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老化は、私たちが死に至るまでの間に起こる機能低下で、知性の喪失(怒り)によりリードされます。
バガヴァッド・ギーター 第2章(54-55)
 アルジュナはたずねた。
 「クリシュナよ、智慧が確立し、三昧に往する人の特徴はいかなるものか。叡智が確立した人は、どのように語り、どのように座し、どのように歩むのか。」

 聖バガヴァッドは告げた。−−−
 アルジュナよ、意にあるすべての欲望を捨て、自ら自己においてのみ満足する時、その人は智慧が確立したと言われる。
 不幸において悩まず、幸福を切望することなく、愛執、恐怖、怒りを離れた人は、叡智が確立した聖者と言われる。
 すべてのものに愛着なく、種々の善悪のものを得て、喜びも憎みもしない人、その人の智慧は確立している。
 亀が頭や手足をすべて収めるように、感官の対象から感官をすべて収める時、その人の智慧は確立している。
 断食の人にとって、感官の対象は消滅する。味を除いて・・・・・。最高の存在を見る時、彼にとって味もまた消滅する。
 実にアルジュナよ、賢明な人が努力しても、かき乱す諸々の感官が、彼の意を力ずくで奪う。
 すべての感官を制御して、専心し、私に専念して坐すべきである。感官を制御した人の智慧は確立する
から。
 人が感官の対象を思う時、それらに対する執着が彼に生ずる。執着から欲望が生じ、欲望から怒りが生ずる
 怒りから迷妄が生じ、迷妄から記憶の混乱が生ずる。記憶の混乱から知性の喪失が生じ、知性の喪失から人は破滅する。
 愛憎を離れた、自己の支配下にある感官により対象に向かいつつ、自己を制した人は平安に達する。
 平安において、彼のすべての苦は滅する。心が静まった人の知性は速やかに確立するから。
 専心しない人には知性はなく、専心しない人には瞑想(修得)はない。瞑想しない人には寂静はない寂静でない者に、どうして幸福があろうか
 実に、動きまわる感官に従う意は、人の智慧を奪う。風が水上の舟を奪うように。
 それ故、勇士よ、すべて感官をその対象から収めた時、その人の智慧は確立する
 万物の夜において、自己を制する聖者は目覚める。万物が目覚める時、それは見つつある聖者の夜である。
 海に水が流れこむ時、海は満たされつつも不動の状態を保つ。同様に、あらゆる欲望が彼の中に入るが、彼は寂静に達する。欲望を求める者はそれに達しない。
 すべての欲望を捨て、願望なく、「私のもの」という思いなく、我執なく行動すれば、その人は寂静に達する
 アルジュナよ、これがブラフマン(梵)の境地である。それに達すれば迷うことはない。臨終の時においても、この境地にあれば、ブラフマンにおける涅槃に達する。

『真理体系』 http://essay.gita.holy.jp/?eid=63 より転載させていただきました。

瞑想により知性を確立し、生彩ある人生を歩もうではありませんか。

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