「株式会社ビックカメラ役員が所有する同社株券の売出しに係る目論見書の虚偽記載事件に対する違反事実がない旨の決定について」
http://www.fsa.go.jp/news/21/syouken/20100625-4.html が金融庁により公表されました。

社名に使われている「ビック(bic)」の由来は創業者の新井隆司(本名:新井隆二)氏が、バリ島を訪れた際に現地の子らが使っていた「ビック、ビック」という言葉に、「偉大な」という意味があると知ったからだといいます。また、彼の練馬区にある自宅には、東京都で最初の個人用温泉があります。ユニークな方であることは間違いありません。

さて、昨年6月26日に「株式会社ビックカメラに係る有価証券報告書等の虚偽記載及び同社役員が所有する同社株券の売出しに係る目論見書の虚偽記載に係る課徴金納付命令勧告について」証券取引等監視委員会から勧告を受けました。
http://www.fsa.go.jp/sesc/news/c_2009/2009/20090626.htm

ビックカメラは、2002年に池袋本店などの不動産証券化を実施し、信託受益権を約290億円で有限会社山三マネジメントに売却し、2007年に買い戻しました。それに関する2008年2月中間決算での清算金約49億円の利益計上が、虚偽記載に当たるのではないかと問題になりました。

有限会社山三マネジメントの290億円の調達のうち14億5,000万円が、ビックカメラからの劣後匿名組合出資でした。また、有限会社山三マネジメントの全持分を有するケイマン諸島の特別目的会社(SPC:special purpose company) は、無議決権優先株式すべてについてビックカメラが保有していました。ビックカメラのリスク負担額が約5%であり、会計処理上ビックカメラは売却取引として処理しました。

しかし、290億円の調達のうち75億5,000万円が、株式会社豊島企画からの優先匿名組合出資でした。豊島企画は、2002年8月に形式上無関係の3名が出資して設立された会社でしたが、その出資はビックカメラ関連会社の東京企画の保有現金から事実上なされたもので、会計処理上、東京企画から新井隆二社長(当時)への貸付金として処理されていました。また、豊島企画の出資した75億5,000万円は、新井社長(当時)の保有するビックカメラ株式を担保とした借入金でした。豊島企画は、実質的には新井社長(当時)が支配する会社で、ビックカメラの子会社に相当しました。だとしたら、ビックカメラのリスク負担額は約31%であり、信託受益権の売却はビックカメラからの金融取引として処理されなければなりませんでした。ここが虚偽記載に当たるのではないかと問題視されたのでした。

これを受けて、昨年1月16日に、東京証券取引所は、ビックカメラ株式を監理銘柄に指定しました。ビックカメラは2月20日に7期分の過年度決算を修正するとともに、責任を取って新井隆司代表取締役会長が相談役に退きました。証券取引等監視委員会は、ビックカメラと新井元会長へ課徴金の納付命令を行うよう、金融庁に勧告しました。金融庁は新井元会長については違反事実がないと決定しました。その後、3月24日に「訂正内容は重要ではあるものの、その影響が重大であるとまでは認められない」として管理銘柄指定の解除がなされ、上場は維持されました。

さらに、昨年2月に、ビックカメラは調査委員会を立ち上げ、その報告書では会社側に有価証券虚偽記載違反の事実を認め、コンプライアンス体制の充実やガバナンス体制の再構築などが再発防止策として提言されました。
http://www.biccamera.co.jp/ir/news/pdf2009/20090220news16.pdf

閑話休題(ソレハサテオキ)。

被審人である新井社長(当時)は、ビックカメラで実権を握っていました。ビックカメラが依頼した独立した第3者機関である調査委員会の報告書内容を信頼し、彼に課徴金納付命令を勧告することは課徴金制度が目指す迅速な処分に合致したに違いありません。しかし、金融庁は審判手続きの結果、「違反事実なし」として証券取引等監視委員会の勧告を継承せずに、課徴金納付命令を出さないと決定したのでした。

金融庁の審判手続きは、たとえ発行開示規制違反の事実を糾弾していようとも、刑事事件としての犯則事件を取り扱うものではありません。行政事件としての課徴金処分を取り扱うものです。事実、現在の課徴金処分は制裁としてではなく、不当利得返還としてのものです。したがって、審判手続きも民事訴訟手続きの流れで行なわれます。強制的な捜査権限を持ちませんから、刑事処分のように厳格な証拠立ては必要ありません。どうしても証券取引等監視委員会の調査に足枷がかかる所以です。

加えて、課徴金納付命令の勧告が出された時点において、被審人となる個人・法人は、その社会的信用が毀損されます。ですから、調査にはデリカシーが求められます。法務省のホームページに掲載されている検事の紹介文(※追記)には、犯則事件ではない課徴金事案の調査を担当する課徴金・開示検査課にも検事や公認会計士等の配属があり、立件等?の指導を行っていることが分かります。したがって、証券取引等監視委員会課徴金・開示検査課は、被審人に対する適正手続きの保障について配慮できる機能を持ち合わせていることが分かります。

今回のケースは、課徴金制度の必要性と人権保障との連関性とその課題を明らかにしてくれました。

感謝


参考:
ビックカメラ コーポレートガバナンス状況
http://www.biccamera.co.jp/ir/library/pdf2009/20091127.pdf

(※)追記:
http://www.moj.go.jp/keiji1/kanbou_kenji_02_05_03_index.html

山口智子検事(証券取引等監視委員会特別調査指導官 平成12年度任官)

『証券取引等監視委員会に出向して』

私は,平成21年4月から,金融庁・証券取引等監視委員会(監視委)に勤務しています。監視委は,市場の公正性・透明性を確保し,投資者の保護を目指し,市場監視を行う組織で,事務局内には,一般からの情報受付・証券取引業等に係る情報収集及び分析並びに取引内容の審査を行う市場分析審査課,インサイダー取引や相場操縦等の不公正取引や開示書類の虚偽記載等の行政処分を課すべきと考えられる事件の調査を行う課徴金・開示検査課,取引の公正を害する犯則事件の調査を行う特別調査課などが置かれ,現在,数名の検事が出向しています。

私は,現在,課徴金・開示検査課に配属され,指導官という立場で,50名弱の調査官と共に,犯則事件には至らないインサイダー取引や株価操縦等の不公正取引事案の調査を行っています。調査といっても,指導官は,検察庁における捜査のように自らが嫌疑者を取り調べることはせず,個々の事案に対する法令適用の可否の検討の他,時には調査官と一緒に地方出張に出向き,個々の事件の報告を受けながら,事件の組み立てを考えたり,不足している証拠の収集を指示するなど,事件の取りまとめを行う役割をも担っています。特にインサイダー取引事案で,嫌疑者がインサイダー情報を聞いた伝達ルートが不明な時にそのルートが解明できた場合や,当初,否認していた嫌疑者が自白に至り,「もう二度としません。」と誓約してくれたような場合は,調査官と共に仕事を成し遂げた満足感を分かちあうことができます。

なお,調査官には,委員会職員や財務局職員以外に,国税局からの出向者,金融機関出身者,弁護士・公認会計士等の法律専門家,システム専門家など様々なバックグラウンドで積み上げてきた経験を活かした職員が配置されており,バックグラウンドの異なる職員との交流は,非常に新鮮で,貴重な経験となっています。

これまで私は,地検の検事として暴力団を相手にすることやキッタハッタ事件を担当することが多く,どちらかというと経済事案に対しては苦手意識がありましたが,出向して以来,経済ニュースをチェックすることから一日が始まり,日々,金融商品取引法から行政官としての立場まで様々な勉強を行うことで,知識の幅も広がり,監視委に出向できたことは非常に有意義なことだと感じています。
(引用終わり)

以上