明けまして、おめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

私たちの2024(令和6)年が、
変化の風を受け、智力を活かし、
人間らしい普通の日常を送ることができる社会に変える年となることを念願して止みません。

今年は辰年で、動物にあてはめると龍。
龍は十二支で唯一の想像上の動物なので、不明な点が多いです。
天皇、皇后両陛下は2年前の4月23日、熊本市の熊本城ホールで開かれた国際会議「第4回アジア・太平洋水サミット」にオンラインで出席。水問題の研究をライフワークにしている天皇陛下は「人の心と水 ―信仰の中の水に触れる―」と題した記念講演で、龍について話されています。
第4回アジア・太平洋水サミットにおける天皇陛下記念講演
天河弁財天奥宮

人の心と水−信仰の中の水に触れる−
 記念講演に先立って、熊本県、九州地方、全国、そして世界各地で起こった様々な災害により、亡くなられた方々に対して、心から哀悼の意を表するとともに、被害に遭われた方々をお見舞いいたします。
議長、各国元首閣下、ご出席の皆様。
(中略)
弁財天といえば、日本三景の一つである広島県の厳島や、ヨットで有名な神奈川県の江ノ島などが有名ですが、いずれも島という水に関わる場所に祀られています(図18)。・・・また、山岳信仰の山としてよく知られた奈良県の大峰山の弥山山頂には、天河弁財天の奥宮があります(図19)。大峰山は古くから紀伊平野を、さらに近年には大和平野も潤す豊富な水量を持つ吉野川の水源となっており、水と弁財天信仰との密接な関係がうかがえます。弁財天は、日本では、福徳の神である七福神の一柱に列せられ、「弁天様」として人々に親しまれていますが、インドで発したヒンドゥー教の水神であるサラスヴァティー神が原型となっており、仏教の伝播とともに日本に伝えられてきているようです。サラスヴァティーとは「水を持つもの」の意で、水神(弁財天)と頭の上に乗る蛇とが近い関係を持っていることが分かります(図17)。蛇を通じた水の信仰は大陸を旅し、海を越え、アジアの人々、そして日本の人々の心に大きな足跡を残しているのです。
 私は、昨年の9月に皇居に引っ越しましたが、現在の皇居は、江戸時代には徳川将軍家の居城があった場所で、その歴史について調べていくうちに、江戸時代の18世紀には、皇居内にある小さなお堀の島に弁財天が祀られていたことを示す記録があることを知り、驚くとともに、水とのご縁は続いていると感じました。
(中略)
 ここまで、人と水との日々のつながりから素朴な水への信仰が生まれ、そこから水へのより深い信仰となり、宗教の伝播に伴って広がっていった事例を見てきました。人々の水への想い、感謝や畏れは、蛇や龍の形を取り、大陸から海を渡り、各地域を繋ぐ文化の一部となったのです。時間と距離を超えた人と水との深い関わりは、アジア太平洋地域に住む私たちにとって、ゆるぎない共感と連帯の土台を形作っているように思えます。

4.アジア・太平洋を繋ぐ水の信仰 −(2)龍神の旅−
 さて、それでは龍はどうでしょうか。伝説や想像上の生き物とされる龍ですが、中国では、その概念は仏教などの宗教が興る数千年前に既に形成されていたと言われます。これはその例を示したもので(図20)、紀元前6千年以上前の仰韶文化(やんしゃおぶんか/ぎょうしょうぶんか)の「中華第一龍」や、紀元前3千年以上前の紅山文化(ほんしゃんぶんか/こうさんぶんか)の「碧玉龍」に、既に龍の姿が見られます。権威の象徴でもある中国の龍は水を司るとされ、古代から雨乞いの対象ともなっていました。中国にはインドに棲むコブラのような蛇はいませんので、古くからあるこの龍の概念が、伝来した仏教の蛇にまつわる教えと習合し、東アジア・東南アジアに伝わっていったともいわれています(図21)。
 日本にも古代中国で形成された龍の概念が伝わったとされ、日本国内では多く水神として祀られています。奈良県の室生には、龍が棲むという洞穴があり、9世紀にはここで雨乞いが行われていたことが『日本紀略』という歴史書に見えています(図22)。また、鎌倉幕府三代将軍の源実朝が「時により過ぐれば民の嘆きなり 八大龍王雨やめたまへ」と詠んだように、特に干ばつ、大雨といった異常気象の際には、龍は祈りの対象となり、各地に水龍の伝承が残されています(図23)。龍の中には、「九頭龍」と呼ばれる、九つの頭を持つものもあります。先程ご紹介した白山や長野県の戸隠山は「九頭龍」信仰との関わりが深いといわれています。写真(図24)は戸隠山ですが、ごつごつした岩肌が続くその特異な山容を龍に見立て、「九頭龍神」として崇拝したのが戸隠信仰の始まり、との説もうなずけるような気がします。
 ところで、熊本県八代市の「妙見祭(みょうけんさい)」の祭礼には、亀蛇(ガメ)と呼ばれる、亀と蛇が合体した中国伝来の架空の動物が登場します(図25)。ガメは、古来中国では龍の6番目の子どもを指したようですが、「妙見祭」が五穀豊穣を願う祭りであることを考えると、祭りという文化的な行事においても、龍と水、そして、日本とアジアとの結びつきを感じます。
 このように、日本をはじめアジアの各地で、水への感謝や畏れが蛇や龍という具体的な形をとった神話や偶像となり、さらに伝来した新たな教えとそれらが一体となって、少しずつ形を変えながらもアジア・太平洋の国々に広がっていった過程がお分かりいただけるかと思います。
 ここまで、人と水との日々のつながりから素朴な水への信仰が生まれ、そこから水へのより深い信仰となり、宗教の伝播に伴って広がっていった事例を見てきました。人々の水への想い、感謝や畏れは、蛇や龍の形を取り、大陸から海を渡り、各地域を繋ぐ文化の一部となったのです。時間と距離を超えた人と水との深い関わりは、アジア太平洋地域に住む私たちにとって、ゆるぎない共感と連帯の土台を形作っているように思えます。

5.水の国際共通目標の達成に向けて−おわりにかえて−
 15年前、大分県別府市で開催された第1回アジア・太平洋水サミットの記念講演で、私は、かつてネパールの山間部の共同水道で水をくむ女性や子供たちの姿を見たことが、水問題に関心を持つきっかけとなったことをご紹介しました(図26)。蛇口をひねればすぐ飲める水もあれば、何時間もかけて並び、山道を運んでようやく手に入る水もあるのです。そしてその風景からは、人と水との関わりの中のジェンダー、健康、教育など、「誰一人取り残さない」持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた課題も映し出されてきます。
 2015年に合意された国連2030年アジェンダは、このような課題に対して、アジア太平洋地域を含む国際社会に共通の目標を提示しました。目標年まで3分の1余の期間が経過した現在、その進捗の遅れに関係各国連機関が警鐘を鳴らしています。世界の全ての人々が安全な水と基本的な衛生サービスにアクセスするためには、今のペースのそれぞれ2倍の速度で施設の整備とサービスの拡充を進めなければなりません。さらに、2030年までに世界の全ての人々が各家での水道水や安全に処理される個別トイレといった水衛生サービスにアクセスするためには、今までの4倍の速度で施設の整備が図られる必要があると言われます。
 一方で、洪水や干ばつなど、水に関わる災害が頻発しており、気候変動の激化に伴って災害状況のさらなる悪化が懸念されているのも事実です。熊本県でも、水害からの復興が進んでいるところですが、さらに取り組みを継続して推し進める必要があるでしょうし、今後の対策も急務と考えられます。水の不足や過剰によって起きる様々な問題は、人々や社会に不安や緊張をもたらします。人と水との関係をめぐる問題は、私たちが連帯して取り組まねばならない喫緊の課題となっています。
 全ての人々が、豊かな水の恩恵を受けて安心して日々の暮らしを営むことが可能となり、それがやがてアジア太平洋地域、さらには全世界の平和と繁栄につながっていくことを心から願います。アジア太平洋地域を含め、世界各国で水を通じた地域の協力と安定に取り組んでいる方々に心からの敬意を表します。
 本日多くの例でご紹介したように、水は人々の生活を支えながら、人々の心に安らぎを与え、地域と地域を超えた共感と連帯をもたらします。この会議を通じて、出席される全ての皆さんが、人と水との関わりを様々な角度から話し合い、水をめぐる課題とその解決に向けた具体的な方向性を見出し、水に関する国際社会共通の目標達成に向けた決意を新たに行動していかれることを期待しています。そして、私も水問題についての理解とその解決に向けての考察を深めていくことができればと思っています。
 有難うございました。
https://www.kunaicho.go.jp/page/koen/show/8
 

追記)2024年1月2日
2日の新年一般参賀 取りやめを発表 地震発生を受け 宮内庁
(NHK 2024年1月2日 1時08分)
 宮内庁は、「令和6年能登半島地震」の発生を受けて、2日に皇居で予定されていた新年一般参賀を取りやめると発表しました。
 皇居では、毎年、正月2日と天皇誕生日に一般参賀が行われていて、2日は、天皇皇后両陛下や上皇ご夫妻、それに秋篠宮ご夫妻など皇族方が、午前3回、午後2回のあわせて5回、皇居・宮殿のベランダに立って訪れた人たちの祝意にこたえられることになっていました。
 しかし、1日、午後石川県能登地方で震度7の揺れを観測した「令和6年能登半島地震」が発生したことを受けて、宮内庁は、新年一般参賀を取りやめると発表しました。
 宮内庁によりますと、自然災害の発生に伴って皇居での一般参賀が取りやめられたのは初めてで、天皇皇后両陛下は、現地の寒さが厳しい中で人命救助や消火活動などが一刻も早く進むことを願われているということです。
 宮内庁は、「両陛下が地震の被害状況に心を痛められているお気持ちを踏まえてこのような決定をした」としています。(後略)

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