ちあきなおみ「私は夫のために歌っていた」29年姿を現さない理由
(NEWSポストセブン 2021/06/29 07:05)
c NEWSポストセブン 提供 『夜へ急ぐ人』の振り付けは鬼気迫るものが。後年、一青窈や大竹しのぶがカバーしている(写真提供/石田伸也さん)
AALprM0 突然、1992年に歌手活動を休止したにもかかわらず、いまもカムバックを望む声が絶えることがない、ちあきなおみ(73才)。昭和歌謡ブームも手伝って、彼女を知らないはずの若い世代からも絶大な支持を集めている。なぜ彼女の歌声は多くの人々を魅了し続けるのだろうか。

「再出発」夫との新生活に踏み出す
 ポップス、ジャズ、ファド(ポルトガルの民謡)など、あらゆるジャンルを歌いこなすちあきだったが、長年所属した事務所から離れ、1978年にレコード会社『コロムビア』との契約を解除すると、表立った活動からも遠のいていく。

 私生活では、同年に俳優の郷えい治さん(享年55、『えい』は金へんに英)さんと入籍。活動休止前の最後のマネジャーを務めた古賀慎一郎さんは、ちあきのこんな言葉を聞いている。

「あのときはレコード会社と(郷さんとの結婚で)もめて会社を辞め、しばらく休もうと思った。まぁいい機会だから、そのついでに結婚もしたの。“ついで”なんて言ったら、郷さんに怒られちゃうわね」

 表舞台から離れていた間、ちあきは郷さんがオーナーを務めていた喫茶『COREDO』を手伝っていた。郷さんがコーヒーを淹れ、ちあきが客席に運ぶ。驚きの光景ではあったが、この頃のふたりは、静かに慎ましやかに過ごしていた。

 が、市井で静かな日々を送っていたちあきを、再び時代が呼び戻す。シングルレコード『酒場川』(1976年発売)のB面収録曲『矢切の渡し』に突然、注目が集まったのだ。

 きっかけは梅沢富美男(70才)。下町の玉三郎として人気を博していた梅沢が、公演でちあきの『矢切の渡し』に合わせて踊っていたことが話題になり、同曲が有線チャート1位に。だがこのとき、ちあきは「前のレコード会社のこと」を理由にいっさい歌わずほかの歌手が次々と競作。細川たかしはこの楽曲で日本レコード大賞を受賞することになる。

「別れ」すべては夫のためだった
 1983年には、夏目雅子さん主演の映画『時代屋の女房』の主題歌『Again』を発表。同年、高倉健さん主演の映画『居酒屋兆治』にも出演し、女優としてもその評価を得ていく。

 1988年にはレコード会社『テイチク』に移籍、演歌『紅とんぼ』を発表する。

 この曲は、新宿の片隅でバーを営む女性が店を閉じ、常連客としみじみ語らうシーンを吉田旺さんが詞で描き、船村徹さんが曲をつけてヒットし、11年ぶりに『紅白』に出場となった。

 しかしその3年後、最愛の夫・郷さんを病魔が襲う。肺がんだった。当時、郷さんは54才、ちあきは44才。ふたりの出会いから18年目の試練だった。テレビやコンサートの仕事に追われながらも、彼女は献身的に看病をしていた。

 ふたりを見守り続けてきた古賀さんは「郷えい治あってこその、ちあきなおみ」と語る。

「郷さんは、ちあきさんと出会い、役者を辞めて彼女を支え続けてきた。歌手・ちあきなおみに自らの半生を捧げた郷さんの気持ちに感謝し、その思いに添うようなところが、彼女にありました。

 郷さんの病状悪化とともに、歌番組などで『もうこのスタジオで歌うことは、あまりないかもしれませんが』などと冗談めかして発言していましたが、その実、本気だったと思います。郷さんがいないと歌えなくなるだろうなと、ぼくは薄々感じていました」(古賀さん・以下同)

 その予感は的中した。1992年9月11日、郷さんが55才で帰らぬ人となると、ちあきは表舞台から姿を消したのだ。古賀さんの胸には、ちあきのこんな言葉がいまも残っている。

「私は郷さんのために歌っていたんです。だから、もう歌うこともないし、幸せを感じることもない」

「沈黙」29年間、姿を現さない理由
 表舞台から姿を消してから29年。その間、幾度も特番が組まれ、ベスト盤が何枚も発売された。『星影の小径』や『黄昏のビギン』はCMソングとして起用され、毎年のように“紅白復帰説”が流れた。

 しかし、彼女は沈黙を守り続けたままだ。

「本心を勝手に計ることはできませんが、そこには、ちあきさんならではのこだわりと美学がある」と、ジャーナリストの石田伸也さんは言う。

「ちあきさんは、レコーディングのときはブースに幕を張って、歌っている姿を一切見せないほどの完璧主義。自分自身の中で100点を取れなければ許せないのかもしれません」

 いまなお、「もう一度、歌ってほしい」という声もあるが、「そっとしておいてあげたい」という声もある。ちなみに名曲『夜へ急ぐ人』を提供した歌手の友川カズキもその1人だ。

「ちあきさんが決めたことだから、そっとしておいてあげたい。だって郷さんという大きな存在を失って、また歌えっていうのは、酷だと思うんですよ」(友川)

 ちあきにとって歌はどういう存在なのか。前出・古賀さんは、次のように推測する。

「以前、『ちあきさんにとって歌って何なんですか?』と、尋ねたことがあるのですが、『死ぬときにわかる』と言っていた。ちあきさんにとって、歌は音色に乗せて歌うものではなく、人生そのもの。だから、沈黙自体も歌なのだと思います」

 生き方すべてが歌。だからこそ、彼女の歌は深く、長く人々の心を揺さぶり続けるのかもしれない。

取材・文/廉屋友美乃 取材/藤岡加奈子 写真・資料提供/石田伸也 写真/共同通信社 本誌写真部 参考文献/『ちあきなおみ 喝采、蘇る。』(石田伸也・徳間書店)、『ちあきなおみ 沈黙の理由』(古賀慎一郎・新潮社)

※女性セブン2021年7月1・8日号



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