生彩ある人生

蒼き淵の彼方よりあふれ出づる光の泉。内なるしじまと向き合いて 輝きは聖となり私(わたくし)と成す。

2016年02月

自分をつくる

「自分づくり」の契機になりそうです。ともすれば、若い方々は「自分探し」を求め、迷子になってしまいます。探すよりは、つくる方が、己の成長を自覚でき、自分に由る、自由を満喫できるに違いありません。
“山奥ニート”増殖 あくせく働かず自由…新しい生き方!?
(産経新聞 2月17日(水)14時48分配信)
和歌山県の山間部で地元の人たちの仕事を手伝いながら、わずかな収入で自由気ままに生活している若者たちがいる。あくせく働かず、自然に恵まれた環境で好きなことをしながら暮らす“山奥ニート”たち。かつて引きこもりだった人もおり、「楽しく暮らすのが一番」とも。そんな彼らに地元の人たちも好意的だが、こうした「自由な生き方」は新しいライフスタイルとして定着するのだろうか。(兵頭茜)
 1月中旬、和歌山県田辺市五味の畑で2人の若い男性がクワをふるっていた。就労、就学していない若年無業者がニートと呼ばれるなか、“山奥ニート”を自称する石井新(あらた)さん(27)と仲間の男性(26)。この日は近くの社会福祉法人の依頼で、入所者とともに畑を耕していた。
 和歌山市から車で約2時間半。彼らが暮らすのは山間部の限界集落だ。住居は廃校となった小学校の校舎を改装して使っている。建物は引きこもりの人を支援するNPO法人「共生舎」の所有で、代表が死去したこともあり、石井さんらが管理人として移住してきた。

◆2万5千円あれば、ひと月暮らせる
 仲間の住人は現在4人。いずれも20代の若者で、主に農作業や草刈り、梅の実の収穫など住民の手伝いをして得た収入で生活。平均年齢約70歳でわずか8人の地元住民からは、若い男手として頼りにされている。
 「最低2万5千円あれば1カ月暮らせる」そうで、生活費が不足したときは地方の観光地やリゾート地で短期間のアルバイトをし、必要なだけ稼いで帰ってくるという。「なくなったら稼げばいい。楽しく暮らすことが一番大事」と石井さんは話す。
 今風なのは、パソコンを持ち込みインターネットを利用していること。ネット通販を使えば2日で注文品が届くといい、「山奥でも必要なものはたいてい手に入る」。漫画など娯楽もシェアし、「しゃべらないけど気にならない。もともとみんな一人が好きなので」と笑う。

◆ネット通販で必要なもの手に入る
 石井さんは、近所の猟師にもらったシカを解体して食べたり、祭りの準備などで住民と交流したりした様子をブログで紹介。他の仲間も、ネットの配信サービスなどでここでの暮らしを発信している。

◆失うものがない
 石井さんは関東で大学生活を送っていたころ、引きこもりがちだった。ネットなどを通じて共生舎のことを知っており、「ニートだから失うものがない」と約2年前に縁もゆかりもない田辺市にやって来た。
 「農業などいろいろなことを手伝いながらノウハウを学び、いずれは自力で生活できるようになりたい」と話す一方、「ニートって恵まれている。そのことを自覚して、楽しまなければもったいない。ここの住民はほとんど高齢者だけどみんな生活できているし、自分も『何とかなる』と思う」とも言う。

◆恵まれている。楽しまないと
 田舎暮らしを夢見る若者は近年増え、地域で受け入れる動きも広がっている。同県紀美野町のNPO法人「定住を支援する会」の北裕子副理事長は「情報があふれている都会に比べ、田舎では自分で必要な情報を取捨選択できる。若者にこそ田舎で暮らしてもらいたい」と話す。

◆住民はほとんど高齢者。自分も何とかなる
 ただ将来が見えない“その日暮らし”を懸念する声もある。
 和歌山大学産学連携・研究支援センターの湯崎真梨子特任教授は「今の若者は頭の柔らかい人が多く、田舎に来て、新しい発想で事業を始めたりしている」としながらも、「最初はあこがれで田舎暮らしを始めても、暮らし続けるのは大変な部分もある」と指摘する。

◆ここが実家みたいな帰る場所になれば…
 「ニートは今後も増えるだろうし、こんな生き方もあると提示したい。ここが実家みたいな帰る場所になれば…」と石井さん。4月には新しい仲間が加わる。山奥ニートはどんな広がりをみせるのだろう。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160217-00000089-san-soci


大きな笑顔の佳き週末を   感謝

深雪万象

尊敬する草苅氏のホームページの2月3日付け「日々の迷走」を拝読して、フト、己が身を顧みました。
■2/3 新刊 『樹は語る』(清和研二著)を読み始める
 病院の診察のために休みをとり、空き時間は久々に国会中継を聞いた。防衛、外交、経済、教育や子育てなど未来につながる必要な施策の数々、どれをとっても足らざるものと課題が満載で、正解がわからない。暗中模索ながら将来に向けて知恵を絞り最善と見込まれるところを目指すしかない。自民党議員が政府に質問する午前のやりとりは政府広報と同じだが、意外にも下手な報道より政策ビジョンの全体像はつかみやすいかもしれない。午後ややしてからは民主党の質問が始まり、議論は予定通り政権交代につながりかねない某大臣失態の追及となり、いかに政局に持ち込むかというバイアスがきいてきた。不毛だと直感して聞くのをやめた。
 夕方から、清和研二著『樹は語る』を読み始めた。かぐわしい薫り高い文体にあふれた木々へのまなざしが新鮮に感じられる。これを機会に、わたしはわたしでもう一度「雑木林と語りたい」と思った。拙著「林とこころ」を思い起こしつつ。森羅万象とつながる時間が今は少ない。
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/より引用)

最近、カトリック北11条教会に行きました。そこにはルルドのマリア様がいらっしゃいます。もしかすると、そこで私は深雪万象とつながる時間を味わっていたのかもしれません。

マリア様160119_105751

立春の最中に  感謝


《追記》
谷真介著『キリシタン伝説百話』には「雪の三タ丸屋」というキリシタン民話が紹介されています。このようなお話しです。
・・・・・・
 人々の救いのため、びるぜん(処女)の誓いを立てた美しい丸屋が、るそん王に目を留められ妃にと請われて困った時、「丸屋が天に向かって静かに祈ると、暑い六月だというのに、天からちらちら雪が降り出してきて、見るまに五尺ほども地上に積った。(中略)そこへ天から美しい花車が降りてきて、丸屋を天に連れていってしまった。」
 天に昇った丸屋は、神様から「雪の三タ丸屋」の名をもらい「お前の汚れのない清らかなからだを貸してもらう」といわれて、再びこの世に戻る。
 「三タ丸屋は、なんのことかわからないままこの世に降りてきたが、二月の中ごろのある日の夕暮れ時、大天使が蝶の姿に身をかえて、丸屋の口のなかに飛びこんだ。すると丸屋は、たちまち身重になった。」
 身重を親に知られて追いだされた丸屋はベレンの国で、大雪の中、農家の牛馬小屋で赤子を産む。
 牛馬は息を吹きかけて赤子を暖めまもり、そのお礼に丸屋は、かるたの日(水曜日)ぜじん(断食)して肉食しないと誓う。
 農家の女房が3日後、赤子を見つけ家に入れて、織っていた布を囲炉裏にくべてもてなした。
 この赤子がキリスト様で、この世の人の魂を救うため自分の命を犠牲にしハライソに戻られた。
 まもなく丸屋も天に昇り、神様の仲立ちで、るそん王と夫婦になった、という。
・・・・・・(以上)
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