「自働債権」は「自ら働き掛ける債権」で、「相殺する側の債権」。「受働債権」は「受けて働く債権」で、「相殺される側の債権」。双方とも同じようですが、相殺は「自働債権」を有する側の「意思表示」によって、「受働債権」を有する側の意思と無関係に効力を発生させる(民法第506条第1項)ため、「自働債権」及び「受働債権」の区別は大切です。

※(相殺の方法及び効力)
第506条【相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件又は期限を付することができない。】

例えば、「自働債権」は弁済期に至っていることが条件(民法第505条第1項)ですが、「受働債権」が期限の利益を放棄すれば、相殺できるとされています。また、不法行為に基づく損害賠償債権は「受働債権」にできません(民法第509条)。これは、損害賠償債権を支払わせることにより、被害者の回復を図ることを担保したものです。よって、損害賠償債権を「自働債権」とすることは許されています(最判昭42年11月30日)。

※(相殺の要件等)
第505条【2人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。】

※(不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止)
第509条【債務が不法行為によって生じたときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。】

ケーススタデイを・・・

Aは、B所有の建物を賃借し、毎月末日までに翌月分の賃料60万円を支払う約定をした。またAは敷金300万円をBに預託し、敷金は賃貸借終了後明渡し完了後にBがAに支払うと約定された。AのBに対するこの賃料債務に関する「相殺」について4つ想定してみます。

。舛Bに対してこの賃貸借契約締結以前から貸付金債権を有しており、その弁済期が平成20年8月31日に到来する場合、同年8月20日にBのAに対するこの賃料債権に対する差押があったとしても、Aは、同年8月31日に、このBに対する貸付金債権を自働債権として、弁済期が到来した賃料債務と対当額で相殺することができます。

AのBに対する債権が差押後に取得した債権であれば、その相殺は許されないが、差押後に取得したものでなければ、相殺することができるからです(民法511条)。

※(支払の差止めを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止)
第511条【支払の差止めを受けた第三債務者は、その後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができない。】

■舛蓮■造支払不能に陥った場合は、特段の合意がなくても、Bに対する敷金返還請求権を自働債権として、弁済期が到来した賃料債務と対当額で相殺することができません。

相殺が可能になるのは、双方の債権が弁済期にあるときです(民法505条1項)。ただし、受動債権に関しては、期限の利益を放棄することで弁済期が来る前に相殺することができます。ここでは、「敷金の返還は明渡し完了後」と約定しており、まだ弁済期になっていません(Bが支払不能という事情は無関係)。弁済期が到来していない債権を自働債権として、弁済期の到来した賃料債権と相殺することはできません。

※(相殺の要件等)
第505条【2人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。】

AがBに対し不法行為に基づく損害賠償請求権を有した場合、Aは、このBに対する損害賠償請求権を自働債権として、弁済期が到来した賃料債務と対当額で相殺することはできます。

不法行為に基づく損害賠償請求権は、これを受働債権として相殺する(加害者から相殺する)ことはできないが(民法509条)、自働債権として相殺する(被害者から相殺する)ことはできます。

※(不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止)
第509条【債務が不法行為によって生じたときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。】

ぃ舛Bに対して商品の売買代金請求権を有しており、それが平成20年9月1日をもって時効により消滅した場合、Aは、同年9月2日に、このBに対する代金請求権を自働債権として、同年8月31日に弁済期が到来した賃料債務と対当額で相殺することはできません。

時効消滅した債権でも、その消滅以前に相殺適状にあれば、これを自働債権として相殺できます(民法508条)。本件では、代金債権の時効消滅以前に、弁済期が到来している賃料債務との相殺適状が成立しているので、相殺できることになります。

※(時効により消滅した債権を自働債権とする相殺)
第508条【時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる。】

次に、具体的に、差し押さえ債権を受動債権として相殺する事ができないケースを想定してみます。

例えば、Aさんは差押られています。AさんはBさんに対して1000万円の債権を持っています。一方のBさんもAさんに対して1000万円の債権を持っています。

通常は、BさんはAさんからの1000万円の債権を受働債権として相殺を主張できます。しかしながら、Aさんの財政状態は芳しくなく、
Cさんから900万円
Dさんから600万円
Eさんから1200万円
Fさんから100万円の債務を抱えていました。

自然、Cさんは自分の債権を何とか回収しようと手段を講じます。
Aさんに不動産はないだろうか? ⇒無し
Aさんにめぼしい財産は無いだろうか? ⇒無し
Aさんに何か大きな債権はないだろうか? ⇒有り!

ですから、CさんはBさんに対する債権を努力して差押えます。もし、差押えた債権が相殺で消滅してしまったら、Cさんの苦労が無に帰してしまいます。

そこで、このような不合理をなくすため、裁判所はBさんに対し、Aさんからの1000万円の債権を消滅させてはならない旨の命令を出します。よって、相殺で債権を消滅させることはできません。

ちなみに、Aさんの債権が債権質に入っているときも同様です。