「藤原さんへの公開メール」と題されたフリーランス・ジャーナリストーの藤原肇博士（1938年生）と会計士の山根治氏（1942年生）の対話記事を通じて、私たち読者は intelligence のエッセンスを知ることができます。 山根治ブログ2024年8月6日号（https://yamaneosamu.blog.jp/archives/25214639.html）ら転載させていただきます。「人生は短く、人為は長く、機会は逃げやすく、実験は危険を伴い、論証はむずかしい。医師は正しと思うことをなすだけでなく、患者や看護人や外的状況に助けられることが必要である」“Life is short, and Art [of medicine] long; the crisis fleeting; experience perilous, and decision difficult. The physician must not only be prepared to do what is right himself, but also to make the patient, the attendants and the externals cooperate.” と例えられるアフォリズムがお二人の交流から伝わります。
冠省． 先週（令和６年８月２日）､ お電話の際に申し上げた学生時代の論文を末尾に公開します。『Idealtypus的概念構成の認識論的定礎』と題する小論は、シュンペーターの経済発展論を卒論テーマとした際の予備論文ですが、ガリ版を自分で切って一枚一枚ローラーをあてて刷り上げ、高橋先生と11名のゼミテンに配布したものです。
大学三年の夏（昭和39年（1964年））、信州高遠の学生村に籠って岩波文庫版カント・純粋理性批判の解読に挑戦したことがあります。高遠は江戸時代に大奥の絵島が歌舞伎役者生島との密通を咎められて流刑に処された地です。１ト月余り浮世を離れた桃源郷のような地で朝から晩までカントと格闘したことが昨日のことのように鮮明によみがえってきました。辺陬の地・高遠で一夏、カントと正面から向き合い文字通り脳ミソが煮えたぎる思いをして完成したのが、前記の小論文です。
『冤罪を創る人々−国家暴力の現場から』の末尾に認知会計（Cognitive Accounting）の手法を発見したことについて触れています。以下のくだりです。
『冤罪を創る人々−国家暴力の現場から』
第八章 展望
二、公認会計士からの脱却
（１）認知会計の発見 五．
この１０年、山根会計事務所は常に明日の見込を明確に立てることができない状態であ
った。事態がどのように展開するのか、予測できなかったからだ。とりわけ私が逮捕され
刑事被告人となってからは、事務所がいつ崩壊しても不思議ではなかったからである。
私には過去のデータは一切関係ないものとして考えるほかなく、信頼できる確かなもの
は、現在のデータのみであった。
現在のデータは日一日と更新され、その延長として将来があるという図式であった。私
は、それに従って現状の把握を行い、将来を見すえることを余儀なくされた。
換言すれば、ストックを単にストックとして常に把握していく手法であり、通常の企業
会計のようにフローの結果としてストックを把握する手法ではなかった。
私は常にプラスの財産のみならず、マイナスの財産についても、ストックを表面化する
ために棚卸しを行なった。棚卸しは、計数的に測定可能なものにとどまらず、それ以外に
も拡大し、私の内面にも及んだ。
いわば、心の棚卸しをもしていたのである。この心の棚卸しこそ、認知療法の基本であ
り、出発点であることに気がついたのは最近である。
常に自らを客観的に見つめる、しかも単に頭で考えているだけでなく、紙の上に書き出
す（棚卸し）ことによって、事務所を含めた私が潰れることなく無事に過ごすことができ
たと信ずるに至ったのである。
私は、個人をとりまく全ての情報を書き出して棚卸し、それを分析の出発点とする手法
を「認知会計」＝コグニッティヴ・アカウンティングと名付けた。
この手法は、決して難しいものではない。私以外の誰でも応用できるものである。
認知会計をどのようにシステムとして構築していくか、私の楽しみの思索が始まってい
る。
この認知会計の発見は、大学４年の時にゼミナール用として作成した前記の
『Idealtypus的概念構成の認識論的定礎』の所論を前提
とした社会科学である会計学からの学際的なアプローチによるものでした。更
に、認知会計の発見は、コロナ・パンデミックの感染予測において用いられた
ｎ次元ベイズ統計手法に触発されて、不正検索に関するマルコフ連鎖システム
の発明に繋がっていきます。
この発見と発明との間には、トークンの発見➀・➁があります。トークンに
ついては７年ほど前貴兄が松江においでになった時、画家の阿蒜隆之さんを交
えて説明したことがあります。阿蒜さんは古代文字の一つである阿蒜文字の解
明に取り組んでおり、一万年前の古代遺跡から出土したトークン（陶片）が最
古の貨幣であるだけでなく文字でもあることが解明されたことと阿蒜文字とが
関連する蓋然性があることから貴兄との話し合いの中に加わってもらったもの
です。
尚、このトークンは、落合莞爾の所謂 “ウバイド史観” の根拠の一つとなる
もののようです。落合は、“ウバイド史観” について『国體アヘンの正体』
Ｐ.３において次のように述べています。
“ 両河地方（メソポタミア）を出て東西に拡散したウバイド人の末裔は、
各地の河口沼沢地を干拓しながら得た砂金を蓄え、これをファンドとして行
なう与信行為によって各地の地域社会で社会的分業を推進して経済発展をも
たらしたが、みずからは政体（政治権力）を立てず、地域社会の経済を隠然
と掌握しながら､ひたすらその社会の “国體” を護持し続けて現在に至った｡”
『Idealtypus的概念構成の−
−認識論的定礎』
< KantとWeber >
＊目次＊
（序 章） 問題の所在
（㐧一章） カント認識論と現象間の意味理解
㐧一節 科学者としてのカントと��批判の学��
㐧二節 思索のコペルニクス的転回と現象間
の意味理解
㐧三節 理性の認識能力に於ける限界と科学
の存在意義の定立
（㐧二章） ウェーバーの社会科学方法論
㐧一節 ウェーバーに於けるobjektivitatの
意義
㐧二節 科学と政策
−カントのKategorieとIdee
㐧三節 Idealtypus的概念構成への要請
㐧四節 Idealtypus的概念構成の��意味��
㐧五節 結語的覚え書
�盒競璽滷看� 山 根
『Idealtypus的概念構成の認識論的定礎』
━━ KantとWeber ━━
（序章） 問 題 の 所 在 この小論に於いて試みることは、M. Weber
の所謂Idealtypus的概念構成が社会科学に於いて何故に有効であるとされるの
かを明らかにすることである。 それは､Weberの倫理上の､又論理上のバックボ
ーンであった（註１）と思われるカント哲学における認識論から光をあてることによ
ってなされるであろう。 即ち、Weberの社会科学方法論たるIdealtypus的概
念構成法は､Kant認識論の立場から如何に根拠づけられるかについて考えたいの
である。
（註１）夫人Marianne Weberの伝記によれば、彼は�眦�学校時代にスピノ
ザと並んでカントを読んだらしい。 しかし、たとえ彼自身が直接カントを
そんなに研究しなかったと仮定しても、彼の活躍した時代には新カント派の
巨頭たるリッカートとかヴィンデルバントなどがいたのであり、彼らから間接的
にカントを吸収したであろう。（『社会科学並びに社会政策的認識の��客観性��』
邦訳岩波文庫版のＰ.11〜12の註１を参照せよ。 以後『客観性』として引用す
る。）
（㐧一章）カント認識論と現象間の意味理解
㐧一節 科学者としてのカントと ��批判の学��
カントは彼の所謂「コペルニクス的転回」をもって経験科学の基礎づけを行った
学者であった。 彼が打ち建てたのは観念論でもなければ、勿論唯物論でもなかっ
た。��批判の学��こそ彼の目指したものであって、カントをもって観念論者と規
定するが如きは誤解もはなはだしい。観念論とか唯物論は、カントによれば独断
論という平面上にある奌では同じものであって、彼の��批判の学��とは全く次元を異
にするものなのである。（ちなみに、カント自ら観念論を批判している個所、『純
粋理性批判』邦訳岩波文庫版の（上）Ｐ.301以下「観念論に対する論駁」を参照せ
よ。ここでは、デカルトの蓋然的観念論とバークリの独断的観念論とが論駁され
ている。以後、『批判』として引用する。）カントほど現実を直視し、かつ重視し
た哲学者は稀であろう。 哲学者カントの背後に自然地理学者カントがいること
を忘れてはならない。 科学者と哲学者とが一体になったところに樹立されたの
が、三批判書をもって示される��批判の学��だったのである。科学を基礎づけるの
に��批判の学��をもってしたという意味から、カントは真に科学を理解しえた数少
い哲学者の一人であったのであり、又真に哲学を理解しえた数少い科学者の一人
であった。
㐧二節 思索のコペルニクス転回の意義と現象間の意味理解
カント認識論の根本は、我々は我々の主観とは独立に存在する対象をそのあるが
まゝに認識するのではなく、我々の主観のうちにa prioriに存する認識の形式
によって、我々に与えられる素材（カントの��多様なるもの��）を秩序づけ統一づ
け、それによって所謂対象というものが構成されるとする奌にある。 即ち、カ
ントは彼の主著『批判』（1781年）に於いて、自然という対象の存在は人間が先
天的に持っている認識の形式にもとづいて構成されることによってはじめて可能
になる所以を明らかにした。 感性によって与えられた素材が、時間及び空間と
いう二つの直観形式によって規定され、更に純粋悟性概念Kategorieによって整
序されてはじめて自然認識が成立すると説くのである。
カントは、このように従来は対象が中心にあっていわば主観がその周囲をまわ
ってその対象をあるがまゝに把握するものと考えられていたのを逆転せしめたの
であって、これこそカント自らによって「コペルニクス的転回」と称されたもの
である。（註２） 対象と認識主体との関係をこのように考える時、自然界には
個有の本質ないしは性質はないことになり、対象に主観自らが意味を付与するこ
とによってはじめて対象が意義をもってくるのである。換言すれば我々が対
象の中に投げ入れたものだけが我々に認識できるのであって、所謂科学的認識
に於ける方法とは、我々が理性によって予め考えたことを対象のうちに投げ入
れてみることによってその正否を検討する方法のことである。
しかし、かかる方法が可能であるためには、予め理性によって思惟されたこ
とが経験的対象によって確かめられるような性質のものでなければならない。
この為にカントは理性による認識をあくまで経験的世界、即ち現象界（これは
超越的世界、即ち叡知界に対するもの）に属する事柄に限ったのであった。理
性にできることは諸現象間の意味連関を把握することだけであり、現象の本質
なるものは現象界の奥にあると考えられる叡知界に属するものだからである。
諸現象間にあるのはただ̏関係̋だけであって、その関係に我々が意味を付与
するのである。我々が意味を付与するということは、その意味を理解ver-
stehenする、即ち理解的に解明することに他ならない（註３）。
この意味を理解することのみが科学にできることであり、科学の任務である
としたのがM. Weberであった。この意味理解の方法として、Idealtypus
的概念構成法が提唱されたのである。カントとウェーバーとは、時代、環境、
性格、及び専門分野等著しく異っていたのであるが、その根本に於いて一致す
るものがある。即ち、倫理的に、つまり人として生きる根本信条に於いて一致
し（私は両者に共通するのは��誠実さ��であるとみる）、かつ、学問上の出発奌
に於いて一致する（ここで共通するのは、人間能力の��限界意識��（後述）であ
るとみる）のである。
（註２）カントが「コペルニクス的転回」というのはおかしい。即ち、今ま
で対象のまわりを主観が��まわっている��と考えられていたのを、カント
は主観を中心に据えて対象を��まわらせた��のであるから、むしろ『コペルニ
クスの逆転回』というのが正しい。『批判』㐧一版序文参照。
（註３）意味をverstehenするのは悟性Verstand（㐧二章㐧二節の註
参照）であって、あくまでも経験界に属する事柄に限られる。
㐧三節 理性の認識能力に於ける限界と科学の存在意義の定立
カントの『批判』は有名な次の言葉をもってはじまる。−「人間の理性は、あ
る種の認識について特殊な運命を担っている。即ち、理性が斥けることもでき
ず、さりとて又答えることもできないような問題に悩まされるという運命であ
る。」 カントはこの��ある種の認識��が理性能力の限界外にあることを示す
ために、純粋理性の二律背反Antinomieをもってした。即ち二つの全く相反
する超越的な命題をそれぞれ論理的に証明することによって、理性が正否の判
断を下すことができるのは極めて限られた（経験的or内在的）範囲に限られ
その範囲を超越する（超越的or叡知的）事柄に関しては何の力も持ってはい
ないことを示したのである。
しかし、カントが理性能力の限界を云々した時、彼は決してペシミスティック
な気持をもっていたわけではなかった。（註４）逆にカントの真意は次のよう
なことであった。限界があるからといって我々には何も識ることができないわ
けではない。我々がもっともいましめらるべきことは、我々に元来できないこ
とを敢えてしようとすることであり、それが可能であると錯覚することである。
我々はできることとできないこととを明瞭に区別しなければならない。要す
るに、我々は常に限界意識を持って能力的に可能な範囲内のことを力強くかつ
精一杯やっていこう、限界をはっきりと認識した上で人間としてできる最善の
ことをしていこう、―これが、私が『批判』を読んでもっとも根本的なものと
して捉えた思想である。上を向いて歩くばかりが能ではない。ターレスの
如く、トラキア女に嗤われるのがおちであろう。足が地についていなければ、
�發澆鮖峺�する真の意義がなくなる。 カントが��頭上に星の輝く夜空��を仰
ぎ得たのは、彼の足が現象界という大地にしっかりとついていたからである。
その上、カントの��批判の学��は、経験的な事柄に関しても誤っていること
を指摘することはできても、正しいことを正しいと証明することはできない。
（註５）そのような能力が元来人間に具っていないからである。その意味か
らはたしかに極めて消極的なものであろう。しかし、かかる消極的な側面にこ
そ科学の学問としての意義があるのであって、このことはカントをまつまでもな
く、すでに2300余年前にギリシャの哲人ソクラテスによって明確にされている
のである。（註６） カントは認識論においてソクラテスを決して一歩もでるも
のではない。ソクラテスのdialague形式を論文形式に直しただけのものと
も見做しうるのである。
限界意識を恒にもち、上述の��消極的��なる言葉の真の意義を解しうる人を私
は真の科学者（即ち学者）であると見る。 かかる科学者によって探求される限
り��科学��は確固とした科学たりうるのであって、科学としての存在意義を持ち
続けるであろう。即ち、科学＝学問は、Mont Blancの如く厳然とそびえたつ
既成のものではなく、我々が、科学的な態度によって自ら創りだしていくものな
のである。
（㐧二章）ウェーバーの社会科学方法論
㐧一節 ウェーバーに於けるobjektivitatの意義
Weberの「方法論」を考察するにあたって、㐧一に問題になるのは、彼の客観性
Objektivitatなる概念である。 この理解が、Weberの方法論理解の中核とな
るものだからである。 さて私は、Weberのいう客観性なる言葉の真意をつかむ
ために、次の二つの文章について考察をする。 即ち「価値判断は究極に於いて
理想に基づくものであり、従って『主観的』な根源をもつものであるとの故をもっ
て、科学的討論から一般に価値判断がとりのけられるということにはならない。」
（『客観性』Ｐ.14）と「信念なきことと科学的『客観性』とはなんらの内的縁由
をもってはいない。」（同、Ｐ.26）の二つである。 一体これはどのように解釈す
ればいいのであろうか。 私はこれを、㐧一章で述べたカント認識論をもって解
釈したい。
さて文意から明らかであるように、Weberのいう客観性は、主観性の外側に全
く主観に依存しないであるようなものではない。 なぜなら、およそ経験科学的
認識は、我々の主観的前提に立脚して成立する、換言すれば経験的所与が主観的
であるKategorieに従って整序されるからであり、客観性は外部から与えられて
いるのではなく我々自身に課せられたものであって、我々の主体的行為が創りだ
すものだからである。 これは㐧一章㐧一節で述べたところである。
ではこのようにして成立するObjektivitatは、その客観性としての根拠をい
かにして有するのであるか。 いいかえれば、主観的なKategorieによって整
序される経験科学的認識について如何にしてその客観性が保証されるのであろう
か。 それは一言でいえば、㐧一章㐧二節で述べた如く、��限界の自覚��によっ
て、又それのみによって保証されるのである。 即ち、我々は認識の一面性を自
覚しつつ、鋭い一義的な概念を構成し、恒に概念の妥当性の限界を自覚し、恒に
現実によって自己を検証することを怠らない、−このような科学者の科学者たる
姿勢によってのみ、その「客観性」は保証されるのである。 故に絶対的客観性
ないしは絶対的真理なるものは存在しない。 学問はかかるものを追求しようと
はしないからである。 それは、宗教ないしは形而上学の目指すべきものであっ
て、それらは単なる処生訓ないしは形而上学的ﾃﾞｨﾚｯﾀﾝﾃｨｽﾞﾑのあらわれにすぎな
い。マルクスがフランスのある集会で「私はマルクス主義者ではない。」といっ
たのは、彼のダイナミックな歴史理論が絶対視される余り、教条的に硬化されつ
つあったことに対する学者としてのいかりであったと思われる。
㐧二節 科学と政策−カントのKategorieとIdee−
Weberの「客観性」なる概念を上述の如く明らかにした後に問題となるのは、そ
の「客観性」の上に築かれるべき��科学��の他に��政策��なるものがあるという認
識である。 科学はある意味から（即ち、素材が主観的なKategorieによって
整序されるという意味から）主観的な根拠の上に立つものではあるが、それにも
拘らず「客観性」を主張しうることは前節で述べた通りである。 ところで、��政
策��も又、ある意味で主観的な根拠の上に立つものであるが、しかし科学とは
その根拠を異にするものである。 本節に於いて、その異なる根拠が明らかに
されるであろう。
Weberは、彼の学問方法論の著『客観性』に於いてIdealtypus論を展開する
のに先だってまず科学者が関与する領域を明らかにするために科学と政策との
混同をいましめ、共者の峻別を強調する。けだし、「事実の思惟的整序」を目指す
社会科学と「理想の叙述」を志向する社会政策とはその本質に於いて異るものだか
らである。 即ち、政策が理想を追求するものである以上、必然的に価値判断
を含み、「かかる価値の妥当を評価することは信仰の問題であり、又おそらく
生及び世界の意味を思弁的に考察し解明する場合の仕事であって、我々が研究
すべきものとしての経験科学は決してそうした事柄を扱うものではない」（『客
観性』Ｐ.19）のである。 即ち、「経験科学は何人にも何をなすべきかを教え
ることはできず、ただ彼が何をなしうるか、及び−事情によっては−何を意欲
しているかを教えることができるにすぎない。」（同、Ｐ.17）
このように、Weberによれば、政策は理想の叙述である。 ところで理想と
は何か。 曰く、理念Ideeの具体化されたもの、ないしは個別的な理念のこと
である（カント『批判』中巻Ｐ.29以下参照のこと）。 では理念Ideeとは何か。
曰く、純粋理性概念のことである。 カントは純粋理性概念をIdeeと定義し
たのであって、彼は、純粋理性概念たるIdeeと、純粋悟性概念たるKategorie
とを対比的に措定したのであった。
前述の如く科学的認識は、純粋悟性概念たるKategorieによって��夛様なる
もの��が統御されてはじめて成立するのである。 しかし、政策にあっては、
それが一つの理想の叙述である以上、部分的にはともかくも本質的には何ら
Kategorieの与り知らぬものである。 何故なら、悟性が仂きうるのはひとり
現象界のみであって、現象界のはるか彼方をさまよう理念の具体的形態たる理
想に関してはなすすべを知らぬからである。素材を送るべき現象界を離れると
感性は素材をキャッチしようにもできないし、又感性あっての悟性なのであるか
ら悟性の機能は中断せざるをえないのである。
悟性が経験界をこえると全く無力になってしまうのに対して、理性は超経験
的なことをも思惟しうる（これは勿論単に思弁しうるということだけを意味す
るもので、認識とは全く異なる）のである。 そもそも「純粋理性概念Idee
の客観的使用は常に超越的である。これに反して、純粋悟性概念Kategorieの
客観的使用はその性質必ず内在的でなければならない。このほうの使用は、可
能的経験だけに制限されているからである。」（『批判』中巻Ｐ.43）−（註７）
故に、科学に関与するものは純粋悟性概念Kategorieであり、政策に関与す
るものはその本質的な部分に於いては純粋理性概念Ideeであることが帰結さ
れよう。 先に、科学も政策も、��ある意味で��主観的なのであるが、しかし
その��主観的��であるとする意味合いが異っている、即ち、そのよってたつべ
き根拠が異っていると述べたのは、かかる理由によるものであった。
ところで、Weberは「どこで思考する研究者としての発言が終り、意欲す
る人間としての発言がはじまるか、議論がどこで悟性に頼り、どこで感情に頼
っているか云々」の言葉からも明らかであるように、悟性に対するものとして
感情を考えている。 しかし、これは間違ってはいないとしても、余り明瞭な
対比であるというわけにはいかない。 なぜなら、感情なるものは、我々の能
力の中でも低次のものであって、とうてい理想を志向することはできないもの
だからである。 我々の能力の中にあって理想を志向しうるのはひとり理性の
みである。
㐧三節 Idealtypus的概念構成への要請
従来の社会科学はWeberによれば「法則定立的」なものであった。 ただ法
則的なものだけが現象に於いて科学上本質的であることができ、『個別的』事
象はただ『類型』としてのみ、即ち法則の例示的代表者としてのみ考察された
のである。 科学的研究の意味は、このように事象の法則の発見より他には一
般に考えられないとされていたのであった。
ウェーバーは、かかる法則定立的社会科学は社会的文化的現象を理解するには不適
当であるとして、その欠陥を指摘する。 ウェーバーの批判は次の二つに要約され
る。㐧一の批判奌は認識主体に対するものである。 即ち、どのような簡単な場
合でも、何か一つの「法則」を定立するためには、その時々の歴史的実在の全体
をその一切の因果関係をも含めて『与えられたもの』として仮定し、かつ既知の
ものとして前提しなければならない。 ところが、かようなことはとうてい人間
のなしうるところではない。 人間にはラプラスの魔の如き過去現在未来の全て
の実在を把握しうる超自然的な能力が、元来具っていないからである。 この批
判は、カント認識論に於ける「理性的認識能力の限界」なる観奌からすれば、納
得しうるものである。 㐧二の批判奌は認識対象に関するものである。 即ち、
社会科学の対象たる文化現象はすぐれて歴史的なものであり、流動的なものであ
るという事実に立脚する。 測定しがたい生起の流れは、永遠に向って限りなく
流転する。 人間を動かす文化価値はつねに新たな、かつ異なる色彩をもって構
成される。 故に、一つの完結した概念体系を創り上げ、その中になんらかの意
味で究極妥当的な組織の形で実在を総括し、さてそこから再び実在を演繹しうる
ようにするのが文化科学の目的であるとする考えはナンセンスなものにならざる
をえない。ウェーバーによるこの二つの批判の他に更に一つの批判が可能であろう。
それは、認識論の根本にかかわる批判である。 即ち、カントの思索的転回の観
奌からすれば、そもそも演繹的な法則そのものの意味がなくなるということであ
る。 なぜなら、かかる法則の定立が可能であるのは、現象の中に演繹が及ぼさ
れうる性質ないしは本質が予め存在していなければならず、このことは㐧一章で
述べた如くカントによって否定されたことだからである。 諸現象間に存するの
は、単に��関係��だけであって、その関係に我々自身がしかるべき意味を付与す
るだけなのである。
ここに、時間的空間的制約をもった具体的なIdealtypusをもって、この夛様
なる現実を理解的に解明しようとするIdealtypus的概念構成法が現象に対する
一つの新たなる接近法として要請される根拠があるといえよう。 いわば、自分
自身で意味を創りだしていく責任を負わされた近代の��自立人��が、自己が悟性
によって獲得する認識は一面的であり、概念は現実の表象的模写ではなく本質上
現実と乖離したものであると自覚する時、更にその自覚がポジティヴなものである
時、現実と概念の距離と差によって現実を測定し理解するという方法が成立しう
るのである。 これは、素朴実在論の対極概念をなすものであって、Weberの
Idealtypusはこの自覚を論理化したものにすぎない。
㐧四節 Idealtypus的概念構成の��意味��
Weberによれば、Idealtypusは、「内容上ユートピアの性格を帯び、実在の一定
の要素の思想的�眈困砲茲辰導佑蕕譴燭發里任△襦�」（『客観性』Ｐ.73） 換言
すれば、それは「その概念的な純粋性に於いて現実のうちにはどこにも経験的に
は見出されない」（同上、Ｐ.74）ものなのである。 即ち、「Idealtypus」は一つ
の思想像であって、歴史的実在であるのでもなければ、まして��本来の��実在で
あるわけはなく、いわんやそれは実在が類例としてその中に配列されるべき一つ
の図式の役目を果すためにあるのでもない。」（同上Ｐ.78） Idealtypusはあ
くまでも一つの��手段��であり、又��手段��にしかすぎないものである。
では、かかるユートピア的概成物が、恣意的にもならず、又概念のアナーキー
を招来することもないことはいかに保証されるのであろうか。 その保証はウェー
バーの健全なるプラグマティズムに依存するものであって、「その構成物が単なる
思想の遊戯であるか、あるいは科学的な概念構成であるか」（同、Ｐ.76）は、ただ
その��手段��がいかに効果的に現実を解明するか、その効果によるのである。
逆に、概念のもつ危険性は、それが自己の非現実性の自覚を失い現実そのものと
混同されるときに生ずる。 即ち、「この概念像の中に歴史的実在の��本来の��
内容やその��本質��を固定したと信ずるとか、又は歴史をむりやりに押し込める
プロクルステスのベッドとしてこの理論的概念像を利用するとか、それとも又
��理念��を実体化して、現象の流れ去る背後にある��本来の��実在として、歴史
の中で実現される現実の��力��として考えるとか、と云ったように、自然主義的
偏見にもとづいて理論と歴史とを混同することほど危険なものはたしかにない」
（同、Ｐ.8０）のである。
㐧五節 結語的覚え書
ここで、表題の「認識論的定礎」にたちかえって、要約的に述べることにす
る。 たしかにIdealtypusなるものは、我々の悟性の機能たるKategorie
に依拠するものであるという意味では主観的なものである。しかし、それにも
拘らず、いやそれだからこそ、我々はこの悟性能力の限界を常に自覚すること
によって科学的たりうるのであって、その意味から客観的たりうるのである。
ともすればIdealtypusはその限界性の自覚を忘れ、あるいはIdealtypusの
根拠としてKategorieの代りにIdeeがしのびこみがちである。 かかる混
同−即ち科学と政策との混同−こそ排さるべきものであって、科学と政策
あるいは又、理論と歴史とが思惟上峻別される限り、M. WeberのIdeal-
Typus的概念構成は確固としたレーゾン・デートルを持ちつづけるであろう。
（註４） 実にこの奌にこそカントの科学者としての姿があるというべき
である。
（註５） 「誤ってはいない」ということと「正しい」ということとは同
義でないばかりかその間には無限の隔りがある。科学にできることは、
「正しいこと」をではなく、「誤ってはいないこと」を求めて行くこと
だけである。
（註６） ソクラテスの��無知の智��を想起せよ。
（註７） 理性概念Ideeの旨とするところは、理性による理解
Begreifenであり、悟性概念Kategorieの旨とするところは、概念によ
る（知覚の）理解Verstehenである。（『批判』中巻Ｐ.30参照） カン
トの功績の一つは、それまで理性一般として漠然と考えられていた能力
を悟性と理性とに分け、それぞれにその個有の領域及び職能を与えたこ
とにあると思われる。 尚㐧一章に於いては私は漠然とした意味で単に
��理性��という言葉だけを使ってきた。私のいわんとすることが、そ
れでも大過なく伝えられると考えたからである。 しかし、㐧二章に於
いてははっきりと区別して考えている。
━以 上
昭41年５月９日脱稿
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