第8回世界水フォーラム「水と災害」ハイレベルパネルにおける皇太子殿下基調講演
平成30年3月19日(月)
ブラジル・ブラジリア
ウリセス・ギマランエス・コンベンションセンター


繁栄・平和・幸福のための水
ハン・スンスHELP議長閣下
ヤーノシュ・アーデルハンガリー大統領閣下
ご列席の皆様 

1.はじめに
 ここ豊穣と発展の国ブラジル連邦共和国の首都ブラジリアで開催される第8回世界水フォーラムにおいて基調講演を行う機会を頂いたことを嬉しく思います。まず初めに,昨年もアジア,南米,北米,欧州,アフリカ,大洋州,小島嶼国などで多くの水害がありました。日本でも九州地方で豪雨災害が発生し大規模な被害が発生しました。こうした災害で亡くなられた方の冥福をお祈りし,被害を受けた方々にお見舞いを申し上げるとともに,今までの災害で被災した地域の一日も早い復旧,復興をお祈りいたします。

2.国と地域繁栄の礎としての水
 ブラジルは各国から多くの移民を温かく受け入れてきた寛容の大国でもあります。本年,日本からブラジルへの移民110周年を迎えます。この国に現在の繁栄と発展をもたらしたすべての人々に心からの敬意を表したいと思います。
 この国に渡った多くの人々が土地の開墾と農業に携わったと聞いています。それには農作物を実らせる広大で肥沃な大地と豊かな水資源が欠かせないものでした。
 また,この国には地球の二酸化炭素循環において大きな役割を果たす広大な熱帯雨林や,アマゾン川やラプラタ川などの多くの大河,国をまたがる巨大なグアラニ帯水層などがあります。これらの水に関係する地域は,この国の成長と発展のみならず,地球全体の気候のバランスの維持や生物多様性の保持に重要な役割を果たしています。
 このように,すべての地域・国々において,人々の生活の安定と社会の発展のために水は欠かせない要素ですが,歴史を通じて,私たちにとって水は無為のうちに手に入るものではありませんでした。人類の歴史は自らの繁栄,平和,そして幸福のために水に働きかけてきた歴史ともいえましょう。

3.経済と社会の発展のための水
 では,具体的な事例を見てみましょう。この写真は私が2014年に訪れた日本の中部にある明治用水です(写真1)皇太子 図1。この用水がある安城台地一帯では,江戸年間,人々は慢性的な水不足に苦しめられてきました。また,この生産性の低い荒れ地において,少ない水をめぐって争いも絶えなかったとされています。
 1800年代初頭,豪農の都築弥厚(つづきやこう)翁によりこの地を貫く大規模な灌漑用水事業が発想されました。そして,その志は後進に引き継がれ,約半世紀を超える努力の末に完成しました(図1)。皇太子@図1明治用水と名付けられたこの一大事業により(図2),皇太子@図2安城台地一帯は日本有数の農業地帯として発展しています(写真2)。皇太子@写真2私も2014年に現地の水源管理所を訪れましたが,水位の監視や適切な配水などが行われることにより,現在でも明治用水によって水が流域に安定して供給されています。地域の経済と社会の発展に水が果たす役割を示した一例といえましょう。
 もう一つの事例を見てみましょう。私たちは水を論じ,行動するときに「水」だけに目を向けがちですが,実は水以外の分野にも目を向ける必要があります。私たちが今立っているブラジリアを含む地域は,写真で御覧いただけるようなセラードと呼ばれる広大な荒れ地でした(写真3)。皇太子@写真3ブラジルの国土の4分の1を占めるセラードは,かつては不毛の乾燥地帯と考えられていました。長年の研究の末,セラードの低生産性は,その主因が水というよりも土壌の性質であるとされることが明らかになり,これをもとに主に土壌の開発と種苗の改良が続けられました。また,天水利用,灌漑,その他の利水事業が必要に応じ行われました。これらの取組により,セラードは非常に豊かな農業地帯へと変貌を遂げました(写真4)。皇太子@写真4
 昨日,私は1982年に一度訪れたセラード農牧研究所(CPAC)を36年ぶりに再訪しました。ブラジルと日本の人たちの今も昔も変わらぬ高い志とこの地を豊かな農業地帯に変えようとするたゆまぬ努力に触れ,強く印象付けられました(写真5,6)。皇太子@写真5皇太子@写真6この図はブラジルの大豆生産量をセラードと非セラードに区分して示したものです(図3)。皇太子@図3そして,こちらは綿花の生産量の推移です(図4)。皇太子@図4私の訪問から36年後の現在,人々の夢がかない,セラードは世界有数の農業地帯に生まれ変わったのです。
 今,国際社会では「水,食料,エネルギー,自然生態系の枢軸」が提唱され,分野横断連携の重要性が叫ばれています。水に関わる人々が他分野の人々と密接に連携することで新しい発展の地平線が開けてくるでしょう。

4.水を分かち合う
 次に水を分かち合うことの大切さについて触れておきたいと思います。
 これは日本の山梨県にある三分一湧水と呼ばれる江戸時代から使われてきた分水施設です(写真7)。皇太子@写真7三分一湧水では今でも日量8,500トンという豊富な湧水があり,今では地域の豊かな農業を支えています。
 この施設の水源地域は,八ヶ岳と呼ばれる南北30キロメートル,東西15キロメートルにも及ぶ山の連なりの南側になります(写真8)。皇太子@写真8八ヶ岳は,かつては火山で,北部は原生林,草原,湖が点在するのに対して,南部は険しく,2,500メートル以上のピーク(峰)が連なっています。八ヶ岳は人気があり,私も好きな山の一つで,標高2,899メートルの最高峰の赤岳を始めとして,今まで3回ほど登っています。この写真は,私が2005年9月に,八ヶ岳の最南端の編笠山から撮ったもので,左の岩山が赤岳で右側が権現岳です(写真9)。皇太子@写真9実際に登ってみるとよく分かりますが,写真からも急峻な地形であることがお分かりいただけると思います。この登山の際に,湧水「乙女の水」を口にしましたが,大変冷たくておいしい水でした(写真10)。 皇太子@写真10
 溶岩や火山礫が多く,水が浸み込みやすい八ヶ岳南麓では,降った雨や雪は地下水となります。地下水は,水を通しにくい粘土の層の上で貯えられやすいことから,標高約1,100メートル地点には多くの湧水があります。しかし,こうした湧き水はあるものの,これより下の台地では大きな河川がないため水が不足し,農業用水を湧水に頼らなくてはなりませんでした。そして,この限られた水をめぐり集落同士の争いが絶えませんでした。また,大雨が降ると,「押ん出し」といわれる山崩れが頻繁に発生し,堰や用水路を押し流しました。この写真は,1943年の押ん出しによって,山から押し流されてきた幅6メートルの巨石であり,その被害を後世に伝えるために碑文が刻まれています(写真11)。皇太子@写真11
 この図をご覧ください(図5)。皇太子@図5この古文書は1725年のものですが,山崩れにより上流の堰が埋まったため,堰からの分水路を変更することについて利水者が協議した結果の合意書で,同時に分水路が絵図で詳述されています(図6)。皇太子@図6分水はこの地域の人々にとって文字通り死活問題であったことが見て取れます。
 水を分かち合うための努力と工夫が,この三分一湧水の名前に表われています。この分水施設では,名前のとおり,湧水を「三分の一」に分け,下流にある3地区にその水を均等に配分しています。その仕組みはまず,湧き出た水を「分水池」と呼ばれるこの人工の池に一端集めます。そして,この分水池の真ん中にご覧のように「水分石」という三角形の石を置き,三方向へ均等に水を配分します(写真12)。皇太子@写真12現在のように水分石の位置が固定されていない時代は木柱が置かれ,この位置を変え,みんなが納得のいく位置を決めていたということからも,現在の形と位置に落ち着くまで地域の人々の間で様々な議論や試行錯誤があったことが伺えます。水を分かち合うために透明性が重視されてきたことから,この分水が目に見える形で平等に行われていることも,注目されるべきでしょう。また,この等しく分けられた貴重な水が盗られないように,そして,途中で水路が破損し,漏水しないように,地域住民が「水番」として,交代で水路の見回りを行います。
 この絵は,想像上の白蛇を描いたものです(写真13)。皇太子@写真13地域の伝説によると,江戸時代に発生した押ん出しの濁流に乗って1匹の白蛇が山から下ってきたというものです。災害が終わると,白蛇はどこかへ消えたのですが,それ以来,三分一湧水を壊したり水源林を切ったりすると白蛇の怒りに触れると言われています。水と水源を守る地域の知恵ともいえましょう。
 このように,この地域の人々は長きにわたり議論を積み重ね,巧妙な仕組みを構築し,透明性を担保することによって,干ばつや水災害と闘いながらも,水を分かち合い,争いを減じてきました。この潤いを感じさせる美しい三分一湧水は,水を分かち合うことのシンボルといえます。
 ここでは日本の例を見てきましたが,歴史を通じ世界にも水を分かち合う工夫は多くあります。その仕組みは施設や慣習にとどまらず,社会システム,法制度,条約にまで及びます。その中で水に関する情報を共有し,協働して水や水源を守り,異なる水利用を折り合わせることは,人々が水を分かち合い,繁栄,平和,そして幸福を分かち合う第一歩と言えます。

5.地球全体の繁栄に果たす水の役割−科学技術の眼を通して―
 今まで地域における水への働きかけと,水を分かち合うことによる繁栄と平和の歩みを,事例を通じて見てきました。ここでは,科学技術の力を借りて,より広く,地球全体の繁栄に果たす水の役割を俯瞰していきたいと思います。
 この写真はブラジルのマナウスにある森林と大気の境界層を観測するタワーです(写真14)。皇太子@写真14一方,こちらはロシアのヤクーツクにある同じ観測タワーです(写真15)。皇太子@写真15このようなタワーの観測結果などから地球の大気や熱の動きとそれに関わる水の役割が明らかになってきています。
 皆さんは夏に庭や路面に水を撒くと周りが涼しくなった経験はないでしょうか。日本ではこれを「打ち水」といいます(写真16)。皇太子@写真16これは撒いた水が蒸発するときに地表の熱を大量に吸い取るために起こります。そして水蒸気は上空に立ち上っていきます。実はこの現象は地球規模でも起こっています(図7)。皇太子@図7海洋面を含む地表面が太陽光で熱せられると,地表面にある水や湿気は,蒸発し,同時に熱を奪い取ります。水蒸気は,空気とともに上空へ向かった後,凝縮されて雨粒となります。そして,雨が降った後,乾いた空気は地表に戻ります。この仕組みが,地表面の過熱を防いでいます。また,この仕組みが,対流圏における空気と水の循環を作り出しています。
 一方,海洋にある水は海流により移動します(図8)。皇太子@図8この仕組みを通じ,熱帯で温められた水は移動して寒帯の大陸を温めているのです。つまり,海流とともに地球上の熱は大きく移動しています。
 全体的に見ると,水の助けにより,地球上を熱が縦方向にも横方向にも循環しているとも言えます。この縦方向と横方向の水の移動がなかったとしたら,地球は過熱し,また極端に熱せられた地域と冷やされた地域に分かれ,とても生命が維持される環境にはなりません(図9)。皇太子@図9
 水が生み出す地球上の大気循環は地上の自然環境形成にも大きな役割を果たします。アマゾン川流域は熱帯雨林と多様な生態系で知られるわけですが(図10),皇太子@図10実はアマゾン川流域に降る大量の降雨は土壌のリンを海洋に流出させています。このままでは生態系の維持に必要なリンが枯渇してしまうと考える人もいるでしょう。それにも関わらず長きにわたり,アマゾン川流域の肥沃な土壌における豊かな生態系は維持されてきています。何故でしょうか。答えはアフリカ大陸にあります。
 この図は上空を飛ぶ砂の量を衛星から測ったものです(図11)。皇太子@図11アフリカのサハラにあるボデレ低地から舞い上げられたリンを含む大量の砂が大気の大循環に乗って飛び,大西洋を渡って南米大陸に降り注いでいます。その量は年間4,500万トン,アマゾン川流域には2,700万トンにも上ることが最近の人工衛星観測から推定されています。これにより,アマゾン川流域の土壌にはリンが持続可能に供給されているとされます。アマゾン川流域の生物多様性は,水が関係する空気の循環により,アフリカのサハラとつながり,サハラのおかげで,持続可能性が確保されているという壮大な絵図が科学の目を使って描かれ始めました。
 このように水は水圏,気圏,地圏の循環すべてに広く関わり地球上の生命の繁栄の基礎をなしています。今後,科学技術が水を通じた人類の繁栄に更に貢献することを期待しています。

6.気候変動と水災害
 こうした水を通じた地球上の絶妙な熱バランスが,人々の生活と繁栄を維持していることに,皆さんはもうお気付きのことと思います。しかしながら,このバランスは現在脅かされています。何が原因でしょうか。それは,地球の温暖化と気候変動です。
 その影響が真っ先に感じられるのが異常な降雨や洪水,干ばつに起因する水災害です。このグラフはドイツ,米国,日本における豪雨頻度の経年変化を表したものです(図12)。皇太子@図12近年,豪雨の頻度が増加していることが分かります。この図は気候変動シミュレーションにより二酸化炭素濃度が増加した場合の地球規模での降雨強度の変化を表しています(図13)。皇太子@図13二酸化炭素濃度が増加した場合,より狭い区域で,より強い豪雨が現れる予測結果が示されています。こちらは,インドでの予測結果ですが(図14),皇太子@図14二酸化炭素濃度の増加により,より深刻な渇水が発生する予測結果となっています。
 水災害は一見,地域や河川ごとに起こるローカルな問題にも見えます。しかし,科学的な分析によれば,近年頻発する水災害はその遠因に気候変動があるのです。我々が,今何も対策を立てなければ,等比級数的に被害が激化していくことが懸念されます。水災害により,私たちの先代が重ねてきた発展のための努力の成果がわずか数日,場合によっては数時間で消し飛んでしまいます。こうした地球規模で発生する自然の脅威に対抗するため,国際社会は結束して対処していく必要があります。

7.水を人々の繁栄・平和・幸福のために―国連持続可能な開発目標すべての達成に向けて―
 2015年に国連では,持続可能な開発のための2030アジェンダが採択されました。水は第6目標として独立して掲げられるとともに,水関連災害の問題もターゲット11.5に盛り込まれています。この中で,水は貧困や,教育,ジェンダーの問題などの主要な開発目標に関連した横断的課題と捉えられています。しかし,水に関する目標やターゲットが解決されればこうした主要な課題が自動的に解決されるわけではありません。寧ろ私たちは,水とこうした様々な課題の因果関係を丹念に読み解き,横断的に物事を捉え,すべての課題に関わる人々と協力することで,包括的な解決を目指す必要があります。このためには,水に関わる人々は,ジェンダー,教育,難民,移民,貧困問題などの主要な問題に取り組む人たちとの対話を積極的に行っていく必要があります。
 水はまた,地域の人々が穏やかに安心して暮らすためになくてはならないものです。水災害や干ばつ,地域の不安定化などによって最も大きく影響を受けるのは女性や子供,お年寄りやハンディキャップのある人たちなど,いわゆる社会的に弱い立場にある人々です。国際社会は,緊急事態などいかなる状況にあっても,水や衛生が持続的に確保されることを重視していく必要があります。
 歴史の中で水は,多くの場面で地域の安定と協力を促す有効な手段として機能してきたと伺っています。これは先人たちのたゆまぬ努力と工夫によって成し遂げられてきました。私たちもその歴史の経験から学び,人々の繁栄,平和そして幸福のための水行動を起こすことが求められていると言えましょう。
 本年7月には国連ハイレベル政治フォーラム(HLPF)で水の集中議論が行われます。この第8回世界水フォーラムが,国際社会が直面する主要な,そして,差し迫った諸課題の包括的解決に向けて,議論を深め,行動を起こしていくきっかけになることを期待しています。

8.おわりに
 最後に,この基調講演を私の心からの希望を表明して,終えたいと思います。21世紀は水の世紀であると言われていますが,その言葉が一つ進み,21世紀は水による繁栄,平和そして幸福の世紀であったと後世の人々に呼ばれることとなるよう願っています。引き続き,私も強い関心を持って見守っていきたいと思います。

 ご静聴ありがとうございました。