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「藤原さんへの公開メール」と題されたフリーランス・ジャーナリストーの藤原肇博士(1938年生)と会計士の山根治氏(1942年生)の対話記事を通じて、私たち読者は intelligence のエッセンスを知ることができます。 山根治ブログ2023年09月12日号http://yamaneosamu.blog.jp/archives/21587274.html)から転載させていただきます。「人生は短く、人為は長く、機会は逃げやすく、実験は危険を伴い、論証はむずかしい。医師は正しと思うことをなすだけでなく、患者や看護人や外的状況に助けられることが必要である」“Life is short, and Art [of medicine] long; the crisis fleeting; experience perilous, and decision difficult. The physician must not only be prepared to do what is right himself, but also to make the patient, the attendants and the externals cooperate.” と例えられるアフォリズムがお二人の交流から伝わります。
コメント・メール(78)です。

 山根治さま
 
 公開メール108を拝読。読むだけでも大変であり、それを法廷で論述したのだからお疲れ様でした。弁護士が三百代言で出まかせを言うし、検察や警察がデタラメなことは、木原事件で嫌というほど分かりました。さて、話題を変えて戦争一般とウクライナ戦争の件に移します。

 皇国史観に基づく「大東亜戦争」を始め、米国流の「太平洋戦争」など、第二次世界大戦のアジア版には色んな呼び方があるが、「アジア太平洋戦争」の始まりに関して、「朝日新聞デジタル」版は次のように書く。

 「1941年12月8日は日本では、真珠湾攻撃により太平洋戦争が始まった日として知られています。その1時間前にマレー半島に上陸していたことを思いおこす人はさほど多くはないでしょう。そこにこそ日本が80年間、直視しようとしない歴史がある、と琉球大名誉教授の高嶋伸欣さんは言います。」

 また、林博史関東学院教授は日本の侵略史に詳しいが、1991年の『歴史地理教育』の記事「東南アジアから見た開戦」に、次のような解説を書いている。これは米国中心の「太平洋戦争」や皇国史観の「大東亜戦争」に対し、より戦争の実態を捉えた「アジア太平洋戦争」という用語を使う人だけあり、より普遍性を持つ史観だと言える。

・・・アジア太平洋戦争とは、何よりも東南アジアを占領するための戦争だった。だから東南アジアとの関わりの中で見ることによって、初めてその戦争の持つ意味が理解できるだろう。ここではその開戦と開戦初期の問題をいくつか取り上げて、アジア太平洋戦争について考えてみたい。
 侘美浩少将率いる侘美支隊は一二月四日海南島を出航、七日深夜マレー半島東北部のコタバル沖に到着し、八日一時三五分上陸部隊を積んだ舟艇が一斉に発進した。陸から攻撃を受ける中、二時一五分上陸を開始し、同日中にコタバル市と飛行場を占領した。海軍機動部隊が真珠湾攻撃を開始したのは、約一時間後の三時二〇分であった(いずれも日本時間)。このように真珠湾攻撃ではなく、マレー半島上陸によってアジア太平洋戦争が始まったのである。


 似た筆法でウクライナ戦争を捉えれば、西欧メディアが論じている2022年2月24日は、ロシア軍による軍事侵攻の瞬間であり、紛争の発端は2004年のオレンジ革命にあって、それが2014年のマイダン革命を契機に、クリミア危機で戦争に転化した。ウクライナとロシアの両国は宣戦布告を行わなかったが、ポロシェンコ大統領は「対ロ戦争」と呼び、国際司法裁判所は「ウクライナ内戦」とし、ロシア政府も「内戦」と決めつけていた。

 1939年9月1日にドイツ軍がポーランドに侵攻し、ポーランドと相互防衛条約を結んでいた英仏両国が、ドイツに宣戦布告したことにより、第二次世界大戦が開始している。だが、ドイツの軍事侵攻の理由が、自由都市ダンツィヒのドイツ編入と沿岸回廊を通り、ドイツ本土と東プロイセンを結ぶ、治外法権道路の建設をポーランドが拒否したためだから、これは交渉可能な係争問題だった。

 しかも、ポーランド侵攻の一週間前の8月23日に、ドイツとソ連は独ソ不可侵条約を結び、ドイツがポーランドを侵攻して二週間後に、ソ連の赤軍が東部国境から攻め入り、9月29日にワルシャワ陥落でポーランドは消滅した。それからの八か月間は「まやかし戦争」で、1940年5月までの西部戦線は、ドイツの機甲師団がベルギー経由で、フランスに侵入するまでは戦争だったのに、陸上戦闘がなく膠着状態が続き、ウクライナ戦争の初期の状況に似ていた。

 しかも、クリミア自治共和国では、ロシアの軍事干渉の下で住民投票が実施され、ロシアへの併合を求める決議を採択し宣言したが、ドンバス地方では分離運動をキエフ政府が弾圧し、ドンバス戦争が進行していた。だが、2014年の「マイダン革命」の勃発には、オバマ政権のバイデン副大統領や国務次官補のヌーランドが、親ロ政権を倒す工作に従事していた。

 ヌーランドは現在は国務次官だが、彼女のボスのブリンケン国務長官は、ウクライナ出身のユダヤ系外交官一家でパリ育ちだし、ゼレンスキー政権の熱烈な支持者であり、この二人の国務省の親ウクライナ官僚について、「桜井ジャーナル」は次のように書く。

 「・・・ヤヌコビッチ政権を倒したクーデターで中心的な役割を果たしたのはオバマ政権のジョー・バイデン副大統領、ビクトリア・ヌーランド国務次官補、副大統領の国家安全保障補佐官を務めていたジェイク・サリバンだ。バイデン政権をロシアと戦争へと導いているチームと重なる。ネオコン人脈とも言える。

 ヌーランドは父方の祖父母がウクライナからの移民で、夫はネオコンの重鎮であるロバート・ケーガン、義理の弟はフレデリック・ケーガン、フレデリックの妻はISW(戦争研究所)を設立したキンベリー・ケーガン。ヒラリー・クリントンは友人のひとりだという。アメリカ中央軍、ISAF(国際治安支援部隊)司令官、そしてCIA長官を務めたデイビッド・ペトレイアスとキンバリーは親しい。

 現在の国務長官、アントニー・ブリンケンの父方の祖父もウクライナ出身。ちなみに、アメリカの反ロシア戦略で重要な役割を果たしたズビグネフ・ブレジンスキーはポーランドの生まれだが、一族の出身地ブゼザニは現在、ウクライナに含まれている。


 要するに外交担当の米国国務省は、親ウクライナのユダヤ系が支配し、ネオコンの牙城を作っており、ユダヤ国籍を持つエマニュエル駐日米国大使が、木原官房副長官を仲介にして、岸田政権に親ウクライナ路線を強いている。第一章の冒頭で論じた通り、エマニュエル米国大使は人種差別主義者で、ペルソナノングラータに相当し、LGBT法案の強制で内政干渉を行い、その恥知らずの傍若無人振りを見ても、日本にとって有害な外交官である。

 欧州・ユーラシア担当のヌーランドが、ジェフ・パイアット駐ウクライナ米国大使と喋った電話の内容が盗聴され、音声がロシア語の字幕付きで、ユーチューブに暴露された。動画の会話の中でヌーランドが、「EUなんか糞くらえ」と発言し、その卑劣で下品な人柄を嘲笑され、現在の米国の政治家や高官の多くは、日本と同じで品性が劣悪の極みである。

 アゾフ連隊は2014年に右派を基盤に組織され、クーデターでヤヌコビッチ大統領が排除されたが、クーデターの主力はネオ・ナチであり、その中心は「三叉戟」と掲げる傭兵だった。トルストイの『コザック物語』を読めば、コサックについての描写があり、東部ウクライナからカフカス方面にかけての住民は、「自由や遊興、略奪、戦争に対する愛が、彼らの性格の主要な部分をなしている」と書いてある。

 ネオナチはロシア語を話す住民が多い地域を支持基盤にする、ヤヌコビッチ政権の打倒を目指し、クーデターを成功後にオデッサで、反クーデター派の市民を虐殺したが、それは「2014年5月の水晶の夜」と呼ばれた。このネオナチ集団は更に肥大化して、東部のドンバスでも虐殺を続け、殺されたロシア系住民の数は数万と言われ、それがロシアの反ウクライナ感情を高め、両国の間の緊張を強めた。

 ヤロシュは1971年生まれで、89年にネオ・ナチ活動を始め、1994年に「三叉戟」を創設して指導者になったが、ウクライナ保安庁(SBU)の長官を長年務めた、ナリバイチェンコに繋がっていた。ナリバイチェンコはクーデターの前から、CIAに協力していた人物と言われており、米軍は軍事顧問団を密かに派遣し、ウクライナ軍に米式訓練をして、サイバー型の対ロ戦の準備を施したと言う。

 ウクライナの西欧派のポロシェンコは、ウクライナのオルガルヒのチョコレート王で、親ロ派のヤヌコビッチを倒して後を継ぎ、2014年から2019年まで大統領だったが、2018年に退役軍人省を作っている。そこに彼の私兵集団を組み込み、アゾフ連隊をウクライナ軍の一部にして、勢力の拡大を図ったのであり、それをCIAが利用したと『ガーディアン』が書き、米国のメディアもその関与をレポートしている。

 大統領に当選したゼレンスキーは、ネオ・ナチの中心人物のヤロシュを抜擢し、ザルジニー軍最高司令官の顧問に据えたので、ウクライナ軍はネオ・ナチの指揮下に入り、ロシアを挑発したのでプーチンは苛立った。それがロシア軍の侵攻になり、悲惨な戦禍が拡大したが、機動戦によって数日で片付くと考えた甘さに、プーチンの驕りと誤算があり、米軍が誇るサイバー戦に巻き込まれて、ウクライナ戦争の悲劇が拡大した。

 また、ウクライナの戦禍とジェノサイドの形で、荒れ狂っているものの背後には、ネオコンがいたことについての分析が、『安倍晋三の射殺と三代の腐れ縁』に、書き込んであるので参照して頂きたい。しかも、安倍が日本のネオコンの代表の形で、Moonieに日本を叩き売りしていた真相についても、じっくり構造解析してあり、自由と平等あるいは放縦と統制を論じた本としては、世界に類例のない内容になっている。

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