slack創業者 スチュワート・バターフィールド
slack創業者 スチュワート・バターフィールド (Photo by Mindy Best/Getty Images)
働き方を変える「Slack」、急成長の舞台裏
会社の合い言葉は「しっかり働き家に帰ろう」
(東洋経済オンライン 倉沢 美左 : 東洋経済オンライン編集部 2018/09/26 7:30)

 「これは単なる熱狂なのか、それとも本当に変化が訪れているのか。君はどう思う?」9月上旬、アメリカのサンフランシスコで開かれたあるイベントで、ランチの時間たまたま隣り合わせたアメリカ人の記者が、参加者にこう問いかけていた。
 熱狂――。アメリカでは新しい技術やサービスが出てきたときに、消費者の興奮状態をこうやって言い表すことが多いが、この日開かれていた「Slack(スラック)」の顧客向けイベントもちょっとした高揚感に包まれていた。前述の記者の問いかけに、前にいた男性はこう返した。「中身のない熱狂じゃない。使ってみれば絶対にわかるから」。

仕事は複雑化し、働き方も変わっている
 スラックは簡単に言うと、企業向けチャットソフトだ。テーマ別に「チャネル」と呼ぶトークルームを作ると、そこに参加している人のやり取りが時系列で表示されていく。「職場用のLINE」といえばイメージしやすいだろうか。オフィス内外のコラボレーションやコミュニケーションを容易にするとして導入する企業が増えており、日本でもヤフーが全社で導入すると発表したばかりだ。
 誕生から4年でスラックを毎日使うユーザー数は全世界で800万人(5月時点)と昨年の9月から200万人増加。そのうち300万人は有償サービスユーザーであり、こちらは昨年9月から100万人増えた。ベンチャーキャピタル(VC)からの評価も高く、8月末には新たに4億2700万ドル(約480億円)を調達。評価額は71億ドル(約8000億円)と、この2年で約20億ドル(約2200億円)膨らんだ。熱狂とまでは言わないまでも、新しいモノ好きのアメリカ人、とりわけハイテク関係者が期待を持つのは不思議ではない。
 実際、ビジネスチャット市場は盛り上がりを見せている。かつてはメールで用事が済んでいたが、今は部署をまたいで複数人が関与する横断的プロジェクトが増えたり、会社以外で仕事をする人が増えている。こうした中、複数人のやり取りに向いたチャットが重宝されるようになっており、マイクロソフトやグーグル、フェイスブックなどがビジネスチャットツールを提供。マイクロソフトやアマゾンによるスラック買収も取りざたされている。
 とはいえ、メールを使い慣れている人からすると、スラックを取り入れる利点は見えにくいかもしれない。これに対して、スラック共同創業者のスチュワート・バターフィールドCEOはこう説明する。

「コミュニケーションが個人のメールボックスから、チャネルに移行すると、透明性が格段に増す。ここで言う『透明性』とは、スラックのユーザーがチームのほかのメンバー、あるいは、組織のほかの部署の人たちがどんな仕事をしているのか、という見通しがよくなるということだ。社員だれもが必要な情報を得ることができれば、生産性がアップするだけでなく、職場の雰囲気もよくなる」

 実際に導入したシェアオフィス大手「WeWork(ウィーワーク)」コーポレートテクノロジー部門のレノア・バジル上級副社長は、「スラックを使い始めたら、それまであるとわかっていなかった職場の摩擦や問題までもが見える化されて、それも解決することができた」と話す。
 スラックが先行するのは、市場投入が早かったからというだけでなく、チャットに焦点を絞っていることもあるだろう。ゆえに、ユーザーインターフェースがシンプルで感覚的に使いやすいし、グループ別ではなく、プロジェクトや用件別にチャットに参加できるというのも使い勝手がいい。連携できるツールが多いのも強みだ。
 だが、スラックがユニークなのは、ツールそのものというより、それが生まれている環境にあるかもしれない。まず面白いのが、カナダ出身のバターフィールドCEOの経歴である。

失敗したゲーム事業から誕生したスラック
 複数の報道やインタビューによると、元ヒッピーの両親に育てられたバターフィールドCEOは3歳になるまで電気も水道もないログハウスで暮らした。その後、都会に移り住み、両親が買ってくれたパソコンで自らプログラミングを覚えるも、大学ではコンピュータ科学を学ばずに、哲学の学部に進み、修士号まで取得している。
 大学院を卒業してからは、起業したり、フリーランスのウェブデザイナーとして働いたりしていたが、2002年にゲーム会社を設立。ゲーム自体はうまくいかなかったものの、ゲームで使われていた写真共有サービスが人気となり、これが後に「Flickr(フリッカー)」となった。
 その後、フリッカーはヤフーに買収され、バターフィールドCEOもヤフーでしばらく働いたが、2008年に退社。2009年に再びゲーム会社を立ち上げるが、これも思うようにいかない。ただ1つ、社内コミュニケーションで利用していたチャットツールは使い勝手がよく、これを軸に2014年にスラックを立ち上げた。
 いわゆる連続起業家なわけだが、注目したいのは、バターフィールドCEOの年齢である。同CEOは1973年生まれの45歳。グーグルの創業者2人や、テスラのイーロン・マスクCEOといった上場組と同世代で、ピンタレストやエアビーアンドビーなどユニコーン企業の経営者より10歳ほど上だ。経験値が豊富なせいか、急ピッチで評価額が上がっていることに対しても浮ついた様子はなく、「ビジネス観」もほかのシリコンバレーの経営者に比べると慎重にみえる。
 それは、先に調達した4億2700万ドルの使い道を「決めていない」ということからもうかがい知れる。

「現時点で使い道は決まっていないが、それは柔軟に使えるということでもある。私が生まれたのは1973年でちょうどスタグフレーションの時期だった。1992年には、不動産業を営んでいた私の父の会社が倒産した。金利が15%もあって多くの不動産屋が廃業に追い込まれた時代だ。
 1991年に高校を卒業したときは不景気だったし、その後ネットバブルも経験しているし、破綻したリーマン・ブラザーズの株も持っていた。だから、景気は循環することを、身をもって知っている。資金調達しやすい環境で資金を得ることは、今後環境が悪化する可能性を考えるととても堅実なことだし、景気が悪くなったときに現金を持っていることは強みにもなる」

社風はアンチシリコンバレー的?
 バターフィールドCEOの経営哲学は、スラックのオフィスや社風にも表われている。同社の合言葉は、「Work hard and go home(しっかり働き家に帰ろう)」。実際、サンフランシスコのオフィス街にある新社屋に、午後6時半に訪れてみると、ほとんど誰もいない。
 シリコンバレーやサンフランシスコのハイテク企業の“名物”と言えば、卓球台やゲームルームや、いつでも食べ放題の食堂などだが、スラックの本社にはこうしたものは一切ない。
 バターフィールドCEOは言う。

「社員の多くは日常生活において、責任感や忠誠心を抱く対象がいくつかある。そのうち1つが会社であって欲しいと思うが、彼らにとっては家族のほうが大事なことも認識している。コミュニティの一員や一市民として、地域の行事に携わることもあるだろうし、宗教が大事な人もいる。
 職場での時間を効率的に使って、プロ意識を持って働けば、誰だってちゃんと定時に帰宅できる。そういう会社であれば、より多くの対象者の中から採用できる。優秀な人で子育てをしている人は少なくないからね。
 それに、そういう働き方のほうがより生産的でもある。だいたい人が1日において徹底的に集中して仕事をできる時間はかぎられている。その生産性の高い時間にしっかり働き、あとは休んでもらったほうが、卓球時間3時間を挟んで16時間働いてもらうよりずっといい」

 だからと言って、日本のオフィスにありがちな無味乾燥な感じでもない。10階建ての新社屋では、それぞれのフロアに「砂漠」や「海」といったテーマがある。
 たとえば砂漠がテーマのフロアの壁はしっくいだったり、サボテンが並んでいたりと、かなり本格的。デザインの仕事をしていたことがあるバターフィールドCEOはアート好きでもあり、各フロアには若手アーティストの作品が数多く飾られている。
 ちなみに、本社内にバターフィールドCEOの個室はない。「どこにもないんですか?」と尋ねると、「いろいろなところをまわっている」と一言。ある社員によると、「入社してすぐ話しかけにきてくれた。今では互いにインスタをフォローしている」とのこと。かなり気さくなようだ。
 各フロアにオープンスペースを設けるなど、部署が異なる人同士が話をしたり、声を掛けたりしやすい工夫も施されている。

「いつでも食べ放題」にしない理由
 食堂のポリシーもまたユニークだ。ハイテク企業では、朝昼晩と無料で食べ放題ということが少なくないが、スラックが提供するのは月曜日の昼食と金曜日の朝食のみ。それには、特定の企業と契約をしてそこのモノばかりを食べるのではなく、「外に出て近所の店にお金を落とすだけでなく、社外でいろいろな体験をするべき」という考えがあるから。月曜日や金曜日の食事も同じところから調達するのではなく、日ごとにいろいろな店から取り寄せるようにしているという。
 急速に成長しているハイテク企業でありながら、どこか成熟していて、落ち着きがあって、あくせくしていない。それが、多様な人材の採用につながり、多様な働き方に対応できるようなツールの開発につながっているのだろうか。
 目下、800万人のユーザーを抱えるスラックだが、これは同社がポテンシャルユーザーとみる2億人のたった4%にすぎない。すでにユーザーの半分以上がアメリカ外というスラックが、中でも大きな市場と見ているのが日本である。実際、日本のアクティブユーザー数は50万人と、アメリカに次いで2番目に多い水準だ。将来的に、この数は「東京だけでも500万〜800万人に膨らむ」(バターフィールドCEO)とかなり有望視している。
 それには、スラック導入によっていかにコミュニケーションやコラボレーション環境が改善されたのか、という成功ストーリーを伝播していかなくてはならない。スラックは、単一チームで導入しただけではそのダイナミズムはおそらく感じられない。部署や職域の異なる人たちがコラボするツールとして使うことで、初めてその利便性がわかるかもしれないだけに、全社導入に向けた働きかけは重要になる。
 さらに、今後収益面で成長するには、有償サービスの利用者を増やす必要がある。現在、スラックには、ストレージの規模や検索機能、やり取りできるメッセージの数などに応じて、無償を含む3段階のサービスを提供している。昨年9月時点でスラックは有償サービスユーザー200万人から年間2億ドル相当の継続的な売り上げがあったことを明かしており、有償サービスユーザーが100万人増えた今年は年間3億ドル相当の売り上げになっている可能性もある。もっとも、今でも半分以上は無償サービスを利用しており、今後も機能拡充など既存利用者をステップアップさせる方策が欠かせない。
 近年、ハイテク業界は「GAFA」と呼ばれるグーグルやアップル、フェイスブック、アマゾンという大手ハイテク4社に“支配”されつつあり、新しいサービスや技術が出てきても巨人たちが、資金力を武器においしいところをもっていってしまうことが少なくない。
 それでも、バターフィールドCEOは、「小規模で、1つのことに特化している会社はそれこそが強み」と言う。マイクロソフト、グーグル、フェイスブックのような会社も駆け出しのときはそうだった、と付け加える。世界的に働き方を見直す動きが加速しているのは追い風だろう。

 いくつものアップダウンを経験したバターフィールドCEO。今度こそ自らの会社を大きく育てられるだろうか。


専門分化した人々(個々人)を結語させてくれるツールがSlackだと思いました。個々の力を結合するツールには、お金(魅力)と権力(恐怖)そして宗教や思想などがあります。間違いやすいのは、お金・権力・宗教・思想etc.に力(チカラ)があると早とちりしてしまうこと。それら自体にチカラはなく、個々人(人々)が結び付いて力を発揮できる場を形成しているに過ぎません。


もう9月も最後の週となりました。
大きな笑顔の佳き週末をお過ごしください。