしてしまいます。
 ゆえに、いまの憲法のもとでは、政府の行為能力は自衛隊を使ったとしても極めて小さいし、自衛隊を「緊急事態」に対応させれば容易に「憲法違反」となってしまうのです。
 これを解消する途としては、憲法に「国家緊急権」条項を入れるのではなく、自衛隊を「国防軍」にするのが素直なやり方です。これでようやく、各国並みになります。自衛隊を「国防軍」にするためには、憲法9条を改正しないといけませんが、そのほうが、憲法秩序に対する打撃は小さいのです。
 憲法9条を改正するのが嫌であれば、そのままにしておけばいいでしょう。ただし、「いざという場合には、自衛隊は必要な行動をとる」と、国民は覚悟し、それを許さなければなりません。緊急時に国民を守るため必要な行動をとることの、責任は自衛隊にはありません。それを命じた政府首脳に責任があります。あとでゆっくり、その責任を追及すればいいのです。
 「国家緊急権」を考えるためには、「主権者」「憲法制定権力」「国家主権」…のように、国民の権利が全ての源泉であると考えていかなければいけません。そうした前提をわかっていないと、以上のような結論が導かれることも理解できないでしょう。単に、憲法と「国家緊急権」との関係を考えているだけでは、そして「国家緊急権」は憲法違反だと思うだけでは、駄目なのです。

橋爪大三郎(はしづめだいさぶろう)1948年、神奈川県生まれ。社会学者。東京工業大学名誉教授。東京大学文学部社会学科卒業、同大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。以後、無所属で執筆・研究に専念。1989年、東京工業大学助教授。1995‐2013年、同教授。近著に、『クルアーンを読む カリフとキリスト』(太田出版、中田考氏との共著)、『小平』(講談社現代新書、エズラ・ヴォーゲル氏へのインタヴュー)、『ほんとうの法華経』(ちくま新書、植木雅俊氏との共著)、『あぶない一神教』(小学館新書、佐藤優氏との共著)、『日本逆植民地計画』(小学館)など。

民主主義とは、私たちすべての民衆が、対等な資格で、意思決定に加わることを原則にする政治制度のことです。そして、私たち民衆の能力が向上すればするほど、本来の機能を発揮する政治制度でもあります。その意味で、民主主義を完成された制度として理想化してはいけません。初等教育の普及や情報機関の発達と政党の発達や普通選挙、つまり平等と競争により、私たち民衆の政治意識が向上して民主主義は初めて定着安定するのですから。

大きな笑顔の佳き日々を  感謝

ゆったり・のんびり

明けましておめでとうございます。

『歌と門の盾』という大伴家持を描いた歴史短篇小説は、昭和十五(1940)年第11回上半期芥川賞を受賞しました。しかし、著者は辞退して遂にそれを受けませんでした。
著者の高木卓氏(1907〜1974)はドイツ文学者で、幸田露伴の甥です。
辞退理由は、「歌と門の盾」が彼としては「遣唐船(けんたうせん)」や「長岡京」よりもはるかに低く評価すべきもので、短篇「獄門片影(へんえい)」にさへ及ばないかもしれないというこでした。

それでは、この小説の最終11章をお楽しみください。
 都では家持の離京後まもなく藤原仲麻呂は「大保」に昇進して姓名も恵美押勝(ゑみのおしかつ)と改まり盛名いよいよ高まつたが、天(あま)さかる因幡の国庁では知事家持は一向和歌も詠まず、官邸に引きこもり勝ちで屡々書見に耽つてゐた。それはやはり歌集であつたが、家持は、これほど創作力が無くなつても和歌への執着はなほも断ち難かつたのであらうか。さうでもあり、さうでもなかつた。和歌に托した一切合切(いつさいがつさい)の夢が消滅した家持にとつては、和歌は今やただ消極的に過去及び過去の人々を偲ぶ手段でしかなかつたが、しかも何といつても彼は和歌の世界に生れ且つ育ち、恋も結婚も、悲しみも楽しみも和歌を通じ、世間とも人々とも和歌をもつて接触し、生活の悉くが、全部が、つまりは和歌でありやまと歌であつた。四十年間を和歌で生きとほしながら、今や和歌を棄て和歌からも棄てられたものの、而(しか)も揺籃、否それ以前からさへ縁あつた和歌は彼の血と流れ肉と纏はり、いはば業(がう)的でさへある内在的な宿命的なものであつた。──
 かの天平勝宝三年、漢詩集「懐風藻」が出て古事記・日本書紀・風土記等と並んでもてはやされたとき、当時三十四歳で越中から帰京したばかりの家持は、これに対抗すべき和歌の集成を思ひたつたのであつた。橘諸兄に此の企てを話したところ、和歌の趣味ゆたかな此の老左大臣は欣んで彼に支援を約してくれたが、しかも好都合なことには、当時死んだ叔母坂上郎女が多数の覚え書きを遺し、そのほか大歌人山上憶良の編輯になる「類聚歌林」などもあり、家持はこれらの歌稿を整理しつつ将来の作品を書きとめておきさへすれば自然に大歌集が出来あがる筈であつた。前から自作他作を日記代りに集録してもゐたので、爾後は一しほ注意して苟(いやし)くも秀歌ならば一切洩らすまいとしたが、頽勢の歌壇には秀歌もさう多くは作られず、私情も加はつて家持はやはり自作の歌を最も多く書きとどめ、かの高円山に酒を酌んだ大宮人的な風流も一つは歌帳を満たすためでもあつた。
 憶良の「類聚歌林」が片々たる小冊子だつたため世に埋もれたのを見るにつけても、家持は今度の歌集は内容体裁ともに堂々たるものにしなければならないと覚悟したのだつたが、これが完成されれば彼個人の名誉なるのみならず武門大伴氏が新時代にあらためて認識される一助ともなり、しかも左大臣橘諸兄の口吻では最初の勅撰和歌集にもなり得る可能性が濃厚だつたので、絶大な希望をこれにかけて歌数も一萬首といふ多数をひそかに念願したのであつた。──ところが時勢は和歌の時代ではなくなり、政界には波瀾多く、人々は動揺をつづけ、やがて橘諸兄も世を去り、家持自身さへ和歌から離れ、しかも集まつた長歌短歌は未だ半数の五千首にも満たなかつた。
 因幡守として家持が官邸で黙然(もくねん)とめくる歌稿は、往年彼が「相聞(さうもん)」「挽歌」「譬喩歌」等に一旦分類して材料が厖大なままに整頓し兼ねてゐたそのままの雑然たる歌集であつた。老左大臣橘諸兄が微笑みながら、さやう一萬首も集まつたら「萬葉集」とでもするか、と云つた言葉も今は夢ともまことともつかなかった。嘗ては凄まじい勢ひで長歌短歌が満されていつた歌帳も、此の数年来はたえて一冊も増さず、余白のみが虚しく残つたまま紙辺が淡褐色に染められてきた。ああ萬葉集か、萬葉集か、──呟きながら因幡守家持はうつろな心で過ぎし日の歌集をはらはらとめくつた。…………
 天平宝字三年の元旦、四十二歳になつた家持は、因幡國庁で郡司等を招いて新年の宴を張つた。新春早々ふりつもつた雪景色は久々に家持の感興をよびさまし、元旦の雪が豊年の吉兆であるといふ裡諺をも含ませつつ、「新(あらた)しき年のはじめの初春の、けふ降る雪のいや重(し)け好事(よごと)」と詠んだ。此の雪のやうに今年はいい事がいやが上にも重なつてくれ、といふのである。これが家持の残した最後の歌になつた。
 といつてもそれから間もなく彼が死んだわけでは決してない。肉体的な生命だけは彼はその後もなほ廿七年の長きにわたつて保ち続け、官も中納言までは進んだのである。だが因幡守以後の家持は内容の変つた人物であり、歌人たることをやめた歌人は畢竟無意味に等しい存在であつた。天稟なくして「歌人」となり「歌人」を保つたのち又歌人たるをやめざるを得なくなつた家持の偉さよ哀れさよ、稀代の名門の宗家も深い和歌の造詣も、すべて時代を離れたものは、いかに強靱にすがり怺(こら)へても結局は取り残されて行くより外ないのであつた。さあれ、千二百年前に家持が未完成のままに遺した萬葉集は幸運にも現二十世紀まで伝はつて燦然と光つてゐるのである。http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/novel/takagitakashi.html


みなさまにとって平成28年丙申(ひのえさる)が、
実り多き佳き年でありますよう念願して止みません。

大きな笑顔で、眉間に太陽を浮かべ参りましょう。

感謝
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昨日の箱年駅伝@走るはトップランナー(青学) 撮影:IT氏
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