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原田マハさんの小説『無用の人』は、私たちに「真の豊かさとは何か」を静かに問いかけます。物語の主人公である聡美は、父が社会や他人から「無用の人」と見なされていたと語ります。しかし、その一方で、父は美しいものを愛でる心を持っていた可能性が示唆されます。この「社会的な有用性」と「個人的な精神性」の対比こそが、この作品の核心をなしています。

父が最後に娘に贈ったものが『茶の本』であったことは、彼の人生、そして彼が娘に伝えたかったメッセージを象徴しています。それは、「社会の価値観にとらわれず、質素で不完全なものの中にある美しさ、つまり自分自身の内面的な豊かさを大切に生きなさい」という、切なる願いだったのではないでしょうか。

父の生前の住まいの「鍵」は、彼の人生の扉を開けるメタファーです。その扉を開けた先にあったのが『茶の本』であったという構成は、彼が人生の最後に最も大切にしたものが、形式的な富や名声ではなく、天心翁が説いたような美意識や哲学であったことを示唆しています。

 その後、正三は、一度だけ聡美の勤めている美術館を訪ねてきたことがありました。受付から連絡があって展示室に行くと、正三はアメリカの抽象表現主義の巨匠、マーク・ロスコの大作と向かい合っていました。
 「近くに来たから寄ってみた」と言う正三に、「作業中であまり時間がない」と嘘をついた聡美。
 それでも正三は、「おれは、お前がどんな仕事をしているのか、いまだによくはわからないけれど、たぶんじゃなくて、きっと、今、幸せなんだよな?」と言いました。
 「どうしてそう思うの?」と聡美が訊き返すと、「だって、こんな美しい絵に、毎日触れてるんだから。幸せじゃないか」と言いました。聡美はそれっきり、正三と会っていません。
 聡美は、今まで好きなアートに触れることができ、幸せに生きてきたと思います。いつも恋愛よりも仕事が優先でしたので、結婚は考えませんでしたが……。
 思い出から現実にかえった聡美。届けられた封筒の封を切り、何が入っているのかと逆さまにしてみると、カランという音がして、1つの鍵が出てきました。
 これは何? 不思議に思った聡美は、帰宅してから母に「西早稲田」のことを聞いてみると、その場所は正三が独身時代に住んでいたところだとわかりました。
 それから3日後。休日だった聡美は、封筒に書かれていた住所の「西早稲田」へと向かいました。そこは、木造二階建ての老朽化したアパートでした。
 「私の想像が間違ってなければ、父から私への最後の誕生日の贈り物は、この部屋の中に用意されているはず」
 聡美は、決心して鍵のあう部屋を見つけて、扉を開き部屋の中へ入りました。すっきりと、潔く何もない部屋の中央に、1冊の文庫本がぽつりと置き去りにされていました。
 それは岡倉天心の『茶の本』でした。聡美を現代アートに結び付けた、あの本です。本に四つ折りにしたアパートの賃貸契約書が挟まれていました。契約期間は、2年前の4月30日から今年の4月30日までです。
 聡美は窓辺に立ち、磨りガラスを横に滑らせます。すると満開の桜が、一枚の絵画になって目の前に現れました。
 その日、その部屋で、窓を開け放ったまま、聡美はその「絵」を飽くことなく、向かい合いました。

社会から「無用」と見なされた人が、実は豊かな精神世界を持っていたというこの物語は、まさに『茶の本』が伝える「不完全さへの崇拝」という哲学を現代の視点から描いているのではないでしょうか。

天心翁の『茶の本』は、単なる茶道の解説書ではありません。西洋の物質主義に対し、簡素さや不完全さの中に美しさを見出す東洋の精神性を説くものです。茶室の簡素さや、そこに飾られる一輪の花に無限の美を見出す思想は、まさに「社会的な価値」とは異なる「内面的な豊かさ」を教えてくれます。

「不完全さへの崇拝」(The Cult of the Imperfect)とは
「不完全さへの崇拝」とは、西洋の美学が完全性や左右対称の調和を理想とするのに対し、日本の美意識が不完全で、非対称で、簡素なものにこそ最高の価値を見出すという考え方です。この思想は、主に禅や道教の教えに深く根ざしており、万物は常に変化し、完成した状態は存在しないという考えを基盤としています。したがって、一時的で、未完成な状態こそが、生の本質を最もよく表していると捉えられます。

この哲学は、日本の様々な文化や芸術に影響を与えています。

侘び寂び(Wabi-sabi): 古びたもの、質素なもの、静かなものの中に美を見出す美意識です。ひび割れた茶碗や苔むした石が持つ、自然な時の流れや不完全さが愛されます。

茶室の簡素さ: 茶室は、豪華な装飾を避け、質素な素材で建てられます。これは、見る者の想像力や精神性を引き出す空間だからです。

焼き物の非対称性: 楽焼などの茶碗は、意図的に歪んだ形や、釉薬の不均一な流れをそのままに仕上げられます。二つとして同じものがない唯一無二の個性が、完璧な工業製品にはない美しさとして評価されます。

西洋の芸術や哲学が理想的な美を追求してきたのに対し、「不完全さへの崇拝」はその対極にあります。完成されたものには「終わり」があり、不完全なものには常に「可能性」と「成長」が残されていると考えるからです。

おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大を見のがしがちである。

『茶の本』のこの一節は、生彩ある人生のテーマを鮮やかに物語っています。

人生というこの不可解なもののうちに、何か可能なものを成就しようとするやさしい企て。
私たちは、他者から「無用」(または「無能」)と見なされても、自分自身の中にある「小なるものの偉大」を見出すことができる。それこそが、何にも代えがたい内面の豊かさ、生彩ある人生に必要な処方箋ではないでしょうか。

私たちは、物質的な富だけを追い求め、心の豊かさを見失ってはいないか。この問いを、マハさんの物語と天心翁の哲学から受け取ることができます。

はかないことを夢に見て、美しい取りとめのないことをあれやこれやと考えてみようではありませんか。

茶の本岡倉覚三 村岡博訳
第一章 人情の碗


 茶は薬用として始まり後飲料となる。シナにおいては八世紀に高雅な遊びの一つとして詩歌の域に達した。十五世紀に至り日本はこれを高めて一種の審美的宗教、すなわち茶道にまで進めた。茶道は日常生活の俗事の中に存する美しきものを崇拝することに基づく一種の儀式であって、純粋と調和、相互愛の神秘、社会秩序のローマン主義を諄々(じゅんじゅん)と教えるものである。茶道の要義は「不完全なもの」を崇拝するにある。いわゆる人生というこの不可解なもののうちに、何か可能なものを成就しようとするやさしい企てであるから。
 茶の原理は普通の意味でいう単なる審美主義ではない。というのは、倫理、宗教と合して、天人(てんじん)に関するわれわれのいっさいの見解を表わしているものであるから。それは衛生学である、清潔をきびしく説くから。それは経済学である、というのは、複雑なぜいたくというよりもむしろ単純のうちに慰安を教えるから。それは精神幾何学である、なんとなれば、宇宙に対するわれわれの比例感を定義するから。それはあらゆるこの道の信者を趣味上の貴族にして、東洋民主主義の真精神を表わしている。
 日本が長い間世界から孤立していたのは、自省をする一助となって茶道の発達に非常に好都合であった。われらの住居、習慣、衣食、陶漆器、絵画等――文学でさえも――すべてその影響をこうむっている。いやしくも日本の文化を研究せんとする者は、この影響の存在を無視することはできない。茶道の影響は貴人の優雅な閨房けいぼうにも、下賤げせんの者の住み家にも行き渡ってきた。わが田夫は花を生けることを知り、わが野人も山水を愛(め)でるに至った。俗に「あの男は茶気(ちゃき)がない」という。もし人が、わが身の上におこるまじめながらの滑稽(こっけい)を知らないならば。また浮世の悲劇にとんじゃくもなく、浮かれ気分で騒ぐ半可通(はんかつう)を「あまり茶気があり過ぎる」と言って非難する。
 よその目には、つまらぬことをこのように騒ぎ立てるのが、実に不思議に思われるかもしれぬ。一杯のお茶でなんという騒ぎだろうというであろうが、考えてみれば、煎(せん)ずるところ人間享楽の茶碗(ちゃわん)は、いかにも狭いものではないか、いかにも早く涙であふれるではないか、無辺を求むる渇(かわき)のとまらぬあまり、一息に飲みほされるではないか。してみれば、茶碗をいくらもてはやしたとてとがめだてには及ぶまい。人間はこれよりもまだまだ悪いことをした。酒の神バッカスを崇拝するのあまり、惜しげもなく奉納をし過ぎた。軍神マーズの血なまぐさい姿をさえも理想化した。してみれば、カメリヤの女皇に身をささげ、その祭壇から流れ出る暖かい同情の流れを、心ゆくばかり楽しんでもよいではないか。象牙色(ぞうげいろ)の磁器にもられた液体琥珀(こはく)の中に、その道の心得ある人は、孔子(こうし)の心よき沈黙、老子(ろうし)の奇警、釈迦牟尼(しゃかむに)の天上の香にさえ触れることができる。
 おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大を見のがしがちである。一般の西洋人は、茶の湯を見て、東洋の珍奇、稚気をなしている千百の奇癖のまたの例に過ぎないと思って、袖(そで)の下で笑っているであろう。西洋人は、日本が平和な文芸にふけっていた間は、野蛮国と見なしていたものである。しかるに満州の戦場に大々的殺戮さつりくを行ない始めてから文明国と呼んでいる。近ごろ武士道――わが兵士に喜び勇んで身を捨てさせる死の術――について盛んに論評されてきた。しかし茶道にはほとんど注意がひかれていない。この道はわが生の術を多く説いているものであるが。もしわれわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。われわれはわが芸術および理想に対して、しかるべき尊敬が払われる時期が来るのを喜んで待とう。
(中略)
 ほんとうの茶人チャールズ・ラムは、「ひそかに善を行なって偶然にこれが現われることが何よりの愉快である。」というところに茶道の真髄を伝えている。というわけは、茶道は美を見いださんがために美を隠す術であり、現わすことをはばかるようなものをほのめかす術である。この道はおのれに向かって、落ち着いてしかし充分に笑うけだかい奥義である。従ってヒューマーそのものであり、悟りの微笑である。すべて真に茶を解する人はこの意味において茶人と言ってもよかろう。たとえばサッカレー、それからシェイクスピアはもちろん、文芸廃頽期はいたいきの詩人もまた、(と言っても、いずれの時か廃頽期でなかろう)物質主義に対する反抗のあまりいくらか茶道の思想を受け入れた。たぶん今日においてもこの「不完全」を真摯(しんし)に静観してこそ、東西相会して互いに慰めることができるであろう
 道教徒はいう、「無始」の始めにおいて「心」と「物」が決死の争闘をした。ついに大日輪黄帝(こうてい)は闇(やみ)と地の邪神祝融(しゅくゆう)に打ち勝った。その巨人は死苦のあまり頭を天涯(てんがい)に打ちつけ、硬玉の青天を粉砕した。星はその場所を失い、月は夜の寂寞(せきばく)たる天空をあてもなくさまようた。失望のあまり黄帝は、遠く広く天の修理者を求めた。捜し求めたかいはあって東方の海から女※(「女+咼」、第3水準1-15-89)(じょか)という女皇、角つのをいただき竜尾(りゅうび)をそなえ、火の甲冑(かっちゅう)をまとって燦然(さんぜん)たる姿で現われた。その神は不思議な大釜(おおがま)に五色の虹にじを焼き出し、シナの天を建て直した。しかしながら、また女※(「女+咼」、第3水準1-15-89)は蒼天(そうてん)にある二個の小隙(しょうげき)を埋めることを忘れたと言われている。かくのごとくして愛の二元論が始まった。すなわち二個の霊は空間を流転してとどまることを知らず、ついに合して始めて完全な宇宙をなす。人はおのおの希望と平和の天空を新たに建て直さなければならぬ。
 現代の人道の天空は、富と権力を得んと争う莫大(ばくだい)な努力によって全く粉砕せられている。世は利己、俗悪の闇やみに迷っている。知識は心にやましいことをして得られ、仁は実利のために行なわれている。東西両洋は、立ち騒ぐ海に投げ入れられた二竜(りゅう)のごとく、人生の宝玉を得ようとすれどそのかいもない。この大荒廃を繕うために再び女※(「女+咼」、第3水準1-15-89)(じょか)を必要とする。われわれは大権化(だいごんげ)の出現を待つ。まあ、茶でも一口すすろうではないか。明るい午後の日は竹林にはえ、泉水はうれしげな音をたて、松籟(しょうらい)はわが茶釜(ちゃがま)に聞こえている。はかないことを夢に見て、美しい取りとめのないことをあれやこれやと考えようではないか。






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