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中学3年時の担任の細井常道先生は、三木清氏(1897年1月〜1945年9月)の『人生論ノート』(創元社 1941年8月発行)を人生の節目に読むことを勧めてくれました。誕生日や入学・卒業・アルバイト・就職・転職・家購入・子の誕生・子の進学・子の結婚・孫の誕生・親の死・友人の死・配偶者の死・己の昇天の日、挫折や成功を味わった日、喜びや悲しみと共にある自分を自覚した日など、人はそれぞれに人生の節目を感じ迎えます。MLE(a major life event)節目(a major turning point)であり、節目と節目の間の連続した生活が人生(progression of lives)です。竹をイメージしていただける分かり易いかも。今朝はそんなことを考えながら、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で人生論ノートを紐解き、瞑想についての「思索は下から昇つてゆくものであるとすれば、瞑想は上から降りてくるものである。」というセンテンスに心惹かれました。そして、このパラグラフを精読することに。エッセンスは、只管打坐=直観というものか知らん。以下、転載させていただきます。お楽しみいただけると幸いです。
 たとへば人と對談してゐる最中に私は突然默り込むことがある。そんな時、私は瞑想に訪問されたのである。瞑想はつねに不意の客である。私はそれを招くのでなく、また招くこともできない。しかしそれの來るときにはあらゆるものにも拘らず來るのである。「これから瞑想しよう」などといふことはおよそ愚にも附かぬことだ。私の爲し得ることはせいぜいこの不意の客に對して常に準備をしておくことである。

 思索は下から昇つてゆくものであるとすれば、瞑想は上から降りてくるものである。それは或る天與の性質をもつてゐる。そこに瞑想とミスティシズムとの最も深い結び附きがある。瞑想は多かれ少かれミスティックなものである。

 この思ひ設けぬ客はあらゆる場合に來ることができる。單にひとり靜かに居る時のみではない、全き喧騒の中においてもそれは來るのである。孤獨は瞑想の條件であるよりも結果である。例へば大勢の聽衆に向つて話してゐる時、私は不意に瞑想に襲はれることがある。そのときこの不可抗の闖入者は、私はそれを虐殺するか、それともそれに全く身を委せてついてゆくかである。瞑想には條件がない。條件がないといふことがそれを天與のものと思はせる根本的な理由である。

 プラトンはソクラテスがポティダイアの陣營において一晝夜立ち續けて瞑想に耽つたといふことを記してゐる。その時ソクラテスはまさに瞑想したのであつて、思索したのではない。彼が思索したのは却つて彼が市場に現はれて誰でもを捉へて談論した時である。思索の根本的な形式は對話である。ポティダイアの陣營におけるソクラテスとアテナイの市場におけるソクラテス――これほど明瞭に瞑想と思索との差異を現はしてゐるものはない。

 思索と瞑想との差異は、ひとは思索のただなかにおいてさへ瞑想に陷ることがあるといふ事實によつて示されてゐる。

 瞑想には過程がない。この點において、それは本質的に過程的な思索と異つてゐる。

 すべての瞑想は甘美である。この故にひとは瞑想を欲するのであり、その限りすべての人間はミスティシズムに對する嗜好をもつてゐる。けれども瞑想は本來我々の意欲に依存するものではない。

 すべての魅力的な思索の魅力は瞑想に、このミスティックなもの、形而上學的なものにもとづいてゐる。その意味においてすべての思想は、元來、甘いものである。思索が甘いものであるのではない、甘い思索といふものは何等思索ではないであらう。思索の根柢にある瞑想が甘美なものなのである。

 瞑想はその甘さの故にひとを誘惑する。眞の宗教がミスティシズムに反對するのはかやうな誘惑の故であらう。瞑想は甘いものであるが、それに誘惑されるとき、瞑想はもはや瞑想ではなくなり、夢想か空想かになるであらう。

 瞑想を生かし得るものは思索の嚴しさである。不意の訪問者である瞑想に對する準備といふのは思索の方法的訓練を具へてゐることである。


 瞑想癖といふ言葉は矛盾である。瞑想は何等習慣になり得る性質のものではないからである。性癖となつた瞑想は何等瞑想ではなく、夢想か空想かである。

 瞑想のない思想家は存在しない。瞑想は彼にヴィジョンを與へるものであり、ヴィジョンをもたぬ如何なる眞の思想も存在しないからである。眞に創造的な思想家はつねにイメージを踏まへて嚴しい思索に集中してゐるものである。

 勤勉は思想家の主要な徳である。それによつて思想家といはゆる瞑想家或ひは夢想家とが區別される。もちろんひとは勤勉だけで思想家になることはできぬ。そこには瞑想が與へられねばならないから。しかし眞の思想家はまた絶えず瞑想の誘惑と戰つてゐる。

 ひとは書きながら、もしくは書くことによつて思索することができる。しかし瞑想はさうではない。瞑想はいはば精神の休日である。そして精神には仕事と同樣、閑暇が必要である。
餘りに多く書くことも全く書かぬことも共に精神にとつて有害である。

 哲學的文章におけるパウゼといふものは瞑想である。思想のスタイルは主として瞑想的なものに依存してゐる。瞑想がリヅムであるとすれば、思索はタクトである。

 瞑想の甘さのうちには多かれ少かれつねにエロス的なものがある。

 思索が瞑想においてあることは、精神が身體においてあるのと同樣である。

 瞑想は思想的人間のいはば原罪である。瞑想のうちに、從つてまたミスティシズムのうちに救濟があると考へることは、異端である。宗教的人間にとつてと同樣に、思想的人間にとつても、救濟は本來ただ言葉において與へられる。


閑話休題(それはさておき)


今朝は、尊敬する清水博博士(1932年生)の『場の思想』(東京大学出版・2003年)も読み返してみました。次の箇所に目が留まったのです。メモしておきましょう。
隷属化原理によってグローバル化した経済の支配を直接受けるのは、さまざまな生活の場であるが、やがてその影響が人生の場におよんで、所有欲の追求が人生という歴史ドラマの主題となる。このことは人間精神に与えられている多くの可能性を捨てて所有欲の追求こそと、一つの主題に目的を絞って生きていくことを意味している。(中略)人間にとってもっとも重要な主体性−自己が自己の人生を編成する活(い)き−を捨てることになる。果たしてこの状態を幸せな状態と呼んでもよいのであろうか。可能性を一つに絞る働きをしているもの−この場合は所有欲−のことを精神的拘束条件と呼ぶことにしよう。(中略)

経済的なバブルがはじけたあとには深刻な後遺症だけが残る。それはマネーの流れが「もっていることの表現」ではなく、「より多くもつ欲望の表現」に過ぎないからである。このように奴隷化原理がほとんど完全に成立したということが、人間の精神を閉鎖的な状態に置き、人間の精神を変化させてしまう。(p.p.77−78)
互いの違いを認め、共に生きる社会の組織化を目指す、すべての方々に本書をおすすめします。
紐解いていただける幸いです。

参考:
Qonversations.jp
「問い」をカタチにするインタビューメディア

写真家・平間至さんが、東大名誉教授/「場の研究所」所長・清水博さんに聞く、「いのちを表現する写真について」2012.11.02 https://qonversations.net/interview/714/より転載(抜粋)
interview61
写真は新しい世界を創ることができますか?
Q いま出た「共存在」という話につながるかもしれないですが、震災の現場に行って僕が抱いた問題意識は、「どれだけの人たちのことを考えられるか」ということでした。「人間の器」というのはよく使われる言葉ですが、それは、どれだけの人のことを考えてあげられるかによって決まってくるんじゃないかと。
清水:まさにそれが共存在ということですね。共存在ということを意識すると、他の人間や生き物が幸せになるような生き方ができた時に、自分自身も幸せを感じるようになる。そういう意識が新しい人間像を作っていくんじゃないかと思うんですね。ただお金を稼ぐための労働ではやる気が出ないかもしれないけど、共存在という意識があると力が生まれてくる。例えば、動物の世界というのは弱肉強食の世界で、強いものだけが残っていくように思われがちですが、実際は違いますね。全体としては共存在の原理で動いているんです。いわゆる競争原理ではない、共存在原理の中での競争というのは、自分自身を創造するはたらきになるんですね。それによって動物は進化してきたわけだし、現在の資本主義社会のように強いものしか残らない競争とはちょっと違うんです。私たちの表層意識には競争原理がありますが、DNAレベルで受け継がれてきた深層意識には、共存在原理があると思うんです。まさに田中泯さんという人は、その共存在表現を徹底してやっているわけですね。それを写真で撮ろうと思うと、やはりカラーではなく、モノクロになるんじゃないかなと感じます。

Q 先生は、カラー写真は意識を映すもの、モノクロ写真は存在を撮るものという話も以前にされていましたね。存在自体に色があるわけではなく、光の反射によってそのものは色付けされている。それを写真に置き換えると、カラー写真というのは、自分が世界をこう見ているという意思表明であり、自分やモノの存在そのものを表現するのがモノクロなんじゃないかと。これはとてもわかりやすいですし、僕の大好きな表現です。
清水:もし田中泯さんの写真がカラーで撮られていたらどうなるんだろうと思うんですね。そうすると、おそらく私の頭の中には動画として現れることはないだろうと。私自身、亡くなった両親の存在を思い出す時に、カラーで出てくることはあまりないんです。現実の世界には色がついているけれど、ある居場所の中の存在に意味を発見しようとする時に、カラーというのはどれだけ意味を持ちうるのかというのは大きな問題だと思います。色を付けることで意味が失われてしまう部分もあるんじゃないかと。

Q 先生は「場の思想」という本の中で、これまでの「秩序」というのは、近代文明による力の支配の上にしか成り立ってこなかったんじゃないかということを書かれていますよね。僕はそれを読んだ時に、写真というのはある種、多様性のある現実に秩序を与える行為なんじゃないかと感じたんです。力による支配ではない秩序の与え方というのが、美しいプリントというものを通してできるんじゃないかと。
清水:「場の思想」を書いた頃からはだいぶ時間が経っていますが、いま強く感じているのは、多様性のなかに秩序を作るために必要なのは「競争」ではなく、「共創」だということです。違うもの同士がただ横にあるというだけではなく、一緒に秩序を創造することで、はじめて共存在できるようになる。生物というのは、もともと自分自身を創造するものであって、それぞれがぶつかった時に大切なことは、お互いに丸くなることではなく、差異をハッキリさせた上で、両者が意味を持てるような新しい共存在状態が生まれるように自分自身を創造していくことなんです。それを言い換えると、居場所の創造ということになっていくんじゃないかと。例えば、日本、韓国、中国がお互いの差異を認め、その一歩先を考えること。もしくは、地域同士が、それぞれの文化や歴史の上に立ち、自分たちの魅力を発信しながら自分自身を新しく創造して共存在していくこと。これらは、映像や写真がもっている言葉を越える表現力を抜きにできるとは思えない。つまり写真を撮るということは、平間さんがおっしゃるように、新しい世界や秩序を創造する行為だと言えますよね。

これからの表現者の役割とは何ですか?
Q 先生が話されていた従来の科学技術の研究方法についての考え方も、スゴく写真と密接な問題だと感じます。主観と客観の間には分離できる部分とできない部分があって、科学というのはこれまで主観と客観を分離して考えてきた。でも、これからはその考え方だけでは先に進めないというお話だったと思います。その時に、主観にも客観にもなり得る写真というメディアで世界をどう扱っていけるのか? そこには大きな可能性があるように感じます。
清水:なるほど、全くそうですね。また、そういう写真を紹介していく役割というのも大事になってくると思っています。コマーシャリズムという観点だけで写真を語っても、本質的な役割は見落としてしまうんですね。表現のあり方自体が逆転してきているいま、私たちは何を撮るべきかということをもう一度考えていく必要があると思っています。

逆転というと?
清水:これまでのアーティストや写真家には、自分の表現によって社会を啓蒙するという立場がありました。でも、いまはその逆なんです。みんなが生きているということを、みんなの立場から表現することが大切になっていると思うんです。「いま生きている」ということをどう表現するのかということですね。生活というものがまずあって、その表現としてアートがある。そうならないといけないと思います。被災地のことについても同じで、「生きている」というところから建て直していかないと、復興できるはずはないんです。

Q たしかに最近は写真の世界でも、被写体が生活寄りのものにシフトしています。これまでは写真家が未開の地に行って撮ってきた写真に新しい価値観を見出していたのですが、すべてではないとはいえ、いまは日常を撮って表現していくというものが増えていますね。
清水:やはり「生きている」ということの中に大切なことがあるんですよね。さらに言うと、「生きている」ではなく、「生きていく」ということを改めて考えていく必要があると思うし、いまはまさにそういう方向へと社会がシフトしている最中だと思います。

Q 被災地に行くと、土台しか残っていない家の片隅にアルバムや写真が重ねて置かれているんですね。それを見た時に、写真というものが人間にとって非常に大切なものなんだということを改めて実感しました。うちは実家がもともと写真館をやっていたのですが、僕自身はここ20年くらいメディアを中心に仕事をしてきました。でも、いまは普通に生活している人たちのことを、普通に撮って残していきたいという気持ちが強まっていて、「ひらま写真館」という名前で、全国どこへでも頼まれれば写真を撮りに行くと活動を始めました。まさに先生がおっしゃっているように、啓蒙していくアートではなく、一般の人たちが生きている姿をどう表現していくのかということをやっているんです。
清水:写真ほど歴史を表現できるものって他にはないんです。例えば、写真アルバムというのは、歴史の編集だと言えるし、みんなで歴史を創っていくというのは「共創」の前提になるものだと思います。そうやって歴史を創っていくと、誇りが生まれてくる。誇りを持つということはスゴく大切なことだし、自分たちがやらないといけないという気持ちも芽生える。平間さんのやっている活動にはそういう意味でも期待ができるし、とても夢がある仕事だと思います。

参考:平間写真館の歴史

さあ、今日も大きな笑顔で参りましょう。


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