父の夢を見るのは、令和二年に見送ってから二度目のことでした。一度目は、先日8月10日のことです。
今朝、6時半ごろに目を覚ましたとき、胸の奥に、ほのぼのとした温かな余韻が残っていました。
父と二人で、車を走らせている夢でした。
行き先は、父も私もよく知る、懐かしい桑園のあたり。私が18、19歳のころ、よく散歩した場所です。
途中、近道をしようと細い橋へ入ろうとしました。けれど、その入り口の中央には車止めのポールが立ち、傍らには赤ちゃんを乗せた乳母車が見えました。しかも、向こうから一台の車が近づいてきます。
「ここへ進むべきではない」
そう直感し、橋に入るのをやめました。
私たちは手前の大きな交差点まで戻り、そこで右折して、広い道を選びました。
目的地は、父がかつて通い、若いころの私にも馴染みのあった、活気に満ちた市場でした。
私が運転席でハンドルを握り、助手席の父と、凪いだ心で言葉を交わしながら進んでいく ― そんな心地よい時間でした。
目覚めてからも、しばらく夢の余韻の中にいました。
かつて私を導いてくれた父が、今は助手席で静かに見守っている。その隣で、私は自分の手でハンドルを握っている。
近道を探さず、橋の入り口に示された境界と、傍らの小さな命に気づいて踏みとどまり、広い道を選んで、人々が行き交う温かな場所へ向かっていく。
夢の一つ一つの場面が、今の自分の姿を映しているように思えました。
夢の中の父は、
「お前の選んでいる道でいいよ」
と、静かに背中を押してくれているようでした。
今朝の夢が残してくれた澄んだ空気とともに、今日も一日、自分の人生のハンドルをしっかりと握り、焦らず、広い道を進んでいきたいと思います。
父の名は、静夫という。
今朝、6時半ごろに目を覚ましたとき、胸の奥に、ほのぼのとした温かな余韻が残っていました。
父と二人で、車を走らせている夢でした。
行き先は、父も私もよく知る、懐かしい桑園のあたり。私が18、19歳のころ、よく散歩した場所です。
途中、近道をしようと細い橋へ入ろうとしました。けれど、その入り口の中央には車止めのポールが立ち、傍らには赤ちゃんを乗せた乳母車が見えました。しかも、向こうから一台の車が近づいてきます。
「ここへ進むべきではない」
そう直感し、橋に入るのをやめました。
私たちは手前の大きな交差点まで戻り、そこで右折して、広い道を選びました。
目的地は、父がかつて通い、若いころの私にも馴染みのあった、活気に満ちた市場でした。
私が運転席でハンドルを握り、助手席の父と、凪いだ心で言葉を交わしながら進んでいく ― そんな心地よい時間でした。
目覚めてからも、しばらく夢の余韻の中にいました。
かつて私を導いてくれた父が、今は助手席で静かに見守っている。その隣で、私は自分の手でハンドルを握っている。
近道を探さず、橋の入り口に示された境界と、傍らの小さな命に気づいて踏みとどまり、広い道を選んで、人々が行き交う温かな場所へ向かっていく。
夢の一つ一つの場面が、今の自分の姿を映しているように思えました。
夢の中の父は、
「お前の選んでいる道でいいよ」
と、静かに背中を押してくれているようでした。
今朝の夢が残してくれた澄んだ空気とともに、今日も一日、自分の人生のハンドルをしっかりと握り、焦らず、広い道を進んでいきたいと思います。
父の名は、静夫という。



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