生彩ある人生

蒼き淵の彼方よりあふれ出づる光の泉。内なるしじまと向き合いて 輝きは聖となり私(わたくし)と成す。

2018年01月

「読み解く」(4)

平成時代 DNAの30年「読み解く」(4)を転載させていただきます。お楽しみください。
「読み解く」(4) わずかな痕跡容疑者示す
(読売オンライン 2018年01月26日)

別人と一致「4.7兆分の1」
 10億分の1グラム。気の遠くなるような、少なさだ。「これだけで十分、鑑定できる」。千葉県柏市の郊外にある警察庁科学警察研究所で、主任研究官の関口和正(50)は胸を張った。
DNA4-1 現場に残ったわずかな血痕や唾液、爪、毛根。そこからDNAを検出し、容疑者を特定する「DNA鑑定」の技術はこの30年間、急速に発展し、捜査を変えた。
 採取したDNAが別人のものと一致する確率は、国内では4兆7000億人に1人。ほぼ間違えない。「個人を識別する技術は完成の域に達している」と関口は言う。
 DNA鑑定は1985年に英国で開発された。科警研が導入したのは89年。当時はまだ、現場に残された血痕などから容疑者の血液型を特定する程度の識別法しかなく、大きな期待が寄せられた。
 だが、精度は低く、数百人に1人の割合で別人と一致する恐れがあった。「指紋ほど正確ではない」とも言われた。
 精度が上がり始めたのは2000年代。過去の判決を覆す例も増えた。90年の足利事件では、昔の鑑定で有罪判決を受けた男性が、鑑定のやり直しで無罪となった。97年に発生した東京電力女性社員殺害事件では、無期懲役の判決を受けた男性が最新技術によるDNA鑑定で無罪となった。
DNA4-2
 いまやDNA鑑定抜きに捜査は語れない。全国の警察が1年間に行ったDNA鑑定の件数は、92年は22件だったが、2016年には約30万件だ。
 警察庁は容疑者のDNAの型を登録するデータベースも作った。登録数は昨年末現在で約104万件に上っている。

 DNA鑑定は、捜査以外でも活用が進む。京都大教授の玉木敬二(60)らは、DNAの配列の違いから、「またいとこ」までの血縁関係を判別する手法を開発した。現在の一般的な技術で鑑定できるのは親子や兄弟姉妹の関係までが限界だ。玉木の手法なら、災害時の身元不明遺体の調査などに役立つという。 
 鑑定を請け負う民間業者も増えた。「依頼の半分は親子鑑定だ」。ある民間業者は語る。体外受精で生まれた子が、本当に自分の子かどうかを確認したいという相談もひっきりなしだ。鑑定費用は1回2万円前後が相場という。

 課題もある。「高感度になったがゆえの『落とし穴』がある」と、指摘するのは関西医科大教授の赤根敦(57)だ。近年の技術はわずかなDNAでも検出できるため、偶然混ざった他人のDNAを検出してしまうことがある。
 05年に茨城県で女児の遺体が見つかった事件では、遺体の手に付着していた微量のDNAが、捜査員のものと一致した。捜査員が不用意に遺体の手を握った際に皮膚片が付着したためだった。誤った情報に警察は翻弄された。
 また、鑑定業者の中には、依頼者から提供された細胞を海外の業者などに送り、鑑定してもらった結果を通知するだけの会社もある。これは、DNAという「究極の遺伝情報」の海外流出という問題を招く。
 元科警研所長の名古屋大名誉教授、勝又義直(74)は「鑑定のあり方について、規制も含めて議論するべきだ」と話す。

◆塩基の並び順で識別
 DNAは、4種類の「塩基」と呼ばれる物質が約30億対、並んでできている。並び方はバラバラだが、途中、同じ並び順が何回か繰り返すことがある。何回繰り返すかは人によって違う。そこに着目したのがDNA鑑定だ。何回繰り返しているのか、その違いを比べることによって個人を識別する。
DNA4-3 例えば、山田さんのDNAを鑑定すると、塩基がずらりと並んでいる中で、「AATG」という並び順が6回繰り返していた。ところが、佐藤さんのDNAでは、山田さんより2回多い8回も繰り返していた。
 もし、事件現場に残っていたDNAを鑑定した結果、繰り返しが6回であれば、山田さんが容疑者である可能性が高くなる、という具合だ。
 こうしたDNAの違いは、親子ですらある。地球上で唯一同じなのは、一卵性双生児だけだ。
 DNAを増やす技術もある。事件現場に残されたDNAはたいてい、わずかな量でしかない。だから鑑定は大変だ。そこで、DNAの調べたい部分を機械で数十万〜100万倍に増やす技術も開発された。「PCR法」と呼ばれている。(敬称略)

精神を耕すこと

おはようございます。
新年の第4週の日曜日、いかがお過ごしでしょうか。

さて、今日は昔話と睡眠のお話にお付き合い願います。

キケローの『トゥスクルム荘対談集』2.13に、
Cultura animi philosophia est.(クルトゥーラ・アニミー・ピロソピア・エスト)という言葉があります。
精神を耕すことが哲学(=生活)である」という意味です。

小学生時代には、担任の福原力先生から多くを教わりましたが、「クルトゥーラ・アニミー・ピロソピア・エスト」と先生のイメージがオーバーラップします。
福原先生は私たち生徒にこう諭(さと)すのでした。

「食事をしたら、自ら片付ける」、
「寝るときは、服を折りたたんで枕元に置く」、
「ポケットに手を突っ込まない」、etc

ある日、クラスメートと学生帽を飛ばして遊んでいたときのことです。
私は帽子をキャッチできずに、床に落ちたそれを跨いでしまいました。
そのタイミングで授業開始のチャイムが鳴り、同時に教室の戸が開くと、

『頭にかぶるものを粗末にする奴があるか!』
『頭にかぶるものを足で跨ぐ奴があるか!』

と、先生は激しい剣幕を見せたのです。
福原先生の真剣さに圧倒されると同時に、
してはいけないことをしてしまった自分たちの姿に氣づかされました。

師弟関係の基本は、耕し、耕かされることに真剣であることだと思います。
耕かされ、そして自らを耕してこそ人は磨かれ、
己が魂と出会う必要条件を形成できるのではないでしょうか。

それこそが、あるがままに、生彩ある人生を生きる必要十分条件ではありませんか。

福原先生、ありがとうございます。


閑話休題(それはさておき)


本来の「私」は肉体という器官を以って自分を表現している「意識体」のようです。睡眠中はその意識体が肉体ではなく靈体を以って自分を表現し、その間は靈界のどこかの界層にいます。例えば、自分が何かの仕事に打ち込み燃えている時には、そのバイブレーションに感応した靈が引きつけられるようです。この法則は善にも悪にも働き、積善余慶の精神を成就するために働く法則が、極悪非道の行為にも働きます。なぜなら、高く上がるエネルギーというのは、それだけ下がるエネルギーに転化する可能性があるからです。同様に、下がれるだけ下がるなら、その分だけは高く上がれるというものです。善悪のどちらを選ぶかは私たち各人の自由意志に任されています。

夜になると靈は肉体のバイブレーションが下がることを知っていて自発的に靈界へ行く準備をします。これが生理現象と位置付けられている「睡眠」の最大の効能だと思います。どんな所へ、どれくらい遠い所へ行くのかは、己が靈の進化・福化によって決まるようです。
夢に健忘症を抑える効果、研究で明らかに(スプートニク日本 2018年01月11日 07:02)
夢が記憶の形成と強化に前向きな影響を与えていることは専門家によって前から指摘されてきた。ところが米フロリダ州スクリップス・リサーチ研究所の研究者らは、健忘症のメカニズムに集中した調査を行った。つまり、情報がどうやって記憶から消えていくのかを追った。

 研究者らは夢を見ている最中に記憶データーの消去メカニズムがブロックされている事実をつきとめた。これにより夢は思い出を記憶し、思い出をためることにポジティブに影響していることがわかった。
 同研究所のジェイコブ・ベリー氏は「われわれは夢が記憶を守り、忘れっぽさを起こさせないようにする神経伝達物質を活性化させている事実をつきとめた。動物実験を行うと、動物にも人間と似たような眠りを要求するメカニズムがあり、類似した記憶のトレーニングや形成のメカニズムがあることがわかった。つまりこの研究によってヒトの夢と記憶の相互関係に光が当てられたことになる」と語っている。


大きな笑顔の良き日々を。
富士山 チューリップ

「読み解く」(3)

平成時代 DNAの30年「読み解く」(3)を転載させていただきます。お楽しみください。
「読み解く」(3) 遺伝子解読難病治療に光
(読売オンライン 2018年01月19日)

ゲノム編集海外で臨床へ
 親から子へと受け継がれる全遺伝情報(ゲノム)の中には、病気の原因となるものもある。人のゲノム解読によって病気と関係する遺伝子が次々に見つかってきている。
 成長期に筋肉が育たず、知的発達の遅れも伴う難病「福山型筋ジストロフィー」は、東京女子医大名誉教授の福山幸夫(2014年に死去)が1960年に初めて報告した後、長く原因不明だった。

「日本人の名前がついた病気は日本人の手で何とかしたい」
と語る戸田教授(東京都文京区の東京大で)

DNA3-1 「何とか治療法を見つけてあげたい」

 東京大教授の戸田達史(57)は約30年前、勤務先の病院で初めて患者たちと出会った。ほとんど動けない体でもベッドの上で明るく話そうとする姿に突き動かされた。
 89年、患者や家族の血液からDNAを抽出して病気の原因遺伝子を見つけ出す方法があることを、たまたま参加した研究会で知り、「これだ」と思った。
DNA3-2 全国数百か所の医療機関に手紙で協力を求め、訪ねて採血。地道な解析を続け、98年、原因遺伝子を突き止めた。筋肉の維持に必要な酵素を作る遺伝子に、別の遺伝子の断片が入り込んで、酵素がうまくできなくなっていた。
 大阪大や神戸大で研究を続けた戸田は、製薬会社と共同で治療薬の候補物質を合成し、動物実験を続けている。人への効果は未知数だが「実用化したい。薬を待ち望んでいる患者や家族のため、失敗は許されない」と力を込める。

 病気の原因遺伝子の機能を補う「遺伝子治療」の試みは、90年代後半に始まった。当初は技術が未熟で、重い副作用が報告され、研究は度々中断したが、近年は神経難病のパーキンソン病など幅広い分野で臨床応用に向けた研究が進む。
 中でも2000年代から急速に進歩した、遺伝子を効率良く改変できる「ゲノム編集」の技術の応用では、米国が先行する。09〜14年、エイズ患者12人に世界初の治療を実施。患者の血液から免疫細胞を集め、ゲノム編集でエイズウイルス(HIV)が感染しない細胞に変えて体内に戻すと、大半の患者で体内のウイルスが激減した。
 中国でも16年以降、がん患者の免疫細胞をゲノム編集で活性化させて治療する試みが進んでいるという。
 これに対し、日本での動きは鈍い。血友病などのマウスをゲノム編集で治療する基礎研究は行われているが、副作用への警戒感などから、臨床応用のめどは立っていない。
 米中などでは、人の受精卵にゲノム編集を施し、誕生前に遺伝病を治す基礎研究も始まっている。日本では、基礎研究の実現を前提としたルール作りが始まったばかりだ。
 遺伝子治療に詳しい大阪大教授の金田安史(63)は「遺伝子を操作する医療がどこまで許されるのか、真剣に考える時代に入った」と指摘する。

 一方、病名がはっきりしない難病などの診断にゲノムを活用する「遺伝子診断」は、全国の大学病院などに広がっている。
 鳥取大病院(鳥取県米子市)は14年、実際の診断に最新装置を導入。患者の血液を調べ、約4800種類の遺伝子で変異がないか確認している。実施した53人のうち、23人で神経難病などが特定できた。
 ただ、治療方法がない現実を突き付けられたり、患者の家族も将来、発症の可能性が高いと判明したりする場合も。同大学教授の難波栄二(61)は「患者や家族にとって不利益になる場合もあることを十分に理解してもらう必要がある」と話す。

◆弥生人から受け継いだ「変異」
 福山型筋ジストロフィーの原因となる遺伝子の変異は、2000年以上前の弥生時代に、たった一人の体内で起こり、子孫に受け継がれたものだった。DNAの解読から、そんなことまでわかるようになってきている。
DNA3-3 戸田らが特定した原因遺伝子は、12人の患者とその家族のDNAを解析した結果、見つかった。
 遺伝子に生じた変異の仕組みが同じだったことから、共通の祖先から受け継いだとみて、さらに100人以上の患者についても詳しく調べた。その結果、変異は今から約100世代前に、1回だけ起きたことが判明。1世代を20〜25年と推定すると、弥生時代にあたる2000〜2500年前まで遡る計算だ。
 現在、日本人の90人に1人が同じ変異を持つが、病気になるのは父、母の双方から受け継いだ人だけ。患者は推定1000〜2000人という。
 小学2年の長男(7)を患者に持ち、家族会に参加している東京都江東区の女性は「患者や家族たちは、同じ遺伝子を持つ遠い親戚同士。励まし合いながら生きている」と話す。
(敬称略)

「読み解く」(2)

昨日に続き、平成時代 DNAの30年「読み解く」(2)を転載させていただきます。お楽しみください。 
「読み解く」(2) 日本人のルーツ探る
(読売オンライン 2018年01月12日)
分岐2万〜4万年前か
 2003年に人間の全遺伝情報(ゲノム)が解読された後、様々な国の人たちのゲノムが解読されていった。一人ひとりのゲノムの違いは0・1%に過ぎない。しかし、そのわずかな違いを比べれば、私たちの祖先を探ることもできる。

◆福島の縄文人骨分析
 「そんな方法があるのか」。福島県立博物館で考古学を担当している専門学芸員・高橋満(47)は、今も驚いている。地元の遺跡で出土した縄文人の骨について、2年前、DNAを調べることによって意外なルーツが明らかになった。
DNA2-1 遺跡は三貫地(さんがんじ)貝塚。太平洋に面した福島県北部にあるこの遺跡は、明治時代に発見され、縄文人の骨が100体以上も出土した。国内有数の縄文遺跡だ。
 長い間、発掘調査が続けられ、1988年に報告書が出された。この縄文人たちは木の実やシカ、イノシシを食べ、墓を作っていたという。だが、一体どこから来た人々なのか。それはわからなかった。

 骨は東大の博物館に保管されていた。国立遺伝学研究所教授の斎藤成也(60)は、その数の多さに注目していた。借りてきた男女2人の奥歯の細胞核から微量のDNAを採取した。
DNA2-2 最新の分析装置でゲノムを解読。中国人、ベトナム人、南米の先住民など、いろいろな民族と比較した。
 その結果、三貫地の縄文人のゲノムは、中国人やベトナム人のそれとはかけ離れており、太古にアフリカからアジアへ渡った人々から2万〜4万年前に分かれた集団の子孫であることが判明した。
 がっしりした体つきに彫りの深い顔。全国各地で出土した骨などから、縄文人は、北東アジアや東南アジアの人々に近い存在と考えられてきた。見直しが必要だという。
 後に渡来した弥生人らと混血が進んだため、三貫地の縄文人のゲノムのうち、現代人に受け継がれたのは12%だという。斎藤は「様々な古代人のDNAを調べれば、日本人の起源をより詳しく解明できる」と語る。

 ただ、今回はまだ、「三貫地の縄文人が古い時期に枝分かれした」ということがわかっただけだ。男女2人のDNAを調べたに過ぎない。
 高橋はDNA分析には期待している。将来、三貫地の縄文人の全員の骨を調べれば、もっと多くのことがわかるだろう。親子関係や婚姻関係が明らかになる可能性もある。ムラの構造がわかり、関東や西日本など他の縄文人たちとの関係にも迫れるかもしれない。
 「考古学は土器や石器から当時の社会を考えていく。いつ作られ、どこへ運ばれたなど物の流れはわかるが、人間の姿は見えにくい。DNA分析で、古代社会をより豊かに復元できる可能性がある」と考えている。

◆「出雲と東北類似」で新説
 日本人のルーツに関して、ほかにも様々なことがDNAからわかり始めている。
DNA2-3 出雲弁と東北弁が似ていることは昔から知られてきた。同じズーズー弁。松本清張の小説「砂の器」でも取り上げられた。斎藤が島根県出雲市出身者らのDNAを調べたところ、出雲の人々はDNAも東北の人と似ている可能性が高いことがわかった。
 この結果から、斎藤は日本人の起源に新説を唱える。日本人の祖先は、縄文時代までに列島に来た狩猟民と弥生時代以降に渡来した稲作民が考えられてきた。新説では、この二つに加え、縄文後期〜晩期に渡ってきた集団を想定。この集団が、後から来た弥生人らに押され、出雲や東北へ移り住んだとみる。
 このほか、日本人に多い「下戸」に着目した研究もある。アルコールは、肝臓で毒性物質になり、酵素の働きで分解される。この酵素をうまく作れない「下戸遺伝子」を持つ人は飲酒後、頭痛などに悩まされる。
 北里大准教授の太田博樹(49)によると、下戸遺伝子の持ち主は中国南部と日本に集中している。感染症予防に関係があるらしい。感染症を起こす寄生虫は、血液中の毒性物質の濃度が高いと増殖しないという。
 中国南部は稲作発祥の地。お酒の文化も広まった。ある時、感染症が流行。下戸遺伝子を持つ人たちが生き延び、子孫が稲作とともに日本へ渡った――。そんな可能性があるという。
(敬称略)

「読み解く」(1)

この30年間に人間の全遺伝情報(ゲノム)が解読され、遺伝子を操作して病気を治すところまで発展しました。読売オンラインでは「平成時代 DNAの30年」と題して、たDNA研究の現在と将来を考える企画を掲載しています。非常に興味深い内容なのでここに連載させていただきます。お楽しみください。
「読み解く」(1) ヒトの設計図違いは0.1%
(読売オンライン 2018年01月05日)
遺伝子2万数千個13年で解読
DNA1-1 昨年11月、米国発の1本のニュースが世界を駆けめぐり、各国の研究者たちに大きな衝撃を与えた。

  「生きた人間の体内で遺伝子を改変した。これは、人類初の試みである」

 詳細は次のような内容だった。米国に難病の「ムコ多糖症2型」を患う40歳代の男性がいる。彼は肝細胞の遺伝子に異常があり、肝臓で必要な酵素を作れず苦しんでいる。そこで、薬品を注射する方法で彼にゲノム編集を施し、彼の体の中で、肝細胞の遺伝子を改変した――。
 試みたのは米カリフォルニア州のバイオ関連企業だった。「ゲノム医学のフロンティアに立った」。同社がホームページで宣言すると、瞬く間にニュースが広がり、ネット上に書き込みが殺到した。

 「すごすぎる。神の領域に近づいた!」
 「大丈夫なのか? 猛烈な副作用がありそう」

 ゲノム編集を施す治療は米国や中国で臨床試験が進んでいる。ただ、これまでは患者の体外で行うものばかりだった。患者の体から細胞を取り出し、遺伝子を修復し、細胞を体内に戻す方法だ。
 「患者の体内で」となると訳が違う。今まで治療が難しかった多くの病気が治せる可能性が高まるが、失敗して関係のない遺伝子を傷つけて、がんなどを引き起こしてしまうかもしれない。それは取り返しがつかない事態だ。
 「いよいよそんな時代が来たか」。ニュースを聞いた大阪大ゲノム編集センター長の真下知士ましもともじ(46)は、期待とともに一抹の不安も感じた。

 親の特徴は、なぜ子どもに伝わるのか。遺伝の謎を探る研究が本格化したのは20世紀に入ってからだ。DNAの二重らせん構造が解明されたのも、1953年のことだ。
 元号が「平成」に変わった翌年、大きな進展があった。DNAにあるゲノムを解読する国際プロジェクト「ヒトゲノム計画」が始まったのだ。
 呼びかけ人の一人は、二重らせん構造の解明でノーベル賞を受賞したジェームズ・ワトソン(89)だった。当時、人間のゲノムを解読するには何十年もかかると言われた。各国の協力が必要だった。
 大阪大教授(現名誉教授)・松原謙一(83)はその頃、米国で開かれた研究会の昼休み、旧知のワトソンからプロジェクトへの参加を求められた。

 「ケンイチ、世界のために日本もやってくれ」

 返事は保留したが、帰国後、ワトソンは手紙まで送ってきた。「参加しないと、日本の生命科学は世界に後れを取る」と確信した松原は国に参加を働きかけ、プロジェクトを進める研究者組織「ヒトゲノム国際機構」の初代副会長にも就いた。

 解読は日米欧で進められ、2003年に完了した。人の遺伝子は2万数千個あるとわかった。どの染色体のどの部分にどんな働きをする遺伝子があるのか。それを示す「設計図」が明らかになった。

ヒトゲノムが解読された頃の遺伝子解読作業
(2003年3月、東大医科学研で)

DNA1-2 ただ、DNA全体では、遺伝子のない部分の方がずっと多かった。「解読が終わっても、ゲノムの多くは未解明。生命はまだまだ神秘だ」と松原は思う。
 その後の研究で、人間のゲノムは99・9%が同じだとわかってきた。残りのわずか0・1%の違いが一人ひとりの違いを生んでいるという。身長や体格、目の色や髪の色、すべてゲノムが関係している。
 遺伝子工学に詳しい京都大iPS細胞研究所の特定拠点講師、堀田秋津(39)は考える。「ゲノムのわずかな違いによって世界にいろんな人が存在している。そして生物の進化にもつながった。ゲノムの本質は、多様性ということだ」
 そんなことも、わかり始めている。(敬称略)

<DNAと遺伝子>
 DNAとは、染色体の中にあり、様々な遺伝情報を記憶している物質のことだ。2本の帯がらせん状に絡んだ構造で、内側にA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4種類の「塩基」が対になって並んでいる。
 DNAのうち、遺伝情報にあたる部分が「遺伝子」。生命に必要なたんぱく質を作るための“指令文”が書かれている。人には2万数千個あり、どの染色体にどの遺伝子があるかは決まっている。例えば、血液型を決める遺伝子は9番染色体の端の方にある。DNAが1冊の本だとすると、遺伝子はそこに書かれている文章にあたる。

◇人類全体でルール作りを
 ヒトゲノム国際機構で会長を務めた東京大名誉教授の榊佳之さん(75)にDNA研究の成果と課題を聞いた。(聞き手・諏訪智史)
「研究が進み、ゲノムを扱う人間の倫理が問われている」
と語る榊さん(東京都内で)

DNA1-3 平成の30年は、人間がゲノムを読み、編集し、自分たちで作り出すようになった時代と言える。
 ヒトゲノムが解読されたことによって、病気の原因となる遺伝子が次々に見つかった。単一で病気を発症させる遺伝子は現在、5000個以上も知られている。遺伝子によって様々な病気を診断でき、治療薬も開発されるようになった。
 一方で、わかり過ぎるようにもなった。最近の出生前検査では、妊婦の血液を調べるだけで、胎児にダウン症につながる染色体異常があるかどうかがわかる。そのため、陽性と診断された妊婦のほとんどが人工妊娠中絶を選んでいる。「命の選別」は防がねばならない。
 ゲノム編集の技術も進歩した。自然界で起きる遺伝子の突然変異を人間が簡単に作れてしまう。難病の治療や農作物の改良などへの応用が期待できるが、悪用の恐れもある。スポーツ選手のゲノムを編集してドーピングのような効果を得たり、強力な毒を持つ細菌兵器を作ったりできるかもしれない。
 生物のゲノムを人工的に作る研究も始まっている。人間の思い通りに塩基を並べて一つにつなぎ、生きた細胞の中に入れる。新たな生命を作り出す試みだ。米国では何千億円という投資がなされており、自然界に存在しない細菌がすでに誕生している。ゲノム編集の次に注目される。
 この間、生命の理解は進んだが、研究はどこまでが許容されるのか。人類全体で議論を深め、適切なルールを設けていく必要がある。

さかき・よしゆき 1942年、名古屋市生まれ。東京大理学系研究科博士課程修了。2002〜05年、ヒトゲノム国際機構会長を務める。14年から静岡雙葉(ふたば)学園(静岡市)理事長。

Like the sun

明けまして、おめでとうございます。

There is more to life than increasing its speed:
(速度を上げるばかりが、人生とは限りません。)
Take a step like the sun without haste, but without rest.
(急がず、休まず、太陽のように歩もうではありませんか。)
正月元旦@芝浦南埠頭公園20180101

みなさまにとっての平成30年戊戌(つちのえいぬ)が、
実り多き幸せな年となることを祈願して止みません。

大きな笑顔でゆったり、のんびり、軽快に参りましょう。

感謝
最新コメント
斉藤雅紀プロフィール
函館市天神町生まれ。
『心に願へ お蔭は 吾が心に在り』を信条に。
http://www.way6.com
masanoriSaito
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