1987年2月から英国ケント州のカンタベリーに下宿し始めた時のことです。
書店のショウウィンドウには、行灯(あんどん)の写真を表紙に載せた本が並べられていました。手に取って作家の経歴を見ると、地元のケント大学出身とあります。行灯・日系人・ケント州の三要素に購入意欲を掻き立てられ、2冊購入。ひとつは私のために。もうひとつは日本の家族へ贈るために。
ArtistOfTheFloatingWorld
この『An Artist of the Floating World』(邦題:浮世の画家)は、リタイアした老画家・オノのお話しです。彼は戦争で妻子を失い、末娘・ノリコとふたり暮らしています。彼女の縁談がなかなかまとまらないことが、彼の唯一の気がかりでした。前回の縁談でも、決まりかけていたというのに、突然先方から断られたのです。原因は自分にあるのだろうか?戦時中、戦争を肯定し、戦意高揚の絵を描いたせいではないだろうかとオノは考えます。全ての価値観が変わってしまった戦後にあって、戦時中の己が行動が批判の的になっているのではないか・・・。

年老いて自分の過去の生き方に向き合う時、彼は過去の自分を否定しなければならなくなってしまいます。その過去が自分の中で自己増殖していく中、現在・未来への可能性を見いだせない自分への悔恨(かいこん)も増していきます。にもかかわらず(nevertheless)、自分を正当化したい、かばいたい、過去の自分を再評価したい気持ちが、頭をもたげ始めます。人は誰しもが、いやな過去のことは忘れ去りたいのだし、完全消去さえしたくなるものです。年老いて過去の自分を否定せざるを得ない時、憂き世(つらい世)で生きる延びるための自己愛(小心・焦心・傷心)を彼の生き様に見ることができます。その自己愛は、現在(内部)と過去(外部)を繋ぐための扉(知恵)です。私たちは過去・現在・未来という時間軸に何かしら連続性を欲し、その連続性に深淵と安らぎそして生きるエネルギーを湧かせるのです。

イシグロ氏は、ひらかなが読める程度で、自由に日本語を読み書きして、日本語で考えて、書いたり話したりすことはできないようです。にもかかわらず(nevertheless)、自分の一部は「日本人」であると語ります。彼に老画家・オノの姿を重ねると、自分(英国・現実・内部・現在)と両親(日本・想像・外部・過去)を繋ぐための扉が「日本人」であるように見えてきます。

2011年1月24日の来日の際に、駐日英国大使館で記者会見した時の映像。

日本の生活(文化)を英語で表現する勉強になる小説でもあり、一読に値します。本書を紐解くことをお勧めします。なお、邦訳の『浮世の画家』の表紙には浮世絵が描かれているのですが、本作は戦後の「憂き世(浮世:つらい世の中)」に生きる老画家・オノが主人公なのであり、現代風(浮世絵)の画家を描いてはいません。

彼は、英国では10年ぶり、「日本人」(日本出身者)としては23年ぶりのノーベル文学賞を受賞なさいました。

おめでとうございます。


大きな笑顔の良き週末を。  感謝


【カズオ・イシグロ氏の長短編小説】
’A Strange and Sometimes Sadness’, ‘Waiting for J’, and ‘Getting Poisoned’ in Introduction 7: Stories by New Writers 1981年
A Pale View of Hills 1982年 『遠い山なみの光』
An Artist of the Floating World 1986年 『浮世の画家』
The Remains of the Day 1989年 『日の名残り』
‘The Summer after the War’ 1990年 『戦争のすんだ夏』
‘A Family Supper’ 1990年 『夕餉』
The Unconsoled 1995年 『充たされざる者』
When We Were Orphans 2000年 『わたしたちが孤児だったころ』
‘A Village After Dark’ 2001年 『日の暮れた村』
Never Let Me Go 2005年 『わたしを離さないで』
Nocturnes: Five Stories of Music and Nightfall 2009年 『夜想曲集―音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』
The Buried Giant 2015年 『忘れられた巨人』