89歳の妻を1人で……財津一郎85歳が語る“老老介護”の現実「大事なのは絶対に暗くならないこと」
(「週刊文春」編集部 2020年01月13日)
  いつまでも1人ではやれない、でも僕がやれる間は僕がやる――そう決意を語る名優。夫85、妻89という「老老介護」に奮闘する中で見えてきたものは何か。同じ道を歩むであろう人に送りたいアドバイスは? 俳優・財津一郎が、自身も病と付き合いながら、妻の世話をして暮らす日々を明かす。
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  文春さんが来てくれるなんて、人生最後のインタビューかもしれないねえ(笑)。というのも、2年前に脊柱管狭窄症を患いまして。今は芸能活動も休止して、自宅療養中なんです。骨折した妻の世話をしながら、仲良く暮らす毎日。
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  東京都内にある閑静な高級住宅地の一角。モダンな一軒家から笑顔で出てきたのは、俳優・財津一郎(85)だ。
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今、僕ら夫婦の生活を支えているのはCM契約料
  脊柱管狭窄症を発症すると、腰、ひざ、足首、消化器まで、みんな痛くなってね。懸命にリハビリして今に至っています。
  仕事からは何年も遠ざかってるね。遺作のつもりで主演したのが、ハンセン病の元トランペッターを演じた「ふたたび SWING ME AGAIN」という映画。2010年だから、9年前だね。
  今、僕ら夫婦の生活を支えているのは、年金と、「タケモトピアノ」のCM契約料。「ピアノ売ってチョーダイ!」というあれ、20年も流れてるんですよ。
  途中、若い人を起用してリメイクするという話も出たそうですが、(タケモトピアノの)会長さんの意向で、僕を使ってくれています。ありがたいことです。「赤ちゃんが泣きやむCM」と言われて。僕の声が、赤ちゃんの耳に心地よい440ヘルツなんだとか(笑)。
財津一郎さん

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  財津は1934年生まれ、熊本県出身。名門・済々黌高校を卒業後、上京し、帝劇ミュージカルの研究生となった。
  64年に吉本新喜劇に参加。その後はコメディ番組「てなもんや三度笠」に故・藤田まことらと出演し、「非っ常にキビシ〜ッ!」や「許して……チョーダイ!」などのギャグで一世を風靡した。ドラマ「3年B組金八先生」(79年)、映画「連合艦隊」(81年)など、俳優としての評価も高い。
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  タケモトピアノの撮影現場へ行くとダンサーたちがいて、振付師に「財津さん、一緒に踊ってください!」と言われたんだけど、僕は95年、61歳のときに脳出血をやりましてね。急激な動きはできないと断ったんです。それで、皆さんがご覧になっているあの形のCMになった。
  それから数年間は何とか元気に仕事もしていたんですけど、70歳のときに肺の前がん病変と診断された。「財津さん、放っておくとあと2、3カ月で肺がんになる」と告げられて、左肺の下半分を切除した。
  退院したら、息が苦しくてねえ。今は、主に右の肺で呼吸しています。呼吸法を腹式呼吸に変えて、生き延びた。そういえば、渥美清さんも肺を切っておられたよね。
  去年は心臓に水が溜まって入院ですよ。これは点滴で治療した。昨日も循環器内科に行ってきて。ちゃんと通院して、一包化された薬をもらっています。
  今は状態が安定しているので、2カ月に1度くらいの検査ですんでいます。
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  財津の体調がよくなってきた矢先の今秋、妻のミドリさん(89)が怪我に見舞われた。
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スロープにしておけばよかったと後悔
  ママ(ミドリさん)が家の中で転んだんですよ。和室で昼寝していて、フローリングの居間へ来ようとしたときにドーンと倒れた。「ママ! 頭打ったか?」って。慌てたね。頭は打たなかったけど、右手首を骨折してしまったんです。
  原因は、和室と居間の間にあるちょっとした段差だった。高齢者は気を付けないといけないねえ。わずかな段差でも、つまずくと危険。ママも家の中だから油断したんだと思う。
  今は段差をテープで埋めたけど、彼女は怖がるようになってしまった。玄関を出ると階段があるんだけど、それも降りられない。たった数段なんだけどね。
  「夕陽がキレイだから、一緒に外へ行って見ようよ」って誘ってみるんだけど、「窓から見えるから」って言って、出てくれないの。キビシ〜ッ(笑)。スロープにしておけばよかったと、今さらながら後悔している。
  区の職員に相談したら、スロープを作るにはもう少しスペースが必要と言われてね。本格的にやるのは費用もかかるし、迷ってる。

転倒しやすいスリッパは危ない
  僕は今、要介護2なんだけど、介護保険を利用して月に320円で車椅子をレンタルし、使っている。でも、最近はママが僕の車椅子にかじりついて離れやしない(笑)。家の中でも車椅子が多い。
  先日、ママの要介護認定の調査をしてもらって、結果を待っている状態。判定が出たら、彼女の介護保険を使って借りることも考えています。
  皆さんに気を付けて欲しいのはスリッパ。転倒したときママはスリッパを履いてたんだけど、フローリングだと滑って危ない。それで介護シューズを買ったけど、それも靴下のようなタイプで底がツルツルだから、ママは怖がってさ。やっぱり家の中では滑らない履き物を使ったほうがいいよ。
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  高齢者の事故を防ぐ手立てについて、暮らし・介護ジャーナリストの太田差惠子氏が解説する。
  「高齢者の事故発生場所は、7割以上が住宅内といわれます。自宅ということでつい安心して、転倒するケースが多い。特にスリッパは危ない。
  段差の解消やスロープの設置は、介護保険で1人20万円まで、一般的な収入ならその9割分が支給されます。財津さんの場合、奥様の要介護認定が下りたら、お二人で40万円まで、自己負担4万円で住宅改修できる。まずはケアマネジャーに相談するといいでしょう。
  あと、お2人一緒にデイサービスなどを利用すれば、介護のプロが家から出る手伝いをしてくれますし、気分転換にもなります」
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  ママの怪我以来、僕自身もベストの体調じゃないけど、食事、ゴミ出し、外の枯れ葉掃除……今は僕が全部やっている。いわゆる老老介護です。

2人の朝飯を準備するだけでフラフラ
  ようやく気づいたのは、家事ってのは、今までママにやってもらってたけど、目に映る全てが仕事だということ。一番大変なのは食事。簡単なものしか作らないけど、寝てても献立を考えるね。朝、2人の朝飯を1時間くらいかけて準備するだけでフラフラになる。
  毎日買い出しに行くけど、お米なんて重くて持って帰れない。だから、免許不要の三輪の電動バイクあるでしょ? 時速6キロしか出ないヤツ。あれを介護用品のレンタル会社から借りて、それで出かけてます。
  それでも人とぶつかりそうになって危ない。自転車も大きな音もなくシャーッとくるでしょう。年をとると鈍ってくるから避けられないよ。だから、十二分に、いや十三分に用心して運転してます。
  ママが少しでも元気になって、また飯でも作ってくれるようになるまで回復すればいいなと思って、日々やってます。
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  財津宅は二世帯住宅。息子夫婦もいるが、なるべく自分の力でやるようにしているという。
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何十年もお世話になったママへの恩返し
  息子は日本テレビで働いててね。もう60近いんだけど、海外へ出張したりして、とても忙しいんだ。嫁も仕事をしているしね。だからまだ、手伝ってもらおうとは思っていない。
  今のところ、ママをお風呂入れるところまで、全部1人でやっている。もちろんいずれは介護サービスも頼まないといけないし、施設への入居を考えなくちゃいけない。でも、他人様がうちに入ってきて、ママをお風呂に入れたりすることが切ないんだよねえ。
  ただ、先日読んだ文春がね、身につまされた。「自力介護の『やめ時』」(2019年12月12日号)ってやつ。自力での介護は限界があるって話。福井県の事件もあったでしょう。90歳代のお義母さんとお義父さんと、足が悪い自分の旦那さんを、奥さんが殺してしまったという。奥さんが3人を看ていたんでしょ。1人でも大変なのに。睡眠薬飲んで、自分も死ぬつもりだったんだろうね。切ない話だね。
  僕も、ママが倒れたから一生懸命介護らしきことをやっているけど、いつまでも1人でやれないことはわかっている。ただ「僕ができる間は僕がやる!」と思ってます。何十年もお世話になったママへの恩返し。人生最後のご奉公のつもりなんだ。彼女は来年90歳だけど、100まで生きてもらいたいんだよ。
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  いつまでも1人でやれない――。冷静に胸中を語る財津。だが、中にはそう思うことができず、なかなか家族や周囲の言葉に耳を傾けないケースもあるという。
  「そういった場合、かかりつけ医さんやケアマネジャーなど、第三者から介護保険のサービスを勧めてもらいましょう。老老介護の場合、介護者が先にダウンしてしまうことも少なくありません。元気なうちに一緒にショートステイやデイサービスへ出かけるのもいい。デイだとお風呂にも入れてもらえます。介護者がお風呂へ入れると、転倒の危険性もあります。
  色々なサービスをお試しで受けると、外出への意欲も湧く。相性が悪ければ止めてしまってもいいのですから
」(太田氏)
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老老介護で大事なことは「絶対に暗くならないこと」
  僕は脊柱管狭窄症になったとき、朝も起き上がれなかった。要介護認定も最初は要介護3だった。
  ただ、毎朝20分くらい体操をやっているんだ。まず亀の子タワシをふたつ持って、心臓から遠いところよりこすっていく。足の先からね。そしてストレッチをやって、体操。病気のせいで足首とひざが固くなっているから、ストレッチで体を伸ばして温めないといけない。これは「生きているかぎりやる」と決めている。朝5時半くらいに起きてね。
  すると、要介護度が2に下がった。朝の習慣のおかげだと思っています。体を動かすことは皆さんにお勧めしたいね。
  あと、スコアを気にしない“健康ゴルフ”。何日も前から入念にストレッチして体操して、ようやく行ける。こういう楽しみがないといけない。帰るときはママが心配だから、風呂も入らず、逃げるように戻ってくる。帰りながら、晩飯のことも考える(笑)。
  皆さんにお伝えしたいのは、老老介護で大事なのって「絶対に暗くならないこと」なんだ。
  僕は、ゴルフをやると明るく、元気になれる。家を空けてママに迷惑をかけるときもあるけど、自分が明るくなれるものがないと、介護なんてできない。やはり根アカで生きないと。これは明るいとか華やかということだけじゃない。ピンチのときこそ志を持つ、ってことだと思っている。
  年明け2月には、僕も86。人生最後のホームストレッチに差しかかっている。競走馬やアスリートは全速力で駆け抜けようとするけど、僕は一日一日焦らずかみしめてね、ゆっくり一歩一歩ゴールに向かっていくような心境なんです。
  皆さんも、花も嵐も踏み越えて、がんばってチョーダイッ!


生彩ある人生@下段の注意20200103