「人生は夕方から楽しくなる」と題された、作家・丸山健二氏への毎日新聞記者・藤原章生氏によるインタヴュー記事に清々しいものを感じました。転載させていただきます。生彩ある人生のエッセンスをお楽しみください。
人生は夕方から楽しくなる
作家・丸山健二さん

(毎日新聞2017年7月7日 東京夕刊)
「年を取るほど生命力があふれギラギラしてくる。肉体的って言うより精神的に精力が増してくる感じがするな」=長野県大町市で
丸山健二15年で全集書く 枯淡?大嫌いだ
 「『夕方から楽しく』? そりゃ、ぴったりだ、今の俺に。なんか、運命的な感じがするなあ。いろいろ結びついた、結晶したっていうのか」
 自宅のある長野県大町市。駅で迎えてくれた作家はこわもてのイメージを裏切り、ずいぶん上機嫌だ。「いや、この9月から全集を出すことが決まってね。俺は注文には応じないの。出版社を自分で選ぶから。それで、いろいろ企画を提案してくれてた出版社、柏艪(はくろ)舎(札幌市)に電話で持ちかけたら、一発で乗ってきて、代表と編集者が飛んできてくれて、とんとん拍子で決まったんだよ」
 全集といっても短編集を含む70冊を超す過去の小説群をただ集めるのではない。過去半世紀、切れ目なく書き続けた末に到達した、今の文体で新たに書き下ろす。「もう3作品は書いてて、9月には『争いは樹の下で』(1996年作品)を出すんです。全部書き直すからあと15年はかかるし、100冊にはなる。全部読めば、人間と森羅万象、すべてが一つにまとめ上げられた物語になる。今、その入り口にようやく立てた気がする。今までの俺の人生は助走だった、これでようやくジャンプできるんだという、初めてそういう……。だからもう、うれしくて」
 73歳である。庭仕事と野山を駆け回る鍛錬で、酒、たばこ、かけ事は一切やらない求道僧のような作家の熱量は相当なものだが、15年というと88歳になる。「だから、書いてる途中で死ぬんです。ずっと俺の本を読んできてくれた柏艪舎の代表は俺より年上だから、2人して討ち死にしようって言ってんの」
 66年。22歳で発表したデビュー作「夏の流れ」で文学界新人賞を射止め、その年の芥川賞も取る。当時「老成」と評されたが、「女にもてたい願望を安っぽく書いて、2人の女に挟まれて悩んでる僕ちゃんみたいなことで喜んでる文壇ってのが嫌で、それを文学だと思って読んでるおたんこなすの読者たちにもうんざりして」、小説から心が離れた時期もあった。
 「で、30代の後半のころ、時間があったんで、ある短編を嫌っていうほど直したんです。もう直すところないだろうなと読み返すとまだある。そのとき、俺は今まで自分をバカにしてたなと気づいたんです。この腐った文壇の腐った小説なんかと比べ、一馬身か半馬身くらい前に出て得意になってんじゃないぞ、なに怠けてんだと」
 以来、日曜日も正月もなくひたすら書き続け、文体を究めてきた。「腕の上達ってのはこう、直線では上がらず、階段状に上がるんです。しばらく平らで、あるとき、ボーンと一段上がる。そのためには毎日本当に気をつけてトレーニングをしないと、今の状態も維持できない。多くの作家が本業もそこそこに、賞の選考委員や、エッセー、旅行記なんかにかまけてるうちに書けなくなるんです
 常に腕が上がるなら、全集を書き上げる15年の途上、何度か階段を上がるはずだ。するとまた作品をいちから書き直さねばならない。永久運動ではないか。そう問うと、「そうそう」とうれしそうに応じた。「底無しなんだ。延々と書いて書いて、死んでも書いてるね」
 親、教師、文壇、世間、国……。何事にも刃向かう気質はいつからなのか。「子どものころからずっとそう。親を最初からバカにしてたし、小学校高学年でオヤジに説教してたから。『女房の言いなりになってちゃダメだろ』って。親は俺がいつかとんでもない事件を起こすと思ってて、俺が芥川賞取ったとき、真っ青になったの。あの野郎、盗作じゃないかって」
 最近うれしいのは、そんな自分をより客観的に見られるようになったことだという。「うちのかみさんはペットが好きなんで、この前、オウムを買いに行ったら、店員がうまく捕まえられないの。バタバタ羽根が飛んで、年配の店員もダメで、『それでもプロか』って言ったんですよ。そしたらそいつが『買わないで帰ってもらうって選択肢もあるんですよ』なんて言いやがって、てめえ、この野郎って、一発かましてやろうって思ったんだけど、店長が謝ったんで、まあ収まったの。昔の俺なら瞬間だからね。自分を抑えられる俺になったなあと思うとうれしくて。自分がやるべき事がはっきり見えた効果だと思うね。くだらん事にかまってらんないと」
 枯淡とは無縁のすさまじい70代。「枯淡? 大嫌いだ、ああいうの」【藤原章生】

■人物略歴 まるやま・けんじ
 1943年生まれ。東京都内の商社に勤務していた66年に作家デビューし、68年、故郷の長野県大町市に移住。代表作に、人間や動物など千の語り手が物語をつむいでゆく「千日の瑠璃」。最新作は「おはぐろとんぼ夜話」。


大きな笑顔で軽快に参りましょう。