平成時代 DNAの30年「読み解く」(5)を転載させていただきます。お楽しみください。
「読み解く」(5) 魚の種類1杯の水で
(読売オンライン 2018年02月02日)

琵琶湖全域1日で調査
 海や川からコップ1杯の水をくむだけで、そこにすむ魚の種類がわかる。動物のふんなどに混じって放出され、水の中に漂う環境DNAを読み解く手法が今、希少動物や生態系の調査方法を大きく変えようとしている。
 2015年からこの手法を琵琶湖(滋賀県)の魚類調査で試している龍谷大講師の山中裕樹(38)は「環境DNAの検出結果を見て、外来種の広がり方の深刻さに衝撃を受けた」と話す。
 年4回、琵琶湖を車で1周して沿岸21か所で水をくみ、含まれている環境DNAを調べたところ、外来種のオオクチバス(ブラックバス)やブルーギルのDNAが、ほぼ全ての調査地点で一年を通して検出された。
DNA5-1 琵琶湖では1980年代後半からオオクチバスなどが急増し、固有種の生存を脅かしているとして問題化。滋賀県は外来種の駆除に力を入れてきたが、調査結果は対策の難しさを浮き彫りにした。
 一方、固有種のホンモロコのDNAは湖北側で産卵期の春だけ検出された。普段は沖合にいるとみられる。
 従来の調査では船を出し、定置網を仕掛けるなどして魚を捕獲していたため、1か所だけで何日もかかったが、この方法なら琵琶湖全域の現地調査が1日で終わった。活用が広がれば、各地の生態系の把握が、よりスムーズになるかもしれない。

 環境DNAは、DNA研究の中でも新しい分野だ。最初の報告は2008年、仏チームが池の水からウシガエルのDNAを検出したこととされる。日本でも、川や海の魚類のほか、夜行性で発見が難しいサンショウウオなどの調査で成果を上げてきた。
DNA5-2 陸上の生物にも応用が広がる。東京農業大教授の松林尚志(ひさし・46)は16年、マレーシア・ボルネオ島北部の熱帯雨林で、野生動物の調査に環境DNAを活用。動物たちの水飲み場になっている湧き水の周辺にたまった水を調べると、オランウータンやアジアゾウ、牛の仲間のバンテンなど6種類の絶滅危惧種のDNAを検出できた。

湧き水近くに姿を現したボルネオ島のオランウータン(松林教授提供)
DNA5-3 これまでは無人カメラを数か月以上設置して、動物が実際に来る姿を捉えるチャンスを待つしかなかった。松林は「開発のスピードが早い東南アジアでは、短期間で生態系を調べる必要性に迫られており、強力な調査手段になる」と話す。

 課題も指摘されている。環境DNAに詳しい龍谷大教授の近藤倫生(みちお・44)は「希少な生物がどこにいるか簡単にわかるので、密漁や乱獲に悪用される恐れがある」と懸念する。
 調査の具体的な手順や得られたデータの管理方法について、現在は統一したルールがない。近藤らは今春、環境DNAに関する初の学会を設立して課題をまとめ、調査のマニュアル作りなどを進める方針だ。「適切なルールを作り、将来は各地で環境DNAを定期的に調べて、気象観測のように生態系の異常をいち早く察知できるようにしたい」と、近藤は語る。
 生命の設計図・DNAを読み解く技術は、身近な医療から熱帯雨林の環境まで社会全体に波及してきた。今後、この技術をどう使いこなしていくかが問われている。

◆繁殖計画に一役、ペアの相性も判明?
 DNAを調べる技術は、動物の飼育や繁殖、生態の研究などにも欠かせないものになっている。
 京都市動物園ではペンギンやインコなどの鳥類で、DNAを調べて性別を判断している。外見だけでは判別が難しく、雄のつもりで飼育を始めた個体が雌だったというケースもあったためで、繁殖計画に役立てているという。
 また、サルなどではDNA検査で親子関係を把握している。同園の獣医師は「貴重な動物の飼育を続けていくには適切に繁殖させる必要があり、DNAの情報が役立っている」と話す。
 京都大野生動物研究センターは2008年から様々な動物のDNAを収集し、現在は620種、約2万7400個体のDNAを保存。動物の性格や行動と、遺伝子との関連を調べている。同センター長の村山美穂(53)は「イヌなどでは性に関わるホルモンの遺伝子の違いから、攻撃的な性格かどうかがわかる。繁殖させる動物のペアの相性などを調べる手法に応用したい」と力を込める。
(敬称略、第1部終わり。冬木晶、諏訪智史が担当しました)

◆環境DNA 水や土壌など環境中に含まれる生物のDNA。動物の場合、ふんや唾液、粘液などに混じって放出される。生物の種類だけでなく、DNAの量から個体数を推定する研究も進んでいる。