大晦日になりました。
みなさまは、いかがお過ごしでしょうか。

今朝は、瞑想の話をお楽しみください。
チト、長くなりますがお付き合いをお願いいたします。
サンタクロース(161222)
瞑想=神我到達です。
それは神我(「我神なり」)という、大霊との一体感のこと。
自我(自分は自分と思い込む)の瞑想は外に答えを求めるものですが、
真我(自分は神であると分かる)の瞑想は内に答えを求めます。

内から汲み出す水は、永遠に乾くことがありません。
どんどんどんどん中から湧き出する智慧の泉。
外から汲み出す水は、すぐに乾いてしまいます。
外に真理、答え、神を求めることはありません。
なぜそうなのかと、自分の中で追及します。
いままで外から得てきたものは、いずれ内から得ることができるようになります。
自分の中にこそ、智慧の泉・力の泉・生命の泉があり、永遠です。

仏陀やイエスは完全沈黙(=瞑想)をなさいました。
聖者の完全沈黙とは五感の沈黙、すなわち自我のない状態です。
この世のものを全く感じることなく、完璧に自我意識から開放された状態。
無我の境地=自己中心的な自我のない状態、すなわち無=空=宇宙そのものなのです。
これこそが大我・光我・全我・真我、大いなる自己=大霊。

人は神の内にいて、神は人の内にいます。
「色即是空、空即是色」は、自分は即宇宙(=無)、宇宙(=無)は即自分と分かります。
内外、上下、見える見えないは関係ありません。
真実においては、どこにも上下などはありません、ひとつのもののみなのですから。
優れた力、優れた智慧 優れた生命などもありません。それらは幻影です。
偉い人などもいなければ、小さな生命などというものもありません。それらも幻影です。
大いなる一体があるのみです。すべてがひとつです。
区切りや分離や別離はありません。
神は遍在すると言われる所以。神一元、仏一元なのです。

真実は、真実の世界からのみ見ることができます。
原因(外・知識)の世界からは、結果(内・智慧)を得ることはできません。
自分が大霊であるとの自覚が大切な所以です。
自己探求・自己追及によって答えを己の内に求めましょう。

どこを観ても、何を見ても愛なんだなぁ〜、神なんだなぁ〜、調和なんだなぁ〜。
すべてが許せる、すべてを許してあげることができそうだなぁ〜。
「神は全ての全て、ありてあらゆるもの」、
「我は神の中におり、神は我が中にまします」、こんな感じです。

今、即天。我、即天。我、即愛。我、即許し。我、即調和。我、即神。
すべてが神(無・空・宇宙)と観えるとき、大愛となり、大調和となり、完全となります。
ここへの到達が瞑想であり、瞑想の目的です。
サンタクロース(161222◆
いかがでしたか。お楽しみいただけましたか。

生彩ある人生の必要十分条件、それが瞑想です。
瞑想の達人となって、自らが智慧と力となって、世のため人のために、生きようではありませんか。

今年も「生彩ある人生」をお読みいただき、ありがとうございます。
みなさまの平成29年が更に佳い年でありますよう、祈願して止みません。  感謝