おはようございます♪

9月の中旬、いかがお過ごしですか。
早朝の氣温が下がり、めっきりと冷え込んで参りました。

下旬には、常緑の木々の合間に紅色や黄色が顔を見せてくれます。
わが家の背後の藻岩山と前面の円山の秋の彩が楽しみです。

さて、今朝は藤井尚治博士の『アナログという生き方』についてお伝えします。感銘を受けた本のひとつで、良書です。

藤井博士は、ストレス学の始祖、ハンス・セリエ博士を日本に初めて招聘した人物で、銀座内科を主宰されていた博学の紳士。

最終章第3章「人生、楽しんだ人が最後は勝ち」に、彼は次のように書きました。
自分の人生は渦中にいて、どっぷり浸かっていると、よく見えない。遠くから離れてみると、よく観える。もし、うまく行かなかったら、離れて見るか、他人の意見を聞いてみる。カミサンはしょっちゅう、あなたのことを見ているから、よくわかっている。カミサンの話を聞いて、微調整する生き方もアナログ的でいい。男はとかくロジック(論理的)でデジタルな世界に入りがちだから、女性の見方が必要になるのである。

最後に、アナログという生き方の根幹をまとめておきたい。

まず第一に、人生のできごとを大局観で見て、考えること。些細なことは氣にせず、何が大事か、考えてみることだ。自ずとやることが観えてくる。

第二に、一生新手である。新しいことは面白いし、面白いことでないと、一生懸命やることはできない。新手はいつも少数意見だから、発揮するのは力がいる。

第三は、他人から信頼されると。ここではセリエの愛他敵的利己主義が役立つ。「自分の楽しみ」を「他人に役立とう」という2つの観点で生きることだ。

第四は、知と情のバランスをとること。知に傾けば冷たい人間になるし、情に溺れれば面倒な事態を引き起こす。中庸という生き方ができれば、一番である。

最後の最後に、もうひとつ。いまは民主主義の世の中だから、味方の多い方が勝つ。カミサンも含めて、味方を作る努力をしたい。まあ、アナログという生き方の根幹の第一から第四までをきちんとやっていれば、味方もできるだろう。

人生、そんなに深刻なものではないから、楽しんだ奴が勝ちに決まっている。

大正10年(1921年)生まれの極めて聡明な老紳士は、本書が出版された翌年の誕生日の4月19日に昇天なさいました。享年77歳。
アナログという生き方
その最期の日々にも入院先の病院で、痴呆症状の強い多くの患者たちの話しに耳をかたむけ、「先生」と慕われていたそうです。平成9年(1997年)4月19日、博士のベッドは、そうした患者たちからの、誕生日を祝う赤い花に囲まれていました。赤い花は、そのまま旅立ちへの手向けとなりました。

彼は医師としての姿勢を次のように要約しています。
医師は、検事的立場をとりがちである。客観性偏重、証拠主義で、患者の心身の悪いところを探し出し、検査で証拠だて、断罪しようとする。これに対して、ストレス4月19日、76歳の誕生日 に、この世界から旅立たれた。 理論にたつ医師は、いわばハイゼンベルグの不確定性原理の応用者たらんとする。つまり、客体としての患者ではなく、クライアント(依頼者)と共に立つ「医界の弁護士」たらんとするのだ。


木曜日の朝に。  感謝