私の中で印象に残っているポーランド映画には、劇場やホームビデオで観た次のような作品があります。大戦中の1944年のワルシャワを舞台に、ドイツ軍に追われたポーランド軍中隊が地下水道へ逃げ込む、アンジェイ・ワイダ監督の『地下水道』(1956)。ロマン・ポランスキー監督のカメラワークと構図が印象的な、世代間のギャップを描いたデビュー作品『水の中のナイフ』(1963)。1800年代初頭のサラゴサ(スペイン)を舞台にした、ヴォイチェフ・イェジー・ハス監督の『サラゴサの写本』(1965)。1940年にポーランドの将校など22,000人がソヴィエト内務人民委員部(NKVD)によって銃殺されたカティンの森事件を描いた問題作、アンジェイ・ワイダ監督の『カティンの森』(2007)。一途なカトリック信者エヴァをジャンプカットを駆使して描いた、ヴァレリアン・ボロフチック監督の『罪物語』(1975)。19世紀のポーランド工業都市を舞台に、3人の青年が成功を夢見る物語を描いたアンジェイ・ワイダ監督の『約束の土地』(1975)と同監督の『大理石の男』(1977)。クシシュトフ・キェシロフスキ監督の『ふたりのベロニカ』(1991)。アグニエシュカ・ホランド監督の『ソハの地下水道』(2011)。パヴェウ・パヴリコフスキ監督の『イーダ』(2013)などです。
私たちが直面する問題や困難が一見悪いことであっても、高い視点から見れば、そこには良いことが潜んでいるかもしれません。現実の世界には無数の視点があり、悪いことに見えても、実は良いことが含まれている場合もあります。それを支えるのは、自分の中にある素直な優しさです。もし私たちが優しい目で自分と周りを見るなら、優しい神秘的な流れがあることに気づけるでしょう。ポーランド映画を観た後の感想は、まさにそのような気持ちに近いものです。
読売新聞編集委員の恩田泰子氏の連載記事「ポーランド映画の現在地」が快活で白眉です。ポーランドの民衆・力・政治(people・power・politics)について教えてくれると同時に、楽しみながら知識と見識を高めることができます。この「生彩ある人生」に、転載させていただきます。
私たちが直面する問題や困難が一見悪いことであっても、高い視点から見れば、そこには良いことが潜んでいるかもしれません。現実の世界には無数の視点があり、悪いことに見えても、実は良いことが含まれている場合もあります。それを支えるのは、自分の中にある素直な優しさです。もし私たちが優しい目で自分と周りを見るなら、優しい神秘的な流れがあることに気づけるでしょう。ポーランド映画を観た後の感想は、まさにそのような気持ちに近いものです。
読売新聞編集委員の恩田泰子氏の連載記事「ポーランド映画の現在地」が快活で白眉です。ポーランドの民衆・力・政治(people・power・politics)について教えてくれると同時に、楽しみながら知識と見識を高めることができます。この「生彩ある人生」に、転載させていただきます。
ポーランド映画の現在地<1>…最注目作集まるグディニア映画祭、境界超える作品目立つ
(2024/11/14 16:00)
映画を見ていると、それが作られた国の映画事情が知りたくなる。とりわけ、ポーランドについては、何がその活力と芸術性を支えているのか、とても興味があった。がつんと心に響く、鮮烈な作品が折に触れて飛び出してくるからだ。同国北部グディニアで毎年、最注目作を多数集めて行われている「ポーランド映画祭」に行き、ポーランド映画の「現在地」を取材してみると、公的支援のあり方や映画学校が果たす役割の重要性が改めて浮かび上がってきた。4回に分けて報告する。(編集委員 恩田泰子)
グディニアの浜辺の朝(恩田泰子撮影)
ちょっと前説
1950年代以降、ポーランドからは世界を 刮目かつもく させる作品や映画人が世に出てきた。日本で最も広く知られてきたのがアンジェイ・ワイダ(1926〜2016年)だろう。「灰とダイヤモンド」「大理石の男」など、変わりゆく社会・政治的状況を作品に映し出しながら映画表現の可能性を切り開いてきた巨匠だ。
ワイダ以外にも才能はたくさん。イエジー・カヴァレロヴィチ(「夜行列車」「尼僧ヨアンナ」)、ロマン・ポランスキー(「水の中のナイフ」「戦場のピアニスト」)、イエジー・スコリモフスキ(「早春」「EO イーオー」)、クシシュトフ・キェシロフスキ(「デカローグ」「トリコロール」三部作)、アグニエシュカ・ホランド(「ソハの地下水道」)、パヴェウ・パヴリコフスキ(「イーダ」「COLD WAR あの歌、2つの心」)など、きりがない。多くの才能が1948年創立のウッチ映画大学から世に送り出されてきた。
グディニア・ポーランド映画祭主会場前の広場。奥がミュージカルシアター(恩田泰子撮影)
日本では、スコリモフスキ監修のもと2012年から続く「ポーランド映画祭」(2024年は11月22日から28日まで東京・YEBISU GARDEN CINEMAで開催)が、過去の名作に光を当てながら、新しい才能を紹介。映画ファンをひきつけてきた。また、ワイダに関しては、12月に東京・京橋の国立映画アーカイブで、「映画監督 アンジェイ・ワイダ」と銘打って、14作品の特集上映(12月10日〜26日)とその足跡をたどる企画展(12月10日〜2025年3月23日)を開催。ワイダ生誕100年を前に、改めて関心を高めそうだ。
最新作や主要映画祭出品作が一堂に
グディニアの「ポーランド映画祭」の話に移ろう。
グディニアは、バルト海沿岸の港湾都市。南側のソポト、グダニスクとともに大都市圏を形成している。ビーチもあり、夏はリゾート客でにぎわうという。大都会ではないが、田舎でもない。たとえば、コーヒーを飲みたくなったら、スターバックスからおしゃれな一軒家カフェまで、選択肢がいくつもある。そんな街だ。
ポーランド映画祭は、1974年にグダニスクで始まり、グディニア開催になったのは87年から。主催は、ポーランド文化・国家遺産省、ポーリッシュ・フィルム・インスティテュート、ポーランド映画人協会、ポモージェ県、グディニア市長だ。
グディニア・ポーランド映画祭の会場「グディニアフィルムセンター」(恩田泰子撮影)
メインコンペティション部門で上映されるのは、最新、あるいは国内外の主要映画祭で発表された最注目作。つまり、その年の要チェック作品をいち早く概観できるわけだ。さらに二つのコンペ部門や子供向けの部門、過去の名作を上映する部門もある。
主会場は、グディニアにもともとあった劇場「ミュージカルシアター」と、広場をはさんでその向かい側に立つ「グディニアフィルムセンター」。後者は、2015年にオープン。複数のスクリーンやギャラリーを擁し、普段はアートハウス映画館(日本でいうミニシアター)として機能しているという。この二つの施設と、少し離れたショッピングモール内にあるシネマ・コンプレックス(貸自転車で10分足らず)も活用して、連日、朝から日付が変わる頃まで上映が行われる。
子どもたちも映画祭に参加(恩田泰子撮影)
広場には、テーブルやベンチ、デッキチェアがそこかしこに置かれて、さまざまな人が思い思いに過ごしている。映画関係者もいれば、地元住民らしき人もいる。こういう場所があるのはいい。児童や生徒の一団も次々と映画を見にやってくる。映画祭による2023年の分析によれば、観客の半数は35歳以下だ。
がつんと来た「ザ・ガール・ウィズ・ザ・ニードル」
今年の会期は、9月23日から28日までの6日間だったが、自分はスケジュールの都合で、25日午後までしかいられない。上映作品はわんさとあり、メインコンペティション出品作だけでも16本。2日半の間に、取材をしながら、効率良く映画を見なくては……と計画をたてたのだが、なかなか思うようにことは運ばなかった。映画祭パスホルダー向けのオンライン予約競争に結構負けたからだ。
オープニング上映前のレッドカーペット(恩田泰子撮影)
オープニングのセレモニーと上映には絶対に行きたかったのに、予約開始とほぼ同時に席がなくなった。オープニング作品「アンダー・ザ・ボルケーノ(火山の下で)」(ダミアン・コツル監督)は、映画祭開幕の少し前に、次の米国アカデミー賞国際長編映画賞ポーランド代表に選ばれた注目作。何度も再上映はあるものの開幕式の様子が見たかった……と、会場前広場のベンチでしばしたそがれてしまったが、上映はわんさとある。とにかく、見られる時に見られる作品を見るべし、見るべし、見るべし、と、まず3本立て続けに見た。
「ザ・ガール・ウィズ・ザ・ニードル」
そして、3本目に見た「ザ・ガール・ウィズ・ザ・ニードル(針を持つ若い女)」(マグヌス・フォン・ホーン監督)が、がつんと来た。舞台は、第一次世界大戦後のデンマーク・コペンハーゲン。主人公は、工場で働く若い女。夫は戦地から帰って来ず困窮、工場主のお坊ちゃんの子どもを妊娠するが捨てられる。そして出会ったのが闇で養子あっせんをしているという女。主人公はその女を頼るが……。実際に起きた犯罪をもとにしたストーリー、混とんの中で生きる主人公を鮮烈にとらえるモノクロームの映像。並外れた強度の表現で人間のありようを凝視させる作品だった。
フォン・ホーン監督はスウェーデン出身だが、ウッチ映画大学卒業生で20年近くポーランドに住んでいる。本作はデンマークとポーランド、スウェーデンの共同製作で、今年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選出された。アカデミー賞長編映画賞のデンマーク代表作品にも選ばれている。国の枠を超えている。さらに何本かコンペ作品を見たが、最も強烈なインパクトを感じたのは、この「ザ・ガール・ウィズ・ザ・ニードル」だった。
国の枠にとらわれない題材、人的構成
「アンダー・ザ・ボルケーノ」
今年のグディニアのコンペティション部門では、ほかにも、国の枠にとらわれない題材、人的構成の作品が目立ち、ポーランドと国境を接するウクライナをめぐる作品も3作品あった。開幕作品「アンダー・ザ・ボルケーノ」も、そうだ。あるウクライナ人家族がスペイン・カナリア諸島でバカンスを楽しんでいたところ、ロシアによるウクライナ侵略が勃発。突然、観光客から難民となった親子それぞれの葛藤が描かれていく。監督のコツルは前作「パンと塩」で注目を集めたポーランドの俊英で、主要キャストはウクライナ人だ。
ベラルーシのルカシェンコ政権による弾圧を、あるジャーナリスト夫婦をめぐる実話に着想を得て描いた「アンダー・ザ・グレイスカイ(灰色の空の下で)」(マラ・タムコヴィッチ監督)の生々しさも印象に残った。監督は、ワルシャワで学んだポーランド系ベラルーシ人だという。
枠にはめられないのがポーランド映画なのか、とも思う。
「僕は映画を使うことができる」
「アンダー・ザ・ボルケーノ」のコツル監督は、映画祭の記者会見でこう語っていた。「アイデアが生まれたのは、2022年3月。『戦争』が勃発し、何かをしなければならないと感じた。リビウの人々を車で避難させた友達もいた。自分にはそういう勇気はなかったけれど、心に決めた。僕は映画を使うことができるのだと」
グディニアの記者会見でのダミアン・コツル監督(恩田泰子撮影)
また、同作が家族の物語を通して戦争を描いたことについて、父親役のウクライナ人俳優、ロマン・ルツキーは次のように発言した。「この作品は、『戦争は遠く離れたところで起きていて、自分たちには影響しない』と考えている人々がいる国々に届けるべき作品です。影響は誰もがすでに受けている。戦争は最前線だけでなく『すぐそば』で起きているということにそっと気づかせてくれるから」
彼らの言葉は、ポーランド映画のみならず、映画の力とは何かを改めて考える上で大切な手がかりのように思えた。
最高賞は
コンペティション最高賞のゴールデンライオン賞に輝いたのは、ベテランのアグニェシュカ・ホランド監督による「人間の境界」だった。「ベラルーシ経由でポーランド国境を越えれば、安全にヨーロッパに入れる」という情報を信じた移民たちが直面した悲惨な状況を描いた映画。ベラルーシのみならずポーランド当局の問題にも迫っている。
「人間の境界」
実は、この作品は、昨年のベネチア国際映画祭で発表され審査員特別賞を受賞したが、グディニアには出ていなかった。その経緯は不明だが、公開当時のポーランド右派政権は同作を激しく非難していた。作品そのものは圧倒的に素晴らしい。改めて賞を贈ったのは英断と言えるだろう。
次点のシルバーライオン賞は、がつんと来た「ザ・ガール・ウィズ・ザ・ニードル」で、撮影賞、音楽賞、美術賞なども受賞した。ただ、見逃してしまった作品の受賞も多く、もっと時間があったらよかったのにと思う。いくら時間があっても見たい映画は全部見切れないものだけれど。
実は今回、新作をせっせと見る合間を縫って、半世紀前の超大作「Potop」(原題)も見た。ポーランド時代劇映画の立役者といわれるイエジー・ホフマン監督による1974年の作品で、上映時間は3時間超。17世紀、勇敢な兵士である主人公が命をかけて祖国を守り、恋も成就する、という話なのだが、とにかく、映像のスケールが大きくて豪華。自分はポーランド史がよくわからないから、見ていて時折うとうとしてしまったのだけれど、目覚めるたび眼前のスクリーンに広がるゴージャスな光景に驚かされた。迫力のアクション、尋常ならざる人口密度で繰り広げられる戦闘シーン。どこを切ってもスペクタクルで、しかも、きっと全部人力。これもまた幸福な映画体験だった。
同映画祭事務局によれば、2024年の観客数は6万4000人(昨年は6万人)、参加した映画関係者の3600人(同2030人)、外国からのゲストは123人(同87人)にのぼったという。(つづく)
※コンペティション出品作のタイトルは基本的に英題で表記。日本で既に公開されている「人間の境界」(英題:Green Border)は邦題を使用
https://www.yomiuri.co.jp/culture/cinema/20241114-OYT1T50028/
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