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今から10年前のある日の朝のことでした。
大学時代の恩師ピーター・クウォン教授が夢に登場。

彼は合衆国の移民問題研究の第一人者でした。
CNNニュースなどにも解説を求められ、テレビに登場する人氣の学者。

私が大学院に進むときには、イエール大学のレターヘッドの便箋に推薦文を書いてくれました。当時彼はイエール大学の客員教授。イエールの彼の研究室は小ざっぱりとしていて、彼の人となりを感じさせるに十分でした。

「この推薦状を持っていったらいい」

と一言。

ニュースクール・フォ・ソーシャルリサーチの大学院に入学願書とその推薦状を持参したところ、受付嬢が、

「今、ディーン(学部長)がいらっしゃいますがお会いになりますか」

と訪ねます。迷わず「イエス」と答えました。

「教授とは学会で2度お会いしたことがあります。あなたは教授の教え子なのですね。分かりました。入学を認めましょう。教授によろしくお伝えください」

学部長から即答で入学許可をいただき、
改めてクウォン教授の人望の高さを知らされた次第です。

合衆国の大学・大学院では教授や学部長が特別入学枠を持っていて、
私のケースがそれでした。

さて、夢の中で彼はマルクスの著作を2冊読むようにと言います。

そして、その日の午後、丸善に足を運びました。

どうしたことでしょう。マルクスの解説書はあるのですが、原著が見当たりません。英語で記された著作ならあるだろうと思ったので、店員さんに英文書籍のコーナーを案内していただきました。

「?」このスペースは何?

少数精鋭というか、空間の節約というか、…???

マルクスをはじめとする政治・社会・経済の本は皆無でした。
その代わりとでも言いましょうか、小説群が目に入ってきます。

パラパラと数冊スキャンして、一冊購入。

ダニエル・スティール女史の『One Day at a Time』です。

世界各国で読まれている売れっ子作家の文章は、
無駄のないシンプルな表現で記されていて、読みやすい。
だから、氣軽に読み進めることができます。

9人の子を出産し、6度の結婚・離婚など波乱万丈の彼女。凛とした姿が美しい方です。興味がある方はこちらをご覧下さい⇒http://www.randomhouse.com/features/steel/

結局、この日、私はマルクスの著作を手にできませんでした。


閑話休題(ソレハサテオキ)。


one day at a timeは、「その日一日のことだけ集中して」と翻訳ソフトでは出てきますが、「今日が良ければ、明日はどうでもいいじゃないか」という刹那的な生活態度と「一日一日を精一杯に生きる」という誠実な生活態度のどちらにも受け取ることができる表現です。

合衆国の神学者・倫理学者ラインホールド・ニーバー(1892-1971)氏が創った「ラインホールド・ニーバーの祈り」と呼ばれるものにもこの表現が。
God grant me the serenity
to accept the things I cannot change;
courage to change the things I can;
and wisdom to know the difference.

神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇氣をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
(ここまでは愛弟子・大木英夫氏の訳)

Living one day at a time;
Enjoying one moment at a time;
Accepting hardships as the pathway to peace;
Taking, as He did, this sinful world
as it is, not as I would have it;
Trusting that He will make all things right
if I surrender to His Will;
That I may be reasonably happy in this life
and supremely happy with Him
Forever in the next.
Amen.

--Reinhold Niebuhr

いっときに、一日だけを生き
いっときに、一瞬だけを喜ぶ。
苦しみも平和へ続く道として受け入れ
イエスの如く、この罪深い世界をあるがままに理解して後悔せず
主の意志に身をゆだねれば、すべてをあるべき姿にしてくれると信じて
そして、現世では適度の幸福を
来世では、主と共に至高の幸福を感じることができるように。
エイメン
(※この部分は後年付け足されたもののようです)

もしかすると、彼は『箴言』第三章第五節-第七節(Proverbs 3, 5-7)からインスピレーションを受けたのかもしれません。
Trust in the LORD with all your heart
and lean not on your own understanding;
in all your ways acknowledge him,
and he will make your paths straight.
Do not be wise in your own eyes;
fear the LORD and shun evil.

心を尽くして主に拠り頼め。
自分の悟りにたよるな。
あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。
自分を知恵のある者と思うな。
主を恐れて、悪から離れよ。

Make your paths straight(道を真直ぐにするため)には、
Do not be wise in your own eyes(自分を知恵ある者と思うな)
ということです。

大きな笑顔の良き週末をお過ごしください。

※追記
パウロの書簡 コリントの信徒への手紙1 第13章
たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。
たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。
全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。
愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。
礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。
不義を喜ばず、真実を喜ぶ。
すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。
愛は決して滅びない。預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、
わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう
幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた。
わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。

それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。

(『聖書 新共同訳』(共同訳聖書実行委員会Executive Comittee of The Common Bible Translation
 日本聖書協会Japan Bible Society, Tokyo 1987, 1988より)

生彩ある人生@下段の注意20200103