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「藤原さんへの公開メール」と題されたフリーランス・ジャーナリストーの藤原肇博士(1938年生)と会計士の山根治氏(1942年生)の対話記事を通じて、私たち読者は intelligence のエッセンスを知ることができます。山根治ブログ 2022年3月31日号(http://yamaneosamu.blog.jp/archives/13343489.html)から転載させていただきます。「人生は短く、人為は長く、機会は逃げやすく、実験は危険を伴い、論証はむずかしい。医師は正しと思うことをなすだけでなく、患者や看護人や外的状況に助けられることが必要である」“Life is short, and Art [of medicine] long; the crisis fleeting; experience perilous, and decision difficult. The physician must not only be prepared to do what is right himself, but also to make the patient, the attendants and the externals cooperate.” と例えられるアフォリズムがお二人の交流から伝わります。
コメント・メール(42)です。

 山根治さま

 松橋さんは著書として、『わが罪は常にわが前にあり』を書き、警察官僚を辞めた人だが、何が縁だったかは忘れたが、訪日する度に彼に会い、私は意見の交換をしたものです。『わが罪は常にわが前にあり』の他に、彼は著書に『ゾルゲとの約束を果たす』を持ち、この歴史的な事件に関係し、大陸問題に関心を持っていたので、私は横浜に住む松橋さんに、新橋の駅の周辺で会いました。
 ゾルゲ事件は1941年に発覚した、日本の政治や軍事に関する機密が、駐日ドイツ大使館顧問Richard Sorgeや、朝日新聞記者の尾崎秀実の手で、ソ連に漏れたスパイ事件です。ゾルゲ事件に関しては、後で詳しく展開するが、公安官僚として人生を送り、その不正を告発した人から、回顧談を聞くのは興味深く、色々と教えて貰いました。
 内調の資料の中には、私のファイルまであり、石油資本の手先とか、フリーメーソンらしいと書かれ、情報力の貧困について、学ぶこともできたので、彼の情報は参考になりました。また、第一ホテルの喫茶室に、彼を案内した時には、公安やCIAの溜まり場だから、ここはダメですと言われ、そんなことに迂闊だった、自分の脇の甘さが分かりました。
 本を書くことの影響が、如何に大きな力を持つかは、彼が懺悔の本を書いたことで、警察村で裏切り者として、酷い攻撃を受けた立場から、彼は著者の悲哀を体現していました。 松橋さんは川島の部下で、公安畑で過ごした話は、コメント・メール(41)に書いたが、そのとばっちりを受けて、文芸春秋の田中社長から、私が出版妨害を受けたのは、青天の霹靂の経験でした。
 しかも、この聞き書きを本に書き、それが原因で逆恨みされ、『アメリカから日本の本を読む』という本が、夭折した著書になったのは、奇遇だし変な巡りあわせでした。それは「文芸春秋との喧嘩と騒動」と題し、『【日本沈没】の幻想とゾンビ政体の崩壊』の第二章に、以下のように書いたが、それが別の運命を開拓したのです。
 「・・・『アメリカから日本の本を読む』の草稿は、『文学界』の西永編集長が読んでくれ、無名の人の書評の本は売れないから、うちでは出さない慣例になっている。だが、知っている出版社に、相談しようと言って持ちまわり、総て失敗に終わりお蔵入りになった。
 数年後に別の編集者が出版部長になった時に、草稿を見せたら彼が編集してくれて、本になったという、エピソードつきのものだった。この本は出版の直前に社内報に出て、それを見た社長の田中健五が激高し、『うちから藤原の本を出すとは怪しからん』と怒鳴り、担当部長を窓際族に左遷し、嫌がらせを実現した歴史を持つ。しかも、配本後に本が戻ってきた段階で、コンピュータで品切れと表記して、誰も購入できないように工作したが、絶版にしたら出版妨害で大騒ぎになるから、文芸春秋社に行けば買えるという、実に苦心惨憺な妨害が行われた。
 田中健五は川島広守の子分だったし、内調の使い走りをしたことで出世しており、社長に上り詰めた汚れた経歴について、『インテリジェンス戦争の時代』の中に書いたので、田中社長にとっては私のペンが、如何に目の敵かを知り尽くしていた。『文芸春秋』を私物化して食い荒らし、極右の『日本文化会議』の機関誌に、『諸君』を作り変えており、田中健五の正体と悪辣さについて、それを知っている日本人は至って少なく、日本自体の亡国化の原因になっている。・・・」

 この話には後日談があり、『紙の爆弾』の2022年4月号に、次のように書いている通りで、『皇室の秘密を食い荒らしたゾンビ政体』が、出版された原因になりました。しかも、対談の録音が活字化され、二十年後に出版されたという、奇妙なエピソード間であって、その経過についての記述は、『紙の爆弾』の記述の形で、次のように報告してあります。
 「・・・今だから明かすが、この本の発売後に、同時通訳の名人・国広正雄から、献辞を書くように頼まれた。その宛先は当時、皇太子の明仁親王だった。それがきっかけか、京都皇統という舎人が、私の前に現れて、意見を交換するようになった。
 著書を出す度に皇族に、献呈する関係が始まり、舎人との意見の交換は、毎回数時間も続いた。2000年から2002年までの会話の記録を、20年後に出版した、『皇室の秘密を食い荒らしたゾンビ政体』に収録している。これは小泉純一郎政権の初期における、歴史の証言になっている。
 舎人の口からは、三笠宮と昭和天皇の真の兄弟関係や、新発行だったユ―ロ通貨が、日本の江戸時代の医者・三浦梅園の思想に基づく(欧州のトップの関心が、大分の哲人の上に集まっている)、といった超極秘に属する、情報が次々と飛び出した。それを耳にした私は、目を見張ると同時に、皇室が持つ情報力の凄さに対し、愕然とさせられたのである。・・・」


 松橋さんとの付き合いは、運命的な出会いだったし、『アスペの三奇人交遊録』で、第一章の【休憩室】において、松橋さんや文芸春秋に関し、より詳しい全体像を満喫されたい。世の中は不思議な形で、運命が絡み合っており、その意味が分かるためには、何十年もかかるものだが、すべては今という時点に、収斂して現れるようですね。

 さて、閑話休題になりますが、大兄の公開メール(49)に、ウクライナの大統領の演説が、国会で放映された件に関し、細田博之衆議院議長による、挨拶の全文が出ていて、エールを送ったとあります。しかも、三回も閣下と唱えたが、役者上がりのゼレンスキーは、果たして閣下と呼ぶに値する、政治家であるのかに関し、細田は真面目に考えた上で、こんな言葉使いをしたのか。
 コメント・メール(40)に書いたが、ゼレンスキーは芸人で、芝居や演説は得意技だから、大向こうを興奮させても、政治家としての資質は、大いに疑問視されています。メディアを味方にして、人気を集めているために、正義を装っているけれど、彼は権勢欲の権化であり、脚本家の妻の指図に従い、英雄を装っているとも言います。
 彼のパトロンのコムロイスキーは、極右の私兵アゾフ大隊を持ち、ウクライナ軍と共同作戦を行い、オデッサのロシア人を虐殺し、次に東部のドンバス地区でも、ロシア人の殺戮をした。だから、NATOの東進に怯え、ネオナチの暴虐を恐れた、プーチンに開戦の口実を与え、ウクライナを戦場にして、国土を荒廃に導いた責任者です
 ロシア人は野蛮な熊に似て、興奮すると狂暴になり、見境もなく襲い掛かるが、その挑発を仕掛けたのは、米国の軍産複合体と、国際金融の支配者だし、ウクライナの国粋主義者たちです。しかも権勢欲の維持のために、プーチンを挑発したのが、ジェレンスキーであれば、彼を閣下扱いまでして、敬意を表明することは、猿芝居に等しくないのか。
 しかも、国会議員たちに配られた、行事の式次メモには、起立や拍手喝采までが、指令されていたそうで、それに従い拍手したので、日本の議員は猿以下だったらしい。また、ジェレンスキー演説の放映後に、議員はスタンディング・オベーションし、続いて青と黄という、ウクライナカラーの衣装で、現れた参議院議長の山東昭子は、閣下、閣下と連発しました。
 しかも、「勇気に感動している」と称賛し、タレント仲間のサクラを演じたが、式次次第が配られた以上、録画を見せられたわけで、演説が編集されていれば、フェーク番組の可能性がある。現在は情報戦争の時代で、英国の新聞のカバー写真には、数年前の難民の写真が使われ、欧米向けジェレンスキー演説が、広告代理店作だとも言う。
 『ディジタル・ファシズム』を書いた、堤未果が行った分析に、次のような記事が登場しており、電子メディアで閲覧できるが、欧米一辺倒の情報源に比べ、日本人に参考になります。プーチンが正気を失い、実戦を開始したと思うので、彼の判断ミスだと考えて、一刻も早い停戦を望むが、戦争の原因を作ったのは、軍産複合体と金融資本と、悪乗りしたしたジェレンスキーです。
 現象面だけを見る限り、ことの本質は分からないし、一方的な見解だけを聞いて、賛否を決めるのは軽率で、係争の両者の言い分を聞き、判断するのが議論の場です。ところが、最初から旗色を決め込み、応援団の役を引き受け、興奮して熱狂したのでは、参議院議長として失格だし、山東昭子の単細胞ぶりには、呆れて言葉がないほどです。
 議会や裁判所の法廷は、見解を戦わせる場所で、議論を聞いて判断を下し、賛否を決める場所だのに、それを弁えない人物でも、参議院議長になれるのが、日本だというおぞましさ。そこで、私の見解とは少し違うが、世界の良識に近い見解に属し、歴史を冷静に捉えようと、努力する態度が分かるので、堤さんの分析を参考までに、以下に貼り付けて見ます。

 【米露のオリガルヒと、ウオール街グローバル企業の民営化利権が一致し、プーチン排除へ】

 「・・・まず、2019年にゼレンスキー大統領が、「ミンスク合意は守らない」と宣言し、それからロシア国境に、10万人のウクライナ軍を配置したことから、両国間の緊張が高まっていた。ロシアとウクライナが独と仏を仲介者として、公式に結んだ国際条約である「ミンスク合意」で、ドンバス地域(東部2地域)での戦闘(内戦)の停止と、ウクライナ政府が東部2地域に対して、強い自治権を付与することを確約した。
 2019年に大統領に就任したゼレンスキー氏は、ミンスク合意の履行を公約に掲げた。ところが、大統領に就任すると、この公約を反故にして、ロシアと軍事的に対決する方針を鮮明に示し、NATOへの加盟を目指すと宣言した】
 ゼレンスキー大統領の好戦的姿勢が、先鋭化したのは2021年からで、その年の1月に米国でバイデン政権が発足して以降、ロシアとの軍事対決の方向が先鋭化したのである。
 【日本国内では、米欧DS奴隷マスメデャアのコピペ報道で、なにか専制君主プーチンが率いるロシア軍が、国境に大軍を配備して威圧して、「2月24日ロシアが軍事侵攻開始」という、国際政治的には全く幼稚な報道しかされていないが、】歴史的、時系列ではウクライナ側が、先にきっかけをつくっていることは、ほとんど伝えていない。
 ロシア侵攻のきっかけとされるのは、NATOの東側への拡大があるが、その本当の狙いは、【ディープステート・ハザールマフィアに対峙する】、ロシアのプーチン大統領を潰すことである。それを望んでいるのが、「アメリカ」の他に存在する2つのプレーヤーで、「ロシアのオリガルヒ」という財閥、あるいは政商、そして「ウオール街:アメリカのグローバル企業」。
 これらが1991年エリツイン政権下のクーデター動乱に乗じて、ロシアの天然資源を「民営化」の名の下に、国民から略奪していった。それらをプーチン大統領が、全て排除して国有化したため、アメリカもウオール街もオリガルヒも利権を奪い返すべく、90年代からずっと、「プーチン憎し」で一致していた。ウクライナはその手段に使われた生贄であった。
 ゼレンスキーのスポンサーは、ウクライナのオリガルヒの一人のコロモイスキー氏です。この悪徳政商はネオナチの支援者でもあるんです。彼はネオナチの支援者でもある。ちなみに2014年のCIAが画策した、暴力的なクーデターで、西側に失脚させられたヤヌコービッチ大統領は、「アメリカ」「オリガルヒ」「ウオール街」の意を受けた、「IMF(国際通貨基金)」によって、融資の条件にウクライナの電力民営化を突きつけられていた。
 しかし、ヤヌコービッチは国民の立場に立って、「公共料金が上がる」と断っている。ヤヌコービッチも連中の利権に邪魔な存在だった。その間、EUは脱原発の流れを受けて、ロシアからの天然ガスのパイプライン計画が進んでいた。
 アメリカにとってEUが、エネルギーをロシアに、依存することは阻止したい。ネオコンのビクトリア・ヌーランドは、「例えばロシアがウクライナに軍事侵攻をすれば、パイプライン計画も終わりになるはずだ。」、と予言めいた発言をしている。
 ロシアの軍事侵攻は、アメリカにとって好都合だった。実はこのようなターゲットの国に、内戦を起こして巻き込む手法は、アメリカがずっとやってきたこと。情報戦でうまくロシアは悪魔化され、ウクライナは被害者になった、と。
 「CIA革命テクニック」と言われる、内戦が起こされる過程。殺されても誰も調査されない。ゼレンスキーには何の力もない、ネオナチの言いなりになるしかない と。
 国会での茶番演説をした、迷俳優ゼレンスキーに、大金を寄付した日本であった。・・・・」
  

 事前に演説番組を検閲して、いつ起立し拍手をするか、決めておかない限りは、式次次第を作ることは、不可能に属す工作であり、そういう工作は内調の得意技です。その可能性について、日本のジャーナリズムが、疑問を抱かないところに、インテリジェンスの弱さがあり、世界の詐欺師に騙され、ボッタクられる悲劇があります。

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