∞∞∞∞∞∞生彩ある人生

∞∞∞∞∞∞蒼き淵の彼方よりあふれ出づる光の泉。内なるしじまと向き合いて 輝きは聖となり私と成す。

2018年02月

人生は夕方から楽しくなる

「人生は夕方から楽しくなる」と題された、作家・丸山健二氏への毎日新聞記者・藤原章生氏によるインタヴュー記事に清々しいものを感じました。転載させていただきます。生彩ある人生のエッセンスをお楽しみください。
人生は夕方から楽しくなる
作家・丸山健二さん

(毎日新聞2017年7月7日 東京夕刊)
「年を取るほど生命力があふれギラギラしてくる。肉体的って言うより精神的に精力が増してくる感じがするな」=長野県大町市で
丸山健二15年で全集書く 枯淡?大嫌いだ
 「『夕方から楽しく』? そりゃ、ぴったりだ、今の俺に。なんか、運命的な感じがするなあ。いろいろ結びついた、結晶したっていうのか」
 自宅のある長野県大町市。駅で迎えてくれた作家はこわもてのイメージを裏切り、ずいぶん上機嫌だ。「いや、この9月から全集を出すことが決まってね。俺は注文には応じないの。出版社を自分で選ぶから。それで、いろいろ企画を提案してくれてた出版社、柏艪(はくろ)舎(札幌市)に電話で持ちかけたら、一発で乗ってきて、代表と編集者が飛んできてくれて、とんとん拍子で決まったんだよ」
 全集といっても短編集を含む70冊を超す過去の小説群をただ集めるのではない。過去半世紀、切れ目なく書き続けた末に到達した、今の文体で新たに書き下ろす。「もう3作品は書いてて、9月には『争いは樹の下で』(1996年作品)を出すんです。全部書き直すからあと15年はかかるし、100冊にはなる。全部読めば、人間と森羅万象、すべてが一つにまとめ上げられた物語になる。今、その入り口にようやく立てた気がする。今までの俺の人生は助走だった、これでようやくジャンプできるんだという、初めてそういう……。だからもう、うれしくて」
 73歳である。庭仕事と野山を駆け回る鍛錬で、酒、たばこ、かけ事は一切やらない求道僧のような作家の熱量は相当なものだが、15年というと88歳になる。「だから、書いてる途中で死ぬんです。ずっと俺の本を読んできてくれた柏艪舎の代表は俺より年上だから、2人して討ち死にしようって言ってんの」
 66年。22歳で発表したデビュー作「夏の流れ」で文学界新人賞を射止め、その年の芥川賞も取る。当時「老成」と評されたが、「女にもてたい願望を安っぽく書いて、2人の女に挟まれて悩んでる僕ちゃんみたいなことで喜んでる文壇ってのが嫌で、それを文学だと思って読んでるおたんこなすの読者たちにもうんざりして」、小説から心が離れた時期もあった。
 「で、30代の後半のころ、時間があったんで、ある短編を嫌っていうほど直したんです。もう直すところないだろうなと読み返すとまだある。そのとき、俺は今まで自分をバカにしてたなと気づいたんです。この腐った文壇の腐った小説なんかと比べ、一馬身か半馬身くらい前に出て得意になってんじゃないぞ、なに怠けてんだと」
 以来、日曜日も正月もなくひたすら書き続け、文体を究めてきた。「腕の上達ってのはこう、直線では上がらず、階段状に上がるんです。しばらく平らで、あるとき、ボーンと一段上がる。そのためには毎日本当に気をつけてトレーニングをしないと、今の状態も維持できない。多くの作家が本業もそこそこに、賞の選考委員や、エッセー、旅行記なんかにかまけてるうちに書けなくなるんです
 常に腕が上がるなら、全集を書き上げる15年の途上、何度か階段を上がるはずだ。するとまた作品をいちから書き直さねばならない。永久運動ではないか。そう問うと、「そうそう」とうれしそうに応じた。「底無しなんだ。延々と書いて書いて、死んでも書いてるね」
 親、教師、文壇、世間、国……。何事にも刃向かう気質はいつからなのか。「子どものころからずっとそう。親を最初からバカにしてたし、小学校高学年でオヤジに説教してたから。『女房の言いなりになってちゃダメだろ』って。親は俺がいつかとんでもない事件を起こすと思ってて、俺が芥川賞取ったとき、真っ青になったの。あの野郎、盗作じゃないかって」
 最近うれしいのは、そんな自分をより客観的に見られるようになったことだという。「うちのかみさんはペットが好きなんで、この前、オウムを買いに行ったら、店員がうまく捕まえられないの。バタバタ羽根が飛んで、年配の店員もダメで、『それでもプロか』って言ったんですよ。そしたらそいつが『買わないで帰ってもらうって選択肢もあるんですよ』なんて言いやがって、てめえ、この野郎って、一発かましてやろうって思ったんだけど、店長が謝ったんで、まあ収まったの。昔の俺なら瞬間だからね。自分を抑えられる俺になったなあと思うとうれしくて。自分がやるべき事がはっきり見えた効果だと思うね。くだらん事にかまってらんないと」
 枯淡とは無縁のすさまじい70代。「枯淡? 大嫌いだ、ああいうの」【藤原章生】

■人物略歴 まるやま・けんじ
 1943年生まれ。東京都内の商社に勤務していた66年に作家デビューし、68年、故郷の長野県大町市に移住。代表作に、人間や動物など千の語り手が物語をつむいでゆく「千日の瑠璃」。最新作は「おはぐろとんぼ夜話」。


大きな笑顔で軽快に参りましょう。

社会の木鐸(その3)

藤原肇博士が『財界日本』(2017年12月号)に寄稿なさった小論をサイト宇宙巡礼より転載させていただきます。先ずは現代日本の危機の構造を知ることが大切ではないでしょうか。一昨日と昨日に続き、社会の木鐸たるこの小論もお楽しみください。
翼賛体制の悪魔に挑む日本の選択
フリーランス・ジャーナリスト、慧智研究センター所長 藤原肇

クーデタに見る歴史の相似象
 前号でクーデタによる独裁体制の誕生について、『ルイ・ボナパルトのブリュメール (霧月)18 日』を取り上げ、マルクスが皮肉を込めて書いた評論が、クーデタのモデルであると論じた。同じように、青木幹雄官房長官らの五人組が試みた、小渕恵三首相の脳梗塞を使って、密室談合で誕生した森内閣が、日本の民主制度に致命的な打撃を与え、清和会の独裁路線の誕生になった。
 その結果として国民を無視した、ゾンビ政権による暴政が続き、不正手段で手に入れた権力が腐敗し、悪事が露呈し人気が激減した。これを私は「平成のクーデタ」と名付けたし、「ゾンビ復活」の不幸を招いて、日本の運命を狂わせたことから、ファシズムへの行進に踏み出す、亡国へのファンファーレと捉えた。
 しかも、権力の維持が困難になると共に、次のクーデタの準備を始めて、安っぽい茶番のペテン劇を演じ、事実の隠蔽と嘘が蔓延する。それが国有財産の私物化を狙った、モリ・カケ疑惑の嘘を生み、首相への信用は限りなくゼロで、誤魔化しのための国難を作り、大義のない解散劇になった。
 権力者がプロットを試みる時は、過去に成功した事例を手本に、チャンスを狙って実行されるものだが、野党の民進党はガタガタで、新興の都民ファーストは準備不足だった。だから、安倍が強行した冒頭解散は、疑惑隠蔽の敵前逃亡と同じだが、絶好のタイミングを活用すれば、電撃作戦は成功すると思い、狡猾な安倍と官邸は計算の上で、私利党略の解散に踏み切った。
 行政が議会を制圧する暴挙は、議会制民主主義の否定だが、「小御所会議」を装うことによって、憲法違反だという議論に対し、朝議が関係したと誤魔化せる。こう考えた単細胞の安倍は、手本に「小御所会議」を使い、自分が歴史の主人公になると見て、姑息なクー デタに踏み切った。
 小御所会議は幕末期の国政会議で、1868(慶応3)年12月9日に行われ、日本史上特筆のこの政治事件は、藩兵が閉鎖する包囲網の中で、実現した「王政復古」のクーデタである。将軍の徳川慶喜の排除を狙って、主役の岩倉具視を大久保利通が支え、倒幕を大義名分に掲げた上に、朝議としての議論も行われたが、実態は独裁を樹立する八百長劇だった。
 新設の三職(総裁、議定、参与)が揃い、「王政復古」を実現したことで、明治政府はその正統性を認め、歴史における地位を付与したが、それは朝議という名分のお陰だった。だが、小御所会議での真の主役は、陰謀で権力を手に入れた岩倉や大久保でなく、被害者の立場を甘受しながら、将軍職から皇統に切り替えを果たした、徳川慶喜の深謀遠慮にあった。
 和宮降嫁で蟄居中の岩倉具視は、諸侯会議で放免され参与になり、無血クーデタを実現したので、復古朝廷の主導権を握って、明治政府の政策を在分に操った。 優れた洞察力や歴史感覚のない安倍は、岩倉を自分と重ね合わせ、手間のかかる朝議を省いた形で、小御所会議の解体に踏み切った。
 安倍が自分を岩倉具視に模して、クーデタをしたのは非近代的で、冒頭解散で朝議を省いたのは、中世を通り越して大古に遡行する、卑弥呼時代の支配の形態である。なぜなら古代律令体制の時代でさえも、法律に基づいて政治が行われ、律は刑法で令が行政法であると、中学生が社会科で習うのだし、近代には憲法が最高法規として、権力と人民の間で契約する形で、社会が成立しているという歴史がある。

憲法違反の冒頭解散と議会制度の扼殺
 近代民主社会は議会制度にあり、憲法に基づいた法治政治は、多数決の原理に支配されているが、多数派の権利は過半数が決め、その獲得原理が成否を決定づける。だが、重要事項には安全装置として、一国の命綱に相当するものがあって、それは憲法改正では三分の二が、国会の開催には四分の一という、マジック・ナンバーが存在しており、これが暴走予防のブレーキである。
 そして、臨時国会の召集ルールについて、日本国憲法の53条には、「いずれかの議院の1/4の要求があれば、内閣はその召集を決めなければならない」と書いてある。こうして開かれた臨時国会だが、首相の施政方針演説を省き、野党の質疑応答も行なわずに、安倍は冒頭解散を断行したので、朝議さえも否定した状態の日本の国会は、議事堂破壊に等しい凌辱を受けた。
 田布施出身で下関が地盤だから、安倍は染みついた長州意識で、小御所会議の解体を強行したのは、お粗末な歴史感覚に基づく、制度の卑劣な破壊行為だった。歴史の中に似たケースを探せば、ナチスが政権を得た2か月後に、ヒトラーが政権基盤を固めようと考え、総選挙をすると決めていて、その1週間前の1933年2月27日に起きた、議事堂の炎上事件の発生がそれだ。
 この事件には色んな説があって、何十冊もの本に書かれており、最有力はインサイド・ジョブ説であるが、ニュールンベルグ裁判では、計画の首謀者はゲッペルスだとされた。宣伝相の彼はSA幹部に相談し、10人の突撃隊員が地下道を使い、大統領府から国会に侵入して、共産主義者を放火犯に仕上げ、それで反対勢力の制圧を実行した。
 しかも、証拠隠滅として行われたのが、翌年夏の「長いサーベルの夜」で、突撃隊のレームを始め、SAの幹部数百人を粛清したが、その時に放火に加担した突撃隊員を殺戮して、400万人の隊員を持つ組織を始末した。こうしてチルドレン的な突撃隊に代え、先鋭の親衛隊の体制を整えて、ナチス体制を盤石なものにしたが、議事堂の放火による炎上事件は、その後のワイマール共和国の変貌に、極めて重要な役割を果たしていた。
 選挙では過半数を得なかったが、この放火事件を口実に使って、野党議員を国会から追放した上で、翌月に「全権委任法」を成立させ、ヒトラーは独裁政権を成立させている。「改憲はナチスから学べ」と言った、麻生太郎の卑劣な手口の呪いは、安倍の「小御所プロット」として、歴史の相似象の再現を生んだ。
 その後のドイツが辿った道は、日本の運命を示唆しており、ヒトラー内閣は共産党が反乱のために、議事堂に放火したと決めつけた。そして、翌日には緊急法令を公布すると、憲法の基本的人権を停止し、全体主義が始動したのだが、これに似たことが起きるだろうか。

朝議の扼殺と松下政経塾の遠望
 「小御所プロット」の進行とともに、策士の小池百合子都知事が「希望」を立ち上げ、凋落中の「民進」はそれに煽られ、党首の前原誠司がチャンスだと考え、最大野党の消滅工作を断行しようとした。前原が使った「トロイの木馬」が、持久型の戦法に属しているのに対して、刺客第一号を演じた小池の手口は、決戦型で派手な印象を伴っていたので、日本のメディアの関心を集め、一種の選挙ブームを巻き起こしたから、選挙民は途方に暮れて混乱した。
 だが、アメリカ仕込みの持久戦が、フリードリッヒ大王が起源で、CSISが得意にする戦い方であるし、小池が使う決戦型の戦法は、砂漠の騎馬軍団の戦い方である。女型の持久戦を前原が好み、男型の決戦法を小池が選び、雌雄を決した格闘の背後に控えるのは、歴史が支配する因縁である。
 それを理解するためには、前原代表を育てた政経塾の役割が、どのようなものだったかについて、国際政治のレベルで捉えて、考察をしてみる必要がある。冷戦構造が支配していた中で、「日米文化交流」の名目を使い、政界や財界に大きな影響を与えたのが、道徳再武装運動(MRA)であり、CIAのミッションを隠れ蓑にして、日本側で活躍したのが岸信介だった。
 しかも、共産主義から企業を守るために、MRAに共感した松下幸之助は、事業の理念にPHPを採用し、疑似宗教組織を職場に持ち込み、共産系の組合活動を抑えるために、労務対策の手段として活用した。松下幸之助が作った政経塾は、政治家を育てるための私塾であり、伊勢神宮参拝や自衛隊体験入学を含み、4年間を寮で団体生活をすることで、突撃隊の指揮官の養成を目指した。
 松下政経塾は茅ヶ崎市にあって、日常の教育はその施設で施すが、海外体験を与えて磨きをかけるために、卒業生を現実の政治に参加させ、優れた者をワシントンで仕上げていた。ジョージタウン大学のCSISは、政経塾の大学院に相当しており、『財界にっぽん』2011年11月号に、私は次のように紹介している。
 「・・・クリントン大統領も学んだ、ジョージタウン大学の中にある、戦略国際問題研究所(CSIS)の実態は、ナチス思想のアメリカ版地政学の砦だ。・・・CSISは世界戦略の中心であるが、そこに京セラの稲盛和夫(稲盛財閥)が、5億円(650万ドル)を提供して理事に納まった。だから、稲盛の関係で京都は皆がCSISに行く。・・・政経塾だけでなく小泉進次郎も、CSISの日本部長をやっていたマイケル・グリーンのラインでそこに入った。だから、アメリカの対日戦略の拠点として、ジョージタウン大学は注目しなければならない・・・」。
 この指摘が意味していることは、CSISがネオコンの拠点であり、その背後にはイエスズ会を媒体にした、MRA運動の道場の役目を果たし、ナチス思想と結びついているという点だ。また、京セラの稲盛が基金を出して、CSIS内に共同で設立したAILA(Abshire-Inamori Leadership Academy)は、アメリカの世界戦略と密着していると分かる。
 このデービッド・アブシャイヤー博士は、CIAと関係が深い諜報の専門家で、レーガン時代にNATOに大使として派遣され、ミサイル問題のプロとして知られている。しかも、CSISはナチスの生存圏の思想を作った、ハウスホーファーの思想を米国に輸入する目的で、この大学に作られたシンクタンクとして、地政学に基づく世界戦略を展開する。
 ハウスホーファーは地政学者で、日露戦争の頃に駐在武官として来日し、アジアの神秘主義に精通して、ドイツ学士院の総裁を務めた、ミュンヘン大学の教授である。また、弟子が副総統のルドルフ・ヘスで、『わが闘争』の口述筆記をしており、生存圏の思想がナチスに影響し、東欧諸国への侵略を促した。ヒムラーが作った親衛隊の組織は、イエスズ会を手本にしており、それがゲシュタポ体制を育てたし、堅固な全体主義の基盤になった。松下政経塾とナチスの親衛隊の間には、不気味な構図が見え隠れし、それが日本の民族主義の台頭に伴う、軍国思想と結びつくなら恐ろしい。

ネオコンが日本を操った時代
トロイの木馬を使った急襲の模式図

藤原肇7@トロイの木馬
トロイの木馬(トルコのトロイ遺跡にて)

藤原肇6@トロイ遺跡
 小泉政権が君臨した時期は、手先の竹中平蔵の先導により。日本の政治がネオコンによって食い荒らされ、魑魅魍魎がしたい放題したので、私は「ゾンビ政治の時代」と名付けた。『小泉純一郎と日本の病理』を読み、詳細は思い出して貰うことにするが、続いて登場した安倍内閣は、ネオコンに手玉に取られてしまい、土下座と売国に明け暮れた、「ネオコン政治の時代」になり果て、その実態は『さらば暴政』に詳述してある。
 「ネオコン政治の時代」の伏流に、松下政経塾の第八期生として、CSISで弱肉強食の思想を学んで、政治家の道を進む前原がいて、自民党の右派より極端だから、ネオコンの有力な手駒だった。だから、使い慣れた自民党のよりも、野党の中に潜り込ませることで、「トロイの木馬」として活用する方が、両建て戦法に馴れた頭脳に取って、遥かに効果的だということだ。
 それは致命的な戦局において、「トロイの木馬」を使うことで、相手を殲滅する上での秘術であることは、ギリシア神話が教えているし、各種の戦闘がその歴史例を示している。だから、民主党から民進党をたどって、前原が演じ続けた一連の役割がどんなものだったかを知れば、それは自から明白になってくる。
 私はこの前原誠司という青年が、松下政経塾に学んだ理由について、前掲の『財界にっぽん』の記事で、次のような情報を披歴している。
 「・・・中曽根内閣の時に京都大学の高坂正堯教授が、政府委員会の委員長や委員を数多くやっていた。・・・彼が東京に出てきた理由は男漁り。この情報も外国の諜報機関の連中からです。・・・高坂の弟子が前原であり、高坂はエイズで亡くなっていて、京都では知る人ぞ知るですが、日本のメディアは一切報道していない・・・中曽根政権時代に海軍短現人脈が目立ち、男の友情が取り沙汰されたことがある。男の友情は秘密を守る口の堅さに由来し、情報関係における歴史のキイワードです。『スパイキャッチャー』などを読めば、ホモ人脈が重要な役割を演じていて、KGB,MI6,CIAという諜報機関を支配していた。そのことは『平成幕末のダイアグノシス』の中に、ヒントとしてそれを書いて置いた。だが、一般に日本の裏社会について、暴力団、同和、カルトの3つしか論じていないが、もう一つホモというのがある。これは世界で通用する言葉であるが、日本では分かっていても表には出てこない・・・」
 こんな予備知識があったから、民主党が政権を取った時に、この党に政経塾出身者が多いのに注目し、特にCSISと密着していたので、私は前原の動きに関心を払った。民主党の代表に前原が就任した時に、松下政経塾出身の政治家といえば、民主党に前原以下、野田佳彦、原口一博、玄葉光一郎がいて、自民には高市早苗、逢沢一郎などが所属していた。また、地方政治では神奈川県知事松沢成文を始め、横浜市長の中田宏や杉並区長山田宏がおり、この時期は全盛期に相当していた。
 菅政権で前原が国交相だった時に、尖閣諸島付近で漁船を取り締まり、中国人の船長を逮捕して、中国との関係を悪化させており、領有権問題に火をつけているが、前原はその責任も取らないで、外務大臣に就任した茶番劇が続く。これはネオコンが目指していた、米国の中国敵視策に沿ったもので、その後に石原慎太郎知事が示し合わせた形で、尖閣問題で取った挑発に繋がる。
 2011年12月に石原伸晃が「ハドソン研究所」で講演し、尖閣諸島を公的な管理下に置いて、自衛隊の常駐と軍事予算増大の発言をした。更に、半年後に伸晃の父親の石原知事が、「ヘリテージ財団」主催の講演で、東京都が尖閣諸島を買い取ると発言し、中国との関係を決定的に悪化させた。その背後にはネオコンの大物である、ポール・ウォルフォウィッツの弟子のルイス・リビーが控えており、リビーはハドソン研究所の上級副所長で、ネオコンが前原や石原親子を操った。

緊急事態の中で「トロイの木馬」が本領を発揮
 無能で未熟な民主党政権が崩壊し、再び安倍政権が復活を遂げ、したい放題の暴政に明け暮れたのは、壊滅状態で野党が自滅して、監視役が存在しなくなったためだ。だが、「驕れるもの久しからず」と言い、「権力は腐敗する」との譬えの通りで、安倍内閣は「モリ・カケ疑惑」を始め、首相や大臣の虚偽発言を手本にして、高級官僚がウソをつきまくり、国民の政治に対しての信頼は、落下する雪崩に似た勢いで、凄まじい状態で崩れ去った。安倍晋三への不信の高まりにより、内閣支持率が激減した時に、民進党の幹部の不祥事が続発。それをチャンスと判断した安倍は、冒頭解散という奇手を使って、朝議を葬ったのと同じ手口を用いると、議事堂の炎上に等しい形で、敵対勢力の排除を断行したのである。
 ところが、不法解散の衝撃を利用して、小池百合子は安倍の裏をかき、自らの権制欲を実現するために、泥縄的に政党「希望」を作り、凋落中の民進党に働きかけた。党首になったばかりの前原は、「トロイの木馬」としての目で、千歳一遇のチャンスだと判断して、民進党の解体を実行するために、「希望」への合流路線を打ち出した。
 野党第一党の民進党にとって、理念もない相手に吸収されて、中身のない新党の餌になることは、歴史に前例がない与太話だが、「トロイの木馬」が役目の前原にすれば、それは天の恵みの大博打だった。しかも、一足先に脱党して「希望」に駆け付け、小池都知事にすり寄った、長島昭久や細野豪志が我が物顔で、「踏み絵」を迫って粛清を試みた。
 「財界にっぽん」の2010年6月号に、「立川基地が地盤の長島昭久は、自民党の石原伸晃の秘書をやって渡米し、SAISのブレジンスキー教授のゼミで仕込まれた。しかも、ジョージタウン大のCSIS(国戦略研究所)やブッシュのネオコン政権でアジア担当として、日本を手玉に取ったマイケル・グリーンに従い、弟子になって帰国した長島は、民主党から出馬して議員になった。彼は防衛省の政務官に就任しているが、グリーンがどんな思想と行動の持ち主かを知れば、長島が時限爆弾になる危険性は高い」と指摘して置いた。
 長島は自民党に適した政治家だが、立川基地があった選挙区では、自民党議員は当選できないために、民主党に潜り込んでいた議員で、米国仕込みの安全保障論が得意である。
 この長嶋と前原のCSIS組は、ジャパン・ハンドが訪日すると、喜んで駆けつけることで知られており、ネオコンを除名しなかったことが、民進党にとって命取りになったのだ。だから、安倍が断行したクーデタで、議事堂炎上に似たことが起きた時に、前原と長嶋のコンビが呼応し、ギロチンを引き出したのだ。
 しかも、「トロイの木馬」役の前原は、民主党が持つ150億円という、政党助成金を代表として握り占め、それを「希望」に提供して、持ち逃げすることまで考えた。政党助成金の原資は税金であり、政党が公約を実現するために、国民が拠出した貴重な公金だから、勝手にばら撒けるものでなく、目的のために使わなかった場合には、国庫に返却する性質のものだ。
 権力奪取のバスに飛び乗ったが、狼狽えている前原を揺さぶって、資金を虎視眈々と狙ったのが「希望」で、その背後には小池都知事が控え、アラブ流の略奪が登場したのだった。「雌鶏時告げると家滅びる」と言うが、この中国の諺が教える教訓は、今の日本の政界を象徴しており、幼稚な雄鶏と驕慢な雌鶏の声に、鶴が死に白雲が消え「亡国の音(イン)」がする。

アラブ世界の蜃気楼の彼方
 学位をとって社会に出た私が、最初に仕事をした就職先は、アラビア半島の国土改造を請け負う、水についてのシンクタンクであり、私はサウジアラビアに派遣されて、現地主任を務める体験をした。鎖国していた中世的な砂漠の国で、飲み水を掘り当てる仕事は、それなりに興味深かったが、若いヤマニ石油相の知遇を得て、石油の面白さを学んだので、それが私の人生を大きく変えた。
 その後の私はオイルマンとして、カナダでは十年米国で三十年過ごし、最後の二十年はジャーナリストになり、世界を舞台に言論活動をした。最初の著書は『石油危機と日本の運命』で、十数社に断られたが出版になり、最初の半年は誰も読まなかったが、1973年秋の石油ショックの時に、ベストセラーになったお陰で、帰国するたびにメディアから、講演やテレビ出演の声が掛かった。
 その一つが竹村健一の番組で、帰国する度にコメンテーターとして、テレビに出演したときのホステス役が、エジプト帰りの小池百合子だった。彼女の父親についての噂や悪評は、中東諸国で良く耳にしたが、そんなことは知らぬ顔をして、竹村や小池百合子を相手にした私は、日本で進行していた状況を捉え、国内における情報探索の一助にした。
 『さらば暴政』の中に書いたが、父親の小池勇二郎に関しては、次のような形で彼の正体を報告している。
 「彼女の父親は勝共連合の支援で衆院選に出て、落選後に借金でカイロに夜逃げし、日本料理屋をやる傍ら、石油利権のブローカーとして悪名が高く、その関係で彼女はカイロ大学文学部に学んだ。・・・竹村健一の狎ち螢淵鵐肇瓩箸いΑ▲謄譽喩崛箸望靴れた私は、帰国の度に何回か出演したが、小池百合子は番組のホステス役で、番組前にコーヒーの接待を受け、私は彼女と何度か雑談をした。アズハリ大学はイスラム神学の最高学府であり、話のついでに『小池さんはアズハリ大学に行ったそうですね』とカマをかけたら、『藤原さんは何で中東のことに詳しいのですか』と唖然としていたのを思い出す」
 実は国士舘大学の空手部主将で、海外青年協力隊で渡航した、岡村秀樹がカイロに空手道場を開き、中東の警察や軍隊に教えており、彼はサムライとしてアラブ諸国で名高かった。私が岡村の名前を知ったのは、1970年代の石油ブームの時代で、アドマ油田の買収劇の時に、アラブの王族の一人から聞いて、酷いスキャンダルだと考え、それを『日本不沈の条件』に書いた。
 「BPが三分の二を支配するアプダビ・マリン・エリア(ADMA)の株を日本の財界グループが買った、1973年のいわゆるアドマ事件がそれである。BP所有株式の45%を7億8000万ドルで購入し、生産する石油と天然ガスの30 %を取得する取り決めには、いろいろと問題があった。
 第一は、当時9000万ドルくらいの資産評価額のものを、BPはドイツの国営石油会社のデミネックスに、2億ドルで売ろうとして断られ、次に日本人に話を持ちかけたら、何と帳簿価格の10 倍近い、7億8000万ドルで売れた」
 この話には資源派財界人と右翼が、石油公団を動かしかて試みた、利権漁りの構図が組み込まれており、この話の仲介役に空手の岡村がいて、その使い走りとして小池勇二郎がいた。アラブ世界は石油利権を巡って、魑魅魍魎が横行していたので、石油政治を理解するため以外、アラブ諸国を訪れなかったが、闇商人が暗躍したピークは、湾岸戦争の前後の頃であった。
藤原肇4@さらば暴政
アラブ流の妄言と韜晦術に弱い日本人
 三井物産が中心で取り組んだ、壮大な石油化学(IJPC)計画が、ホメイニ革命とイライラ戦争で破綻し、海部内閣時代のエジプトでは、三菱商事がプラント建設に取り組んでいた。数百億円単位のODA資金が、砂漠の砂の中に吸い込まれて行き、援助資金の三割のリベートに、政治家やフィクサーが関与し、騙しと裏切りが横行したのは、アラブ世界での処世術でもある。
 そんな世界で青年時代を過ごし、政治家に転身した小池百合子は、アラブ流の韜晦術を駆使すると、細川護熙元熊本県知事が野党をまとめて、日本新党代表から首相となった時に、比例区で彼女は初当選した。一緒に日本新党に参加したのが、政経塾出身の若手政治家たちで、その中に野田佳彦や前原誠司がいて、ある意味で「トロイの木馬」仲間であり、政変好みの政治家に属していた。
アラブ世界にご用心と言う筆者はアラブ型の女の野心を見抜く目を持つ

藤原肇8@アラブ女
 だから、右傾女好みの安倍の目に叶い、第一次安倍内閣で小池は抜擢され、首相補佐官に就任しているが、そんな状況が注目を集めたので、『さらば暴政』に私は次のように書いている。
 「総花的で実力のない安倍内閣が登場した時に、論功行賞を期待した代議士たちを満足させようと、安倍晋三がメディア向けの目玉に使ったのが、子供蝙しに等しい首相補佐官人事だった。閣僚の数は法律で決まっているので、物欲しげな政治家を喜ばせるために、『令外の官』で権限のない肩書きをばら撒けば、総裁選挙の御祝儀代わりだと直ぐ分かった。
 経験豊かな民間や学界の実力者を厳選して、首相補佐官にするのが本筋であるが、小池百子(安全保障担当。衆)、根本匠(経済財政担当。衆)、中山恭子(拉致担当・民間)、山谷えり子(教育担当・参)、世耕弘成(広報担当。参)と、見識や経験も平凡な国会議員が圧倒的だから、人気稼ぎのパンダ人事だと一目で分かる。
 だから、「五人組の安倍レンジャー」とか、「お友達補佐官」と名づけて、日本のマスコミの多くはお茶を濁したが、外国のメディアは厳しい目で眺めており、特に、韓国の新聞は辛辣な批判をしていた。
 『朝鮮日報』は「右派の側近で固められた安倍内閣」と題して、組閣発表の翌日の記事で補佐官について、次のように論じていたが、日本の新聞が書けない指摘である。
 「小池百合子前環境相(54)は、昨年9月の衆議院総選挙で小泉首相(当時)の『刺客』第1号として『小泉旋風』を巻き起こし、自民党を圧勝に導いた、極右といわれる中川昭一政調会長(53)が率いる、『歴史教科書問題を考える会』の一員にもなっている。その経歴は安全保障分野とほとんど関係ないが、『サプライズ人事』で内閣への、国民世論の関心を引きつける効果が、予想されている・・・」
 日本のジャーナリズムよりも、外国のメディアの視線の方が、本質を見抜いているという事実を前に、残念なことだと痛感して、私はとても情けないと思った。だが、それから十年近くが過ぎて、当時より遥かに劣化した、日本の状況とクーデタ騒ぎを前に、こんな記事を書く自分が哀れである。

日本が避けるべき歴史の相似象の教訓
 小池百合子に初めて会ったのは、四半世紀以上も前だったが、その後タレント議員から大臣に出世し、更に彼女は東京都知事に選ばれ、安倍のクーデタの余波を受けて、「希望」を掲げる政党首になった。しかも、首相の座を狙おうとしているが、彼女には政治理念が欠落し、アラビア語と英語を喋る程度で、『人寄せバンダ』に過ぎないから、こうしたポピュリズムは悲劇を孕む。
 自分より劣る者に囲まれた、安倍チルドレンのお花畑には、微分法を発明したライプニッツについて、理解力を持つ者は皆無であるし、歴史の相似象を知る人もいない。しかも、思い上がった暴君の安倍は、岩倉具視と大久保利通を足して、自分と重ね合わせた妄想に酔い、小御所会議を炎上させている。しかも、計算違いの茶番選挙の結果、日本の政治は日本会議が望む、戦前回帰への道を辿ることで、日本列島がゾンビの楽園に、なり兼ねない状況に陥っている。
 生命を持つ真の存在の根源は、空間的な量ではなくて、質に関わる時間的な力にあるのに、多数の横暴に慣れた安倍は、過去を含み未来を表出する、今という時間の力学が分からない。だから、足し算と引き算しか出来ないので、安倍は時間を動的に捉えられないし、歴史の微分に思い及ばなかった。
 こうして議会政治がバラバラになり、選挙のスタイルが翼賛型を示し、「バスに乗り遅れるな」という気分が、国会議員の優先事項になって、主権者の国民は置き去りになっている。既に論じた通り安倍のクーデタは、議事堂の炎上に似た効果を生んで、ナチスが演じた過程に似ており、そこに歴史の相似象が読み取れるから、選挙後の政治地図が気にかかる。
 圧倒的な多数党が政権を取って、伝統主義と結ぶ独裁権力が、全権委任法を要求するようになれば、それから後は悲劇の道であり、安倍も小池も日本会議に連なるので、平和憲法の精神は扼殺される。決定打は「ニュルンベルク法」で、1935年9月15日にナチ党が制定した、「ドイツ人の血と名誉を守るための法律」と「帝国市民法」は、民族主義的な狂信を象徴していた。
 それを防ぐ道があるかと言えば、細川チルドレンが登場した時から、小泉や小沢を始め安倍チルドレンを経て、小池チルドレンに至るまで、政治家のレベルの低下は目を覆うが、頭を冷やし浩然の気を養いたい。選挙は戦闘行為に属しており、致命的な取りこぼしをしないことが、何にも増して大切だとは言え、指揮官や司令官が無能ならば、戦争は負けるに決まっているので、戦後における平和の大戦略が不可欠になる。
 そのためには大局観が必要だが、空間的に離れて構造的に見るか、時間的な機能に着眼することにより、生命として国家を捉えるかは、動態幾何学の証明法に属している。私が試みた一つのモデルは、「月刊・フナイ」の11 月号で論じた、エネルギー史観に基づく考察だが、ソフト・ランディングへの道がある。
 歴史の相似象の基本モデルは、見慣れたデカルト座標とは違う、ガウス座標によって示されるもので、社会現象を複素数で捉えて、歴史を動態幾何的に理解する。その具体例については、『教科書では学べない超経済学』に詳述したので、それを参照して頂きたいが、これは歴史理解の「虎の巻」である。
 21 世紀における産業社会が、第四次産業革命を前にして、大きく変貌しようとしているのに、日本の政治や経済の実態は、それに対応し得ないほど劣化し、生命力を消耗し続けている。「茹で蛙症候群」から脱却し、授けられた生命の価値を満喫するには、自分の頭で考えて判断を行う、ホモサピエンスに立ち返ることが、日本人に必要だということになる。        
※文中敬称略

筆者の横顔
藤原肇(ふじわらはじめ)1938年、東京生まれ。仏グルノーブル大学理学部にて博士課程修了。専攻は構造地質学、理学博士。 多国籍石油企業の開発を担当したが、石油ジオロジストを経て、米国カンサス州とテキサス州で、石油開発会社を経営した。コンサルタント、フリーランス・ジャーナリストとしても活躍。ペパーダイン大学(米国加州)の総長顧問として、21世紀の人材育成問題を担当する。
 処女作の『石油危機と日本の運命』(サイマル出版会)で、石油危機の襲来を予言したのを手初めに、『平成幕末のダイアグノシス』『朝日と読売の火ダルマ時代』『夜明け前の朝日』などで、ジャーナリズム論を展開した。『情報戦争』『インテリジェンス戦争の時代』などの情報理論もある。また、『賢く生きる』『さらば暴政』(清流出版社)、『生命知の殿堂』(ヒカルランド)、『小泉純一郎と日本の病理』(光文社)、『Japan's Zombie Politics』『Mountains of Dreams』(Creation Culture)など著書多数。

社会の木鐸(その2)

藤原肇博士が『財界日本』(2017年11月号)に寄稿なさった小論をサイト宇宙巡礼より転載させていただきます。先ずは現代日本の危機の構造を知ることが大切ではないでしょうか。昨日に続き、社会の木鐸たるこの小論もお楽しみください。
無能と嘘で国家信用破壊した自公体制の罪と罰
フリーランス・ジャーナリスト、慧智研究センター所長 藤原肇

21世紀と共に幕が開いたゾンビ横行の時代
 不吉な事件で幕開けした21世紀は、一般にはドラスチックな映像を伴う、アメリカ同時多発テロ事件と呼ばれる、ニューヨークの世界貿易センターが、大崩壊した911事件によって、スタートしたと思われている。だが、その1年半前に日本の東京で起きた、「平成のクーデタ事件」について、後世の歴史家が光を当てることで、小渕首相の奇妙な死を思い、なるほどと考えるのではないか。
 『ルイ・ボナパルトのブリュメール(霧月)18日』と題し、マルクスが皮肉を込めて書いた評論は、クーデタで民主制度を崩壊させ、伯父と甥とが同じような役割を果たした、歴史の相似象への嘆息だった。共和暦8年霧月18日はナポレオン・ボナパルトが、クーデタで大革命を流産させて、皇帝になった運命の日のことを指しており、甥のルイ・ボナパルトが半世紀後にそれを模倣した。1851年に甥のルイ・ボナパルトが試みた、クーデタによる独裁体制の誕生と同じ、実に安っぽい茶番のペテン劇が、何と日本においても実現していた。その結果が現在の安倍政権に至る、ゾンビたちによる暴政の継続だが、2005年9月に出版になった『小泉純一郎と日本の病理』に、私は「Koizumi's Zombie Politics」という英語の副題を付けた。
 その第四章の「ゾンビ年代記」には、「青木官房長官のウソと5人組の密室談合」の小見出しで、「小渕恵三は、2000年4月2日に脳梗塞を発症して、順天堂大学医学部付属順天堂医院に担ぎ込まれた。そして、そのまま病院を出ることなく、官房長官の青木幹雄を首相代行にして、首相を辞任することになり、発症から1カ月あまりした、5月14日にこの世を去った。しかし、この経緯に関しては、今でもほぼすべての人間が、その通りだったとは考えていない。それは入院後の青木幹雄の発言がウソで固められ、国民を欺購していたことが、その後判明したからだ。・・・」と指摘した。
 続いて当時の報道に基づいて、小渕の入院をめぐる密室談合を、クロニクルの形で整理することで、不審な死因を問題提起した。私と同じ死因に疑問を感じて、イギリスの高級紙『ガーディアン』は、「まさにクレムリンのような秘密主義」と評した。同じく『エコノミスト』は4月8日号で、「日本の管理人」と題した記事を掲載して、森新首相の誕生を痛烈に皮肉っていた。しかも、拙著に2か月遅れて出版された、平野貞夫元参議院議員の『亡国』には、「・・・一国の宰相が突然倒れたときに、残された一部の政治家の談合によって、後継者が決められるなんて、こんな恐ろしいことが罷り通っていいはずはない。私はこの暴挙に対して、『一種のクーデタだ!』と糾弾した。
 こんなことが許されるなら、例えば、元気な首相を拉致して病院に連れ込み、監禁した挙げ句『重病』と発表し、首相の意向で臨時に首相代理をつとめることになった、と宣言することもできる。都合のいい新首相を決め、傀儡政権をつくって、権力奪還をすることは難しいことではない。小渕首相の場合も、医師の診断書すらないまま、それが実行されたのだから、まことに恐ろしい。
 実際、私は予算委員会で同様の発言をして、青木氏に噛みついたのだが、青木氏は『総理を拉致したなどとは、もってのほかの発言。取り消してください』と言った。こんなやりとりの後で、会議録から削除されてしまった。後世に残る公的な証拠を消されてしまった。私は腹に据えかねて、3回にわたって公式会議で発言したため、自民党、公明党、保守党の3党による懲罰動議が出された。・・・」と書き、私の疑問視を裏付けていた。

姑息な言論弾圧とゾンビ政治の愚民政策
 出版妨害があるのを予期して、際どい記述をチェックした編集部は、オリジナルな記事の二割余りの削除が、米国に住む著者に断りなく、実行したのは予防措置だったと弁明がきた。また、小泉の精神状態を分析して、サイコパスとして考察した記述は、きれいに削り取られて、題名も変更されて出版が実現した。しかも、干渉はソフトな形で行われて、『小泉純一郎と日本の病理』は、新聞や雑誌の書評はゼロだった。書評も紹介も皆無という点では、ギネスの世界界新記録級だった。だが、今買わないと読めなくなる内容だと、ネット上で騒がれたお陰で、1か月半で5万部も読者を獲得しべストセラーの仲間に入った。しかも、日販や東販のルートよりも、大型書店に集中配本して、読者の判断に任す販売路線が、意外に効果を発揮したらしく、情報化時代に適合したので、一応は読者の手元に届いた。だが、第六章の「聖域だらけの改革」では、創価学会を分析するに際して、創価学会はフランスの議会が、「宗教の仮面をかぶった全体主義」と断じたことを紹介した。そして、社会に有害な組織と指定され、カルト教団に格付けされたし、警戒視されていると強調しておいた。
創価学会の源流は大日本皇道立教会か

藤原1@大日本皇道立教会
 日本では自公体制の形をとり、連立政権を構成していた上に、狂信的な全体主義への布陣が敷かれ、その危険性は目に余るほどだった。「総体革命」の最優先ターゲットは、法務省と外務省であって、学会員の検事は100人に達し、在外公館職員の1/4が学会員で、自民党議員の1/3も当選の命綱を握られていた。
 そこで、100冊余りの関係書を読んで、そのエッセンスを抽出し、それを次の三つの項目の中で論証して、その趣旨の引用をしておいた。(1)公明党―創価学会という「劇薬」を飲んだ小泉。(2)「総体革命」の威力と忍びよる全体主義。(3)間違いなく日本のデモクラシーは壊れる。こうした見出しの下で引用したために、創価学会の幹部は驚いたらしい。 たとえば、大宅壮一は創価学会が公明党を作り、政界に進出した時の発言で、「ファシズムの体質がある」と指摘したこと。また、田中角栄が池田大作を名指しで、「法華経を唱えるヒトラーだ」と言い切り、公明党を操る創価学会の体質を喝破した例の公表だ。
 それは国内レベルでの結末だが、世界向けの歴史の証言では、私としては納得できなかったので、歴史的事実を世に伝えるべく、小泉政権が終了する前に、「Japan's Zombie Politics」の英語版を作り、世界の750校の大学を選び、図書館に寄贈する作業を行った。
 日本が没落した背景としては、自民党のゾンビ化があったし,政教一致を掲げるカルト集団と結んだ、超国家主義運動が控えていたが、日本人はそれに気づかなかった。しかも、創価学会の源流は大日本皇道立教会で、それを示す証拠の記念写真には、創価教育学会創立者の牧口常三郎や、後継者になった戸田城聖の他に、児玉誉士夫までが揃っており、意味の解読は学者に託されている。

責任逃れと嘘が蔓延する日本の国会
 政治家や官僚が国会答弁する時に「記憶にない」は常套手段でも、見え透いた嘘を並び立てることは、国民への裏切り行為であるが、安倍政権では首相以下皆が平気で嘘をつく。ウソのくり返しが放置されて、チェック機能が麻痺してしまうと、信頼関係がなくなる上に、社会の規範が崩れ去ってしまう。
 そうなると、あってはいけないことでも、「当たり前」になってしまい、最後には「異常」を「正常」だと感じて、社会は連帯の消失でアノミーに陥り、バラバラに解体してしまう。「ウソが当たり前」だった社会を、日本人は半世紀ほど前に経験しており、それが亡国の運命を招き、大日本帝国は滅亡している。太平洋戦争中の大本営発表は、ウソと誇張のオンパレードであり、情報操作のせいで国民は何も知らずに、政府と軍部に操られた結果、都市は焼け野原だし原爆に見舞われても、「米英撃滅」と叫び続けた。そして、この支離滅裂な戦争の全期間を通じて、公安警察と憲兵の思想統制により、メディアは政府の宣伝を垂れ流したのである。
 同じ状況が安倍内閣で復活して、首相が率先して嘘をつきまくり、大臣や高級官僚までが口を揃えて、ウソの大売り出しを実行したので、国民は不信感に支配されてしまった。特に酷いのが稲田防衛相であり、この安倍首相の愛玩用の大臣は、国会では虚偽答弁のオンパレードで、口から出まかせを撒き散らしたから、身内からさえ信頼されなかった。
 「嘘つきは泥棒の始まり」と言って、昔から子供の躾けとして教えられ、嘘は閻魔様に舌を抜かれる犯罪だが、こんな恥知らずな防衛相の下では、国家の安全などとても守られない。しかも、無責任で非常識な人間に対して、弁護士資格を与えたことにより、国家資格の信用は大暴落したが、即刻罷免出来なかった安倍は、指導性の点でゼロの首相だった。
 もっとも、安倍のペテンは天才的であり、ブエノスアイレスでのIOC総会では、世界に向けて日本語ではっきりと、「汚染水は、福島原発の0.3平方卞發法完全にブロックされている。全く問題はない」と胸を張った。だが、これはとんでもない詐欺行為であり、太平洋に大量の放射能汚染水が、毎日のように廃棄されていた事実を誤魔化し、東京五輪の招請を手に入れたのだ。要するに、首相の安倍は国際社会に向けて、とんでもない大嘘をついたが、この「ごまかし体質」と無責任体制は、安倍政権の偽りない正体だった。
安倍首相と小泉進次郎議員の色紙が並ぶ「かき鐵」

藤原肇2@色紙
 この嘘が蔓延する時代性の中で、国有財産の私物化を狙って、政治家と役人がグルになって試みた、日本会議や維新会を巻き込んだ、森友学園の土地払下げ疑惑が、国会審議において追及された。洗脳された幼稚園児の問題を始め、首相の妻の愚かな行動については、他のメディアに追求を任せたい。だが、見落とされた盲点に注目すれば、財務省の影に隠れた存在として、国交省という役所に結びついた、土地と運輸行政を包み込む、利権構造に行き着くことになる。
 財務省が資産と認定している、105兆円の国有財産の処分は、かつて大手新聞社が恩恵を受けたように、国有地の格安払い下げが典型で、歴史的にも疑獄事件の主役でもある。国土と交通を扱う行政部門は、土地本位制が基本の日本では、最大の政治利権と結びつくので、同和行政と密着するために、伝統的に公明党の縄張りに属している。
 しかも、鳩山内閣では前原誠司が、国交相に就任していたので、彼が池田大作の隠し子だという噂までが、自民党筋から流されてた。こうした闇の世界と結ぶ聖域に関係した、森友学園にまつわる事件では、政府が保有している新関空会社に、所有権登録の移転が行われ、財務省との間でキャッチボールが、不明朗な形で記録されたほどだ。
 だから、森友学園に絡んだ打ち合わせに、国会を抜け出した安倍首相が、部下と「かき鐵」で食事しており、そこは公明党幹事長で国交相だった冬柴鐵三代議士の次男が経営する店だった。しかも、牡蠣料理屋の便所の入り口には、安倍晋三と小泉進次郎の色紙が並んでおり、利権絡みの臭気までが漂うが、これは一体何を意味する暗示だろうか。
 問題は安倍が引き連れた郎党であり、安倍の隣の今井秘書官の奥には、大阪の闇の世界について精通した、大石吉彦首相秘書官がいるが、彼は警備局警備課長出身でテロの専門家だ。森友学園事件があった豊中市は、半島同和と土着の在来同和の間で、利害を競う係争地帯に位置しており、テロの専門家がお出ましをした意味が、この写真の遠景に潜まないか。

財務当局も恐れおののく同和利権の闇
 この種の問題を理解するためには、宝島社の『同和利権の真相』シリーズや、アルファ文庫の『懲りない面々』を読み、歴史分析をすることによって、自分の手で全体図を描く必要がある。そうした地道な作業を通じて、自らの頭を使って考える努力によって、複雑な仕組みが分かるが、他人に答えを求めている限りでは、謎を解く楽しみは味わえない。
 政界、財界、行政機構などの表の社会と、暴力団、同和などの裏の世界が、政治家や警察と癒着することで、利権の分配と結びつく時には、金融機関や国税当局が浮上するから、事実の隠蔽や嘘が蔓延する。だから、国会での真相審議に登場した、佐川宣寿理財局長がうろたえて、「処分した」「知らない」を連発し、それが言い逃れだったので、国民はたやすく嘘を見破った。そして、上からの指令に従っている役人が、忠誠でないことへの報復に、怯えている状況について理解し、安倍のゲシュタポ体制による、仕組まれた茶番劇に気づいた。
 米国ではレーガン政権時代に、NLP(神経言語)を導入して、ホワイトハウスは監視カメラを設置し、外国の首脳との会談に用い、中曽根の言動の分析にも使った。この話を聞いて面白いと思い、開発者ジョン・グリンダーを訪ねた私は、サンタクルズの彼の自宅で、その原理と分析法を学び、相手の心を読む時の診断に活用し、詐欺師の多い世界で生き、嘘を見破る力の重要性を痛感した。
 日本には多くの正直な人が住むが、外の世界は詐欺師天国であり、目の動きを観察して心を読む技術は、生きて行く上で最強の武器になる。そんな高級技術を使うまでもないが、キョトキョト落ち着きなく動く、佐川宣寿理財局長の目の観察を通じ、嘘とごまかし答弁の背後には、何が控えているかが読み取れた。
「かき鐵」で部下と食事する安倍首相

藤原肇3@首相食事
 それを示す証拠の映像まであり、怯えた佐川局長の背後には、お目付け役の大石が控えていて、国会中継で観察できたから、日本のゲシュタポ体制の底の浅さが、実に簡単に見破れたのである。このレベルは軍政下の韓国では、既に活用されていた事実については、1984年新年号の『文芸春秋』に、「狹憩粟發旅餃疇本よ」と題して纏めた、私の記事を熟読すれば納得出来る。
 軍事体制下の監視化社会では、それくらいは実行しているので、「金大中事件」に成功しているのだし、自民党議員たちの秘書として、数百人の統一協会員を送り込み、情報を集めたシステムが機能する。保岡興治元法相の秘書が辞めて、議員時代の小池百合子に拾われ、その種の秘書が横滑りするから、幾ら国籍法やスパイ罪を作っても、政権党がスカスカなら無意味である。
 だから、前号に書いた記事の中で、「近隣諸国に比べ劣悪」と指摘し、「人材面でレベルが低すぎる」と書いたのは、安倍が鳴り物入りで模倣した、和製NSC(国家安全保障局)の責任者が、谷内正太郎だったことでも明白だ。谷内の英語力は劣悪で有名であり、セガサミーの里見治がタニマチだ。また、NSCや補佐官の資質問題については、『さらば暴政』で論じたので、ここでは繰り返さないが、「安倍チルドレン」や「小池チルドレン」には、まともな政治など期待できない。
 その典型が安倍内閣の人選であり、人材を質で考えない日本では、稲田朋美が弁護士という肩書だけで、戦略思考や歴史感覚がないのに、防衛相に任命されてしまうような、お友達の閣僚人事が罷り通る。だから、今年の2月3日に訪日した時に、米国のマティス国防長官は、稲田の無能無策に辟易して、帰国して大統領に報告した。そして、2月中旬のフロリダ訪問の時に、「あの役立たずを交代させろ」と、安倍はトランプに言われて、大いに恥をかいたのだった。

国家財政と戦時税制についての考察
 国会審議の席で答弁した佐川局長は、「記録がない」「破棄した」「記憶がない」と繰り返し、虚偽答弁で押し通したが、次々に証拠が出て嘘が発覚し、国民から完全に愛想をつかされた。だが、ボスの安倍晋三を守り抜き、内閣の崩壊を防いだ功績と共に、タブーの隠蔽をしたので、この昇進があったに相違ない。
 この見え透いた論功行賞のお陰で、国税庁長官の座を射止めて、佐川は役人としての出世を果たしたが、恥かしくて就任会見も実行できない。価格交渉をした録音テープの出現は、責任者の命取りになる証拠であり、うっかり人前に出られないのは、彼が嘘つきだとバレているからだ。
 嘘を犯罪として厳しく取り締まり、国民の納税義務を司ってきた、国税を管理する責任者の立場では、厳しい倫理を守るべきだのに、財務省の幹部がその掟を破っていた。モラルハザードを犯した張本人が、税金を扱う総元締になったので、国民は税金を払う気を失い、国家に対して不信を高め、税金とは何かについて考えた挙句に、佐川長官の罷免を要求し始めた。
 私は米国に30年間ほど住んで、石油開発会社を経営したが、税金は私の会計士に相談して、適切な金額を収めたから、自分は納税者だと常に感じた。なぜならば、源泉徴収などなかったから、年末に収支決算を行って、収入に応じて自分で税を納めたので、納税者が国の主人だとう意識で、自分が主権者だと考えることにより、税金の使い道には関心を抱いた。
 だが、源泉徴収という悪い制度が、日本人の税金感覚を狂わせ、納税者という感覚を損なっており、税金を政府がばら撒くので、主権者である意識を狂わせ、連帯意識の喪失に繋がって、社会荒廃の原因になっている。この弊害を克服することによって、日本を近代国家にするには、源泉徴収制を廃止することだ。
 事実問題として言うなら、1940年春にナチスの制度を真似て、能率よく戦費を調達するために、源泉徴収のシステムを導入し、戦時経済体制が始まった。この国家総動員体制により、日本は無謀な戦争に突入して、大日本帝国は滅亡しているが、この戦時体制が現在まで続き、政治の利権化の原因になった。
 太平洋戦争の戦費は7600億円で、当時のGDPの33倍にも達し、国家予算の280倍の巨大な金額であり、税金での調達は不可能だから、日銀が戦時国債を引き受けた上に、源泉徴収の制度を導入した。しかも、朝鮮銀行と台湾銀行を利用し、現地通貨や軍票を乱発することで、インフレを起こしたのであり、戦費を調達する魔術を使いまくった。こうしてインフレを国外問題に転化し、戦時経済を維持したのであるが、その記録が『円の興亡』だった。
 その後の研究ではさらに詳しく、インフレ率を換算して計算すると、太平洋戦争の戦費は2000億円になり、GDPの9倍で国家予算の74倍で、その後のインフレ率で修正した総額は、現在の4400兆円になるという。この巨大な戦費は国債の発行で賄って、それが目を見張るインフレを生み、戦後になって預金封鎖の形で、国民の財産は国に奪い取られ、政府の借金と相殺されている。
 それと同じことが再び行われており、政府は1000兆円を超す借金を抱え、それを国債の発行で賄っているが、国債の四割も日銀が買い受けて、「タコ足」で問題を先送りしている。だから、現在のアベノミクスの正体は、通貨と国債によるインフレであり、日本の金融システムと国家財政は、ほとんど壊滅に近い状況だが、それを指摘する人は皆無に近い。

嘘で国税庁長官に栄転する国と国民の選択
 収税システムが中央集権化され、補助金の形で地方に再分配する、戦時体制の遺物に慣らされたので、自治の精神は損なわれており、タカリの気分が蔓延している。しかも、官僚の天下りの機関として、公団や事業団が群れをなし、一般会計の2倍の裏の予算が、特別会計として君臨しており、国家の借金は1060兆円に達して、国民一人当たり830万円も、借金を抱え込んでいるのだ。
 自らの意志と努力で税を払い、主権者である意識を持てば、政治家や役人は公僕に過ぎないのだし、公共善のために全体に奉仕し、社会を健全に運営できるのに、源泉徴収がそれを阻んでいる。こうした戦時体制を改めて、租税制度を改良するためには、給料生活者は天引きを拒否し、手間と暇がかかるにしても、報酬は全額受け取った上で、年度末に納税するのが良い。
藤原肇4@さらば暴政
 法的に課税権を持っているのは、所轄の税務署長だけだから、中堅や小企業の経営者たちが自ら、年度末に書類を整えて申告し、必要額を支払えばいいので、税務署員を恐れる必要はない。また、憲法第15条の規定によれば、公務員は全体の奉仕者であるから、国民の公僕たちは法の名において、財産権を犯す資格は与えられておらず、国民は必要額の税を払えばいい。
 市民の政治参加の仕方には、選挙の投票だけではなく、自主納税という方法があるし、その一例が源泉徴収の拒否で、各人が納税者の自覚を持つのだ。基本的人権を亨有する規定は、憲法が保証する大原則であり、財産権の保障は自由の出発点だし、健康な生活を送っていく上で、守り抜くべき尊いものである。
答弁する佐川前理財局長(左)の背後にお目付け役の大石がいる

藤原肇5@答弁国会
 もしも、佐川が支配する税務当局が、強権を使って弾圧するなら、日本人は「税制改革同盟」を組織することで、人権運動を始めるべきである。だが、1950代半ばのフランスにおいてはじまった、プジャード運動の過ちを犯さず、理性的な行動に徹したら良い。反税闘争に傾けば社会性を失い、反議会主義的な極右運動になり、政治的不満を持つグループによる、ファシズム運動に転化して、無法者の群れになることにより、急速に衰退してしまうだろう。
 戦略的には自治運動の形をとり、中央集権的な政治支配を改め、自治体レベルの自主統治を目指して、税金の配分を住民本位に向け、作り直すことが必要である。その手始めとしてのモデルには、加計学園流の援助計画を持つ、今治、成田、銚子などの住民たちが、彼らの住民税の支払いを供託し、市の財政破綻を防ぐ行動を起こすことで、市民の土地を詐欺師の手から、奪い返す市民運動が必要になる。もしも、それが不可能になったなら、江戸時代に使った教訓から学び、子供に負債を残す愚行を避けて、住所を移し逃散することである。
 破綻の危機から逃れるために、先見力と決断が必要になるし、行動として使えるものの中には、愚かな課税からの逃亡が含まれ、それが生存を保証する選択になる。また、無駄な税金を払わない方法に、国が集めてばらまきに使う所得税を最小化する節税法もあるが、より身近な買い物の度に払う、間接税の最小化も効果的である。税収が減れば地方自治体にとり、財政難の悩みを与えるので、反市民的な反逆に見えてしまう。だが、それは一時的な衝撃であっても、ムダを省き自己回復力を強める点で、ホメオスタシスの発動を促進し、長期的には健康回復に結び付くから、医者が言うメンケン現象をもたらす。
 財政破綻した夕張市の場合は、市長の給料を1/4にして、職員給与も大幅にカットした上で、市立病院を閉鎖して診療所にしたら、市民の健康の自己管理が進んだし、死亡率も疾病率も激減した。30 代半ばの鈴木市長は、夕張メロンの宅配や町の観光化で、夕張の活性化を進めており、一度どん底に落ちた体験のお陰で、自治の重要性に市民は目覚めたという。日本の自治体のほぼ八割が、破産寸前に陥っているのに、危機感を持つ日本人は少ない。
 都知事の月給に220万円(その後受けを狙って半減させた)も払い、都会議長の130万円に続いて、都議員はチルドレンでも100万円も取り、区議会レベルでもその八割だ。国会議員は更に酷い状況であり、世襲議員の保育園同然だし、人数半減でも機能は変わらず、こんな状態を放置する日本では、国民は公僕に隷属し続けていく。
 人間の心理は面白いもので、日本を訪れて買い物をして、間接税を払う時に使途を思うと不愉快になり、こんな政治をしている国に、税金を払いたくない気分になる。たとえ地方税の支払いでも、都民ファーストがチルドレンで、それが都民ファシストに変態し、国民ファシストに化ける日は近い。
 生まれ故郷の東京を訪れて、江戸っ子の私が違和感を抱き、佐川のような破廉恥漢が長官になり、税金を集めると思うだけで、税金に無駄遣いしたくないと思うが、清潔な政治が再生して欲しい。
※文中敬称略(続く)

筆者の横顔
藤原肇(ふじわらはじめ)1938年、東京生まれ。仏グルノーブル大学理学部にて博士課程修了。専攻は構造地質学、理学博士。 多国籍石油企業の開発を担当したが、石油ジオロジストを経て、米国カンサス州とテキサス州で、石油開発会社を経営した。コンサルタント、フリーランス・ジャーナリストとしても活躍。ペパーダイン大学(米国加州)の総長顧問として、21世紀の人材育成問題を担当する。
 処女作の『石油危機と日本の運命』(サイマル出版会)で、石油危機の襲来を予言したのを手初めに、『平成幕末のダイアグノシス』『朝日と読売の火ダルマ時代』『夜明け前の朝日』などで、ジャーナリズム論を展開した。『情報戦争』『インテリジェンス戦争の時代』などの情報理論もある。また、『賢く生きる』『さらば暴政』(清流出版社)、『生命知の殿堂』(ヒカルランド)、『小泉純一郎と日本の病理』(光文社)、『Japan's Zombie Politics』『Mountains of Dreams』(Creation Culture)など著書多数。
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斉藤雅紀プロフィール
函館市天神町生まれ。
『心に願へ お蔭は 吾が心に在り』を信条に。
https://way6.com/
まさのりSun@打ち出の小槌
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