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芥川龍之介さん(1892年3月〜1927年7月)の『詩集』をお楽しみください。
 彼の詩集の本屋に出たのは三年ばかり前のことだつた。彼はその仮綴(かりとぢ)の処女詩集に『夢みつつ』と言ふ名前をつけた。それは巻頭の抒情詩(ぢよじやうし)の名前を詩集の名前に用ひたものだった。

  夢みつつ、夢みつつ、
  日もすがら、夢みつつ……

 彼はこの詩の一節ごとにかう言ふリフレエンを用ひてゐた。
 彼の詩集は何冊も本屋の店に並んでゐた。が、誰も買ふものはなかつた。誰も? ――いや、必(かならず)しも「誰も」ではない。彼の詩集は一二冊神田(かんだ)の古本屋(ふるぼんや)にも並んでゐた。しかし「定価一円」と言ふ奥附のあるのにも関(かかは)らず、古本屋の値段は三十銭乃至(ないし)二十五銭だつた。
 一年ばかりたつた後(のち)、彼の詩集は新らしいまま、銀座(ぎんざ)の露店(ろてん)に並ぶやうになつた。今度は「引ナシ三十銭」だつた。行人(かうじん)は時々紙表紙(かみべうし)をあけ、巻頭の抒情詩に目を通した。(彼の詩集は幸か不幸か紙の切つてない装幀(さうてい)だつた。)けれども滅多(めつた)に売れたことはなかつた。そのうちにだんだん紙も古び、仮綴(かりとぢ)の背中もいたんで行つた。

  夢みつつ、夢みつつ、
  日もすがら、夢みつつ……

 三年ばかりたつた後(のち)、汽車は薄煙(うすけむり)を残しながら、九百八十六部の「夢みつつ」を北海道(ほくかいだう)へ運んで行つた。
 九百八十六部の「夢みつつ」は札幌(さつぽろ)の或物置小屋の砂埃(すなほこり)の中に積み上げてあつた。が、それは暫(しばら)くだつた。彼の詩集は女たちの手に無数の紙袋(かみぶくろ)に変り出した。紙袋は彼の抒情詩を横だの逆様(さかさま)だのに印刷してゐた。

  夢みつつ、夢みつつ、
  日もすがら、夢みつつ……

 半月ばかりたつた後(のち)、是等(これら)の紙袋は点々と林檎畠(りんごばたけ)の葉かげにかかり出した。それからもう何日になることであらう。林檎畠を綴つた無数の林檎は今は是等の紙袋の中に、――紙袋を透すかした日の光の中におのづから甘みを加へてゐる、青あをとかすかに佑劼覆ら。

  夢みつつ、夢みつつ、
  日もすがら、夢みつつ……

(大正十四年四月)

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ニューヨークで暮していたときのルームメイトのU氏から時々電話をいただきます。
彼は私の弟と同い年です。
昇天した弟と同い年の友人の幸せを知ることは、実にうれしい。

もっと長生きしてほしかった。そう想うのは、亀の年を鶴が羨(うらや)む如しなのでしょうか。
弟との対話は、彼と天国で再会するまでの楽しみにとっておくことにします。

みなさん、己の人生を大切にしましょう。


閑話休題(ソレハサテオキ)


松田龍平さん(1983年5月)が芥川龍之介を好演しています。約100年前の1921(大正10)年当時の芥川の4か月の中国放浪記。激動の時代を描いたこのスペシャルドラマを大いに楽しませていただきましょう。30日午後9時からです🎶
「ストレンジャー〜上海の芥川龍之介〜」
A Stranger in Shanghai

【放送予定】12月28日(土)・29日(日)[NHKワールド JAPAN]前8:10 ほか(各40分・前後編)
※英語による国際放送
12月30日(月)後9:00(73分)※BS8K・BS4K・総合テレビで3波同時放送
1921(大正10)年 特派員・芥川龍之介、激動の上海へ―
芥川が克明に活写した100年前の中国を8Kで映像化
日本有数の知性と巨龍・中国、20世紀史に刻まれた知られざる魂の交流!

今からおよそ100年前、大阪毎日新聞の特派員として上海を訪れた芥川龍之介。
このドラマは、日本文学の代名詞・芥川の小説世界と、当時の中国の現実を交錯させながら、20世紀史に刻まれた日中の精神的交流を世界に向けて発信します。

【作】渡辺あや
【音楽】稲本 響
【原案】芥川龍之介『上海游記』ほか
【出演】松田龍平、岡部たかし、中村ゆり、奈緒、金世佳 ほか
【制作統括】勝田夏子
【演出】加藤 拓

大きな笑顔の佳き年末をお過ごしください。

生彩ある人生@輝きは聖となり私と成す。
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